執行官は、働く
結局あの日、ベティーナと話した後、私はデニスと自分の上司に向けて手紙を書いた。
魔王がアルトドルファー伯爵領の地に封印されたとの言い伝えが残されていて、その封印は三百年間しか保たない……つまり、今年中に解けてしまうとあること。
そして、異常な魔力の気配を黄昏の森から感じ取った……と。
あえて吸血鬼だとか、魔王の正体だとか詳細を伝えなかったのは信じて貰えないからというのが理由の一つ。
けれども最も大きな理由は、アルトドルファー伯爵家を、アマーリエ様を陥れる材料を与えないため。
王都でのアルトドルファー伯爵家の評判は、最低の一言に尽きる。
更に、そんな最低な評価を押し付けられた伯爵が広大な領地を持っていることに不満を持つ貴族は大勢いる。そしてそれは、宮中で働く者たちの中にも。
そんな中、私がアルトドルファー伯爵が吸血鬼だ、だとか、魔王の義妹だ、とか報告したら?
多分、信じて貰えないだろう。
けれども信じない上で、それを口実にアルトドルファー伯爵を排斥しようと動き出す輩が現れるかもしれない。
考え過ぎかもしれないが、慎重に動く必要があると思った。
何せそんな事態に陥ったら、アマーリエ様を崇拝するアルトドルファー伯爵領の人たちは、必ずアマーリエ様に味方する。
最悪、王国とアルトドルファー伯爵領の民の衝突に発展する可能性もあった。
……そうなった時、王国は負ける。
そんな未来にならないよう、慎重になるのは当然のことだろう。
それに私自身、アマーリエ様を陥れるような口実を与えたくなかった。
未だに、アマーリエ様は怖い。
けれどもその感情とは別に、アマーリエ様に救われて欲しいという願いが私の心の中にあった。
こんなに簡単に伯爵の言うことを信じてしまうのは、執行官として失格なのかもしれない。
けれども、彼女とそして彼女の側にいた人たちが私にぶつけた感情は本物だと思った。
だからこそ、願わずにはいられない。
そしてどうか、王国が余計な茶々を入れないようにとも。
私は手紙を出すと、官棟に向かった。
「クリスティンさん、本日より何卒よろしくお願い致します」
「あら、ディアナさん」
挨拶をした私を、クリスティンさんは、驚いたように見ている。
どうしてそんな風に見られるかが分からず首を傾げていると、次の瞬間、クリスティンさんは柔らかな笑みを浮かべた。
「ごめんなさいね。昨日、アマーリエ様から話を聞いたこと、伺っていましたの。だからてっきり、今日はいらっしゃらないかと」
「私は、執行官として派遣されている以上、成すべきことを成すだけです」
「そう。……働いていただく前に一つだけお伝えすると、私も吸血鬼の末裔なのよ」
クリスティンさんの言葉に、私は一瞬固まる。
そういえば、クリスティンさんは私の倍以上生きていると言っていたっけ。
「ただし、アマーリエ様と違って吸血鬼としては生まれなかったの。ホラ、吸血鬼の街の生き残りがこの街に避難したというのは、聞いているでしょう?私は、その生き残りの子孫という訳」
「……そうですか。ならばクリスティンさんは、長くアマーリエ様にお仕えができるのですね」
私の言葉に、クリスティンさんは目を丸くした。
そして今度は、声をあげて笑い出した。
「ええ、そう。そうなの。……ふふ、ディアナさん。こちらこそ、よろしくお願いしますね」
差し出された手を掴み、握手をした。
「早速ですが、貴女にはまず基礎知識を習得して貰う必要があります。この前貴女が行ったところはカイさんから聞いているますので、行って頂くところは病院と学校ですね。あとは図書館に赴き、この紙に書いてある本を全て読んでください。それらが終わったら、正式にこちらで働いて貰いましょう」
「分かりました」
「病院は丁度本日、衛生が視察する予定ですので、彼らと同行して下さい。学校は翌週教育の方たちに案内していただくことになっています」
「はい」
「では、早速ですが衛生に向かって下さい。受付に私の名と貴女の名を伝えれば、案内頂けるかと思いますので」
「分かりました。ありがとうございます」
頭を下げると、私はすぐに衛生に向かった。




