黒薔薇姫は、思い出す
「何だったのかしら……」
擬似血液を飲みながら、呟く。
「……どうかされましたか?」
その小さな呟きに反応したジークベルトが、心配げに私を見ていた。
しまった……。心の中で呟いたつもりが、声に出ていたか。
「何でもないわ。……それで? 黄昏の森で外隊から負傷者が五人出たのね。その人たちの容態は?」
「幸いにも、中央病院の医師達による懸命の治療により、事なきを得たと」
「そう。……後で中央病院には、感謝状を私の名で送っておいて」
「畏まりました」
「……それしても、黄昏の森での負傷者、ね。そろそろ一斉討伐をする時期かしら」
魔獣が増えすぎないように、何より討伐する外隊の負担を減らすため、定期的に黄昏の森の魔獣を殲滅している。
私の運動不足も解消できて、一石二鳥なのだ。
「不要でしょう。今回は、新人たちの実地訓練で起きた事態です。仮にその場にいたのが既存の隊員たちであれば、遅れを取ることはなかったでしょう。…むしろ、新人たちの訓練という意味では今しばらく魔獣を残しておいた方が良いかと存じます」
「事は人命に関わる事象よ?」
暗に止めてくれるなという発言に、けれどもジークベルトは首を横に振る。
「なればこそ、です。今後、魔王の封印が解かれる前に彼らには少しでも実戦の経験を踏ませるべきです。……ラインハルトも同様の意見です」
真剣な眼差しと口調に、溜息を吐いた。
「……そう。ならば、彼らの成長に要期待ね」
ふと、ジークベルトを見る。
……若い頃は彼も血の気が多くて、こんな状況に出会したら、すぐに報復すべきだとでも言っていただろう。
そう考えると、随分と変わったものだ。
否、変わったのは中身だけじゃない。
歳を重ねた分だけ、彼の顔には深く皺が刻まめれている。
「ジークベルト。……貴方、無理はしないでね」
「確かに歳を経る毎に衰えていますが、まだまだ現役ですよ」
私を気遣うように感じる彼の言動に、思わず笑う。
「貴方が衰えているのなら、私はもう干からびているわね」
「それこそ、ご冗談を……と申しておきましょうか」
彼との軽口のやり取りに笑いつつ、再び考えごとに戻る。
思い出すのは、アルベルトの最後の言葉。
『アマーリエ。ディルクの意思を、破壊してくれ……っ!』
『……ごめん、アマーリエ。僕は少しだけ休ませて貰うよ』
……昨日、ディアナに昔話をしたからだろうか。
夕方、いつもの時間に目が覚めた時から、それが頭を過っていた。
正直、三百年の間……彼の言葉を思い出すことはなかった。
……辛すぎて。
半ば自己暗示のように、彼の最後だけは記憶に蓋をしていた。
昨日話さなければ、開くことはなかっただろう。
だから、ディアナには感謝していた。
……長話を聞かされる羽目になった彼女には申し訳ないが、年寄りの昔話と思って余計なところは聞き流してくれていたと信じている。
……それにしても、一体、ディルクとは誰だろうか。
今更ながら、そんな疑問が沸いていた。
意思、というからには人なのだろうけど、生憎とディルクという人物は私の記憶にはない。
息を吐いて、グラスに残った擬似血液を一気に飲み干した。
「……ジークベルト。少し気になることがあるから、中央図書館に行ってくるわ」
気になるなら、調べるしかない。
どこまで記録が残っているかは分からないけれども、まずは手近なところで中央図書館に行くのが妥当だろう。
「畏まりました。馬車はどうしますか?」
「不要よ。少し散歩したいし」
ジークベルトの提案を蹴りつつ、私は外に出た。




