魔法師は、溜息を吐く
「……本当に、そのような兆候は見られないと?」
「くどいよ、デニス君。瘴気の状態や魔獣の発現率は、以前と変わっていない。君が友人を信じたい気持ちはよく分かるが、魔塔としてはその証言で動く訳にはいかない」
にべもなく上司に否定され、仕方なく自分の研究室に戻る。
私の名前は、デニス。
魔法師として、魔塔に所属している。
魔塔というのは、魔法の発展を願いエメルハルト王の代に建立された歴史ある塔にして組織。
魔法師が、魔塔に所属できる事はこの上ない名誉な事なのだ。
そんな私の元に届いた、一通の手紙。
普通、手紙が届いたところで読まずに捨てるの一択。
何せ魔塔に所属するようになってから、母親の姉の夫の弟の奥さんの兄の娘とか、繋がりのよく分からない会話もしたことのような人物から手紙が届いたりだとか、便宜を図ってくれだとか何々してくれだとかの依頼の手紙ばかりだからだ。
けれども、ディアナは別。
彼女は小さい頃から兄妹のように一緒に育ってきて、今尚近況を手紙で報告しあっている……家族のような存在だった。
先程の上司との会話は、まさにそのディアナの手紙が発端だった。
アルトドルファー伯爵家に執行官として派遣されることとなり、正直彼女のことを心配していた。
辺境ということもあったし、そもそもアルトドルファー伯爵の噂で良い事は聞いたことがなかったから。
それでも、せっかく夢見た執行官になれたのだから、頑張って欲しいと彼女を見送ったのだ。
けれどもその心配は半ば的中したようで、当初は伯爵が仕事をしないだとかの愚痴が手紙に綴られており、最近じゃあ理由は書いてなかったが執行官としての自信がなくなったというようなことが書かれていた。
心配は増すばかりで、その手紙も受け取ってすぐに読んだ。
不安や不満こそその手紙には一切書かれていなかったが、ある意味私の心配は更に増した。
……魔王の封印は三百年しか保たず、その封印は今年に解ける?
魔王の封印から、瘴気が漏れ出ている?
そんな話、私は聞いたことがない。
差出人がディアナじゃなければ、タチの悪い冗談だと破り捨てていたであろう。
アルトドルファー伯爵、あるいはその関係者に騙されている可能性が高い。
とは言え、彼女がわざわざ尋ねてきたのだ……真偽を確かめなければならない。
嘘であれば、すぐにディアナにその旨を伝えよう。
そして、そんな偽情報をディアナに伝えて彼女の地位を脅かそうとする領地からはさっさと離れるように言い聞かせなければならない。
それで、話は冒頭に戻る……という訳だ。
やはり、アルトドルファー伯爵家で聞いたことは嘘。
そう、彼女に返事を書こうかと思った……その時だった。
……何故、あの上司は瘴気の存在を知っている?
そんな疑問が、ふと頭を過った。
私が瘴気という存在を知ったのは、ディアナの手紙によるもの。
過去に魔塔の本は読み尽くしているが、そんな単語は一度も見たことがない。
勿論、その存在すら疑っていたので上司へ質問する時も瘴気の存在は省いていた。
それなのに、何故?
私は書きかけた手紙を、ぐしゃりと握り潰した。
……嘘と断じる前に、もう少し調べる必要があるな。
私は彼女への手紙に『調べてみる』という非常に短い言葉だけを綴り、送ったのだった。




