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黒薔薇姫は、怠けたい  作者: 澪亜
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執行官は、溜息を吐く


……はぁ。


今日何度目になるか分からない溜息を吐く。


昼間の病院の視察は、非常に有意義だった。

官棟に始めて訪問した時……ううん、それ以上に衝撃を受けたけれども。


この領地にあるような医療に特化した大型の施設は、王都にない。

基本的に王都……というよりこの国では、往診が基本だ。

そして自分の子どもや見込みのある子どもを弟子に取って、技術と知識を受け継いでいく。


けれども医者の数が圧倒的に足りなくて、胡散臭い呪い師だとか祓い屋という看板を掲げている人たちに頼る人も多々いる。


まあ……仮に医者にかかるとしても、治ったら幸運、治らなくても『まあそれが普通だよね』という認識だから、呪い師に頼ろうが医者に頼ろうがそんなに変わらないというのが現状。


いずれにせよ、大規模な医療施設なんてものはない。


それが、このアルトドルファー領地では全く違う。

まず、このシャリアンデには中央病院なるものがあった。

今日、私が視察した病院だ。


その中央病院は、アマーリエ様が滞在している施設以上の広さを誇り、数多くの医者や看護師たちが働いていた。

診療・治療するための区画以外にも、重症者を滞在させるための区画や、薬や治療法を研究するための区画まで。


その規模の大きさに、最早乾いた笑みしか出てこなかった。

常識って、何だっけ?と。


外隊の重症者が運び込まれたときも、若干その場は騒がしくなったものの、医師たちは冷静に対処していた。


あれはもうダメだろう……なんて、外隊の人達を見て思ったのに、医師たちはそんな状態の彼らを治してしまったのだ。


……いや、命が助かったのだから良かったのだけれども。


その治療が、特別な魔法だとか何か力を使ったというのなら、まだ良かった。

けれども、そうじゃなかった。

特別な力でも何でもなく、純粋に『治療』をしていたのだ。

その裏にあるのは、三百年間積み上げられてきた知識と技能。つまり、努力の結晶。


正直、王国はこの三百年間、何をやっていたんだ? と真面目に考え込む程には衝撃を受けた。


まあ、過去のことを責めてもどうしようもないのだけど。


「……さて、と」


意識を切り替えて、目の前の本を眺める。

クリスティンさんから言い渡された、課題図書の一つ。


これ以外にも幾つか読むよう指示を出されているから、コツコツ読んでいかないと。


「あら、ディアナ」


読み出したところで、聞き覚えのある声が耳に入ってきた。

恐る恐る顔を上げれば、そこにいたのは思った通りの人物だ。


「こ、こんばんは。アマーリエ様」


「こんばんは。遅くまでご苦労様。何を読んでいるの?」


「領政の仕組みについて書かれている本です。クリスティンさんに言われて……」


「あら、そう。頑張ってね」


アマーリエ様はそう言って、あっさりと歩き始める。


「あ、あの……! アマーリエ様……」


ガタリ、椅子が倒れた。

必死になり過ぎて、勢い余ったせいだ。

静かに……!と、司書さんの注意が聞こえた気がする。ごめんなさい。


「……どうしたの?」


「昨日は、失礼なことを言って申し訳ございませんでした」


「……失礼なこと? 何か、言われたかしら?」


決死の覚悟で頭を下げた割には、のほほんとした口調で返された。


「いや、あの……アマーリエ様を受け入れられるかどうかという話です」


「ああ、あれ。別に、気にしなくて良いのに」


「いえ……そんな訳にはいかないです」


「律儀なのね。……私は気にしてないから、もうこの話は終わり」


だから、そういう訳にはいかないでしょう……と思ったけれども、私は口を噤んだ。

被害者であるアマーリエ様が良いと言っているのに、これ以上この話を蒸し返して謝罪を繰り返すことはできない。


「そういえば、今日からクリスティンのところで仕事を始めたのよね。どうだった?」


「まだ勉強中の身ですので、仕事という仕事は……」


「あら、そう。まあ、ウチって他領と交流がない分、独自のルールが多いかもしれないものね」


独自のルールという言葉で片付けられないほどなのだが……どうやらアマーリエ様は本気でそう思っているようだ。


「……あの、アマーリエ様は何故こちらに?」


「ディルクっていう人を探しているの。それで、住民台帳を見に来たという訳。それじゃ、私は向こうに行くから。課題、頑張ってね」


それ以上、引き止められず私は颯爽と歩いて行くアマーリエ様の背を見送った。


それにしてもディルクさん……か。

何でその人を探しているかは分からないけれども、探すのは大変だろうな。


何せ、その名は歴史上最も有名な人物の一人。

彼に肖りたいとその名が付けられた人は、沢山いるのだから。




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