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黒薔薇姫は、怠けたい  作者: 澪亜
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執行官の、戸惑い

戸惑うことは仕方ない。

話はこれで終わりだから、ゆっくり休んでいなさいとアマーリエ様に言われて、私は有り難く部屋から出た。


……正直、頭の中は混乱しっ放しだ。


吸血鬼、鬼に堕ちる、魔王の義妹、封印……全てを引っくるめたアルトドルファー伯爵領の成り立ちの話は、私の中にあった価値観だとか常識を、ものの見事に破壊してくれた。


王都にすぐに報告しなければならないとは分かっているものの、果たしてどう報告をあげれば良いのかが分からない。


聞いたことをそのまま報告に出したところで、壮大な夢物語を書く暇があるのであれば仕事をしろなんて言われるのがオチだ。


「……デニスに、聞いてみるか」


考え抜いた末に、ふと、頭の中に浮かんだ案が口から溢れる。


デニスは、私の幼馴染み。

魔塔に所属していて、大魔法師の一人ドミニク様の側近として務めている。

彼ならば、あるいは魔王復活についてドミニク様から何らかの話を聞いているかもしれない。


そうと決まれば、早速行動あるのみと自室に戻ろうとした時だった。


「……やあ。遅かったね」


何故か、私の部屋の扉の前にベティーナがいた。


「どうして、ベティーナがここに?」


「君が混乱しているだろうなって。一人でゆっくり落ち着けるのもありだと思うけど、私は誰かに話したり疑問をぶつけることで整理するタイプだからさ。あの場じゃ聞きにくいこともあっただろうし、もし君が聞きたいことがあったり、話した方が楽になるって言うのであれば、聞こうかなって」


「……ベティーナは、怒ってないの?」


「怒る?何に?」


「ほら、私……失礼なことを聞いちゃったでしょう?」


「ああ、アマーリエ様を受け入れられるかどうかって話? あれは、仕方ないよ」


「……ん?」


「というか、アマーリエ様も間違ってないって言ってたじゃん。気に病まなくて良いよ。……ああ、誤解のないように言っておくと、私は全部受け入れているよ。その上であの方に仕えているし、何だったら崇拝している。……ただ、それを他人に強要しないだけ」


カラリとベティーナは、笑った。


「どうして……?」


「私は外の人たちが理解できると思ってないし、理解して欲しいとも思ってないから。私たち領民と、アマーリエ様の絆を」


ベティーナの笑みが、深まる。


「三百年前の戦いだけじゃなくて、アマーリエ様は現在進行形でこの領地を守って下さっている。勿論、救われた人たちは数知れずだよ。それに、アマーリエ様のお陰で、この領地はここまで発展することができた。その積み重ねでできた信頼を、外の人たちが理解できると思っていないよ。……それに、外の人たちがアマーリエ様のことをどうこう言ったとしても、この領地の人たちは揺らがない。……何もしてくれなかった王家と、最前線で守り続けてくれたアマーリエ様。どっちの言葉に耳を傾けるか、なんて火を見るよりも明らかだよ。だから、理解してくれなくても別に良いと思ってる」


「……三百年の、絆かぁ。それは、私には分からないなあ」


私は、笑った。心にある恐怖を、誤魔化したくて。


「……皆が、アマーリエ様を信頼していることはよく分かっている。それこそ、この領地に来た時から嫌ってほど見てきたもの。……それに、アマーリエ様が対魔王で必要なことも理解しているわ。けれども、どうしても怖くて仕方ない。だって、私は見たもの。アマーリエ様が戦う姿を」


黄昏の森で戦った時、私は手も足も出なかった。


「……あんなに強い魔獣を片手で捻り潰したことだけでも恐ろしいのに、それが、魔力が半分封印に割かれている状態だったなんて……。そんな人が鬼に堕ちれば、一体どうなってしまうのか……」


魔王の封印から漏れ出る瘴気に、体が震えた。

けれども、あの恐ろしい魔王よりも……仮にアマーリエ様が鬼に堕ちた時の方が脅威だと私は思った。

それは、私が魔王の力を見ていないだけかもしれないけれども。


「アマーリエ様の強さ、か。何もあの方は、吸血鬼だからというだけで、あそこまで強いんじゃないよ?」


「え?」


「この三百年、アマーリエ様は領民たちを強くする以上に自身が強くなるように努力を重ねてきた。次に封印を解いた時に、なるべく犠牲を出さないように決着をつけるために。だから、アマーリエ様が強くなったのは彼女の努力の結果だよ」


「三百年間の努力……」


言葉にするのは簡単だけど、私には三百年という時の長さを想像することはできない。

けれども、そんな長い時の中で努力を重ねてきたというのであれば……彼女の強さも、納得できなくはない。

けれどもだからと言って、それで彼女を恐れない理由にはならないが。


「……アマーリエ様はね、三百年間私たちのせいで苦しみ続けてきた。さっきは、心や体が渇いたとしか言わなかったけれども……本当は、そんな生易しい表現で言ってはならない程の苦しみだったと思うんだ」


「それは……確かに婚約者が魔王と共に封印されたのなら、そうかもしれないけど……」


「ううん、多分、ディアナは本当の意味を分かっていない。アマーリエ様は、吸血鬼。血を飲まなければ、生きていけない。でも、アマーリエ様は、かつて血の誓約をかけて、アルベルト様の血しか飲めないようになっている。つまり、ね? アマーリエ様はこの三百年間、人間で言えば全く食事をとっていないことと同義なんだよ」



ベティーナの言葉に、私は軽く衝撃を受けた。

そう言えば、さっき、そんなことも言っていたっけ。


「吸血鬼にとって、吸血は生命維持の為の行為であり、自我を保つ為のものだと言われている。それを怠れば、激しい飢餓感や倦怠感に襲われ身体が衰弱するみたい」


「それじゃ、アマーリエ様はどうやってそれを抑えてきたの?」


「昔、領民がアマーリエ様のために過去の文献から擬似血液を作り出したんだ。けれどもそれは、あくまで延命措置。アルベルト様の血でなければ、本当の意味で満たされることはない。だから、アマーリエ様はずっと軽度の飢餓感や倦怠感に襲われて身体は弱っている筈だよ」


……それでも、彼女は封印を解かなかったのか。


「おまけに、アルベルト様が封印された今、長寿は彼女一人。どんなに親しくなろうとも、例外なく彼女は看取らなければならない。どれだけ護ろうとも、独り残されるように失い続けなければならないあの方の孤独感は、一体どれほどなんだろうね?」


「……なら、あの方は、身体的にも衰弱し魔力も半分使えない状態になろうとも、王国との約束を守り、最愛の人もろとも魔王の封印し続け……そして民を守るために戦い続け、そしてその結果は親しい人たちを失い続ける未来しか残されていなかった……ということですか? そんなの……」


……地獄じゃないですか。


私の声にならない呟きに、けれどもベティーナは聞こえたと言わんばかりに悲しげな表情を浮かべていた。


「……だからね、私はアマーリエ様は鬼に堕ちないと思っているよ。人の悲しみや苦しみに際限はないし、数値化することもできないから確かなことは言えないけれども……それでも、それほどの苦しみを味わいながら鬼に堕ちなかったあの方が、そう簡単に堕ちることはないと信じられる」


……そして、王国はそこまでの無理を彼女に強いながら、約束を忘れていたのか。


『……救いを齎してくれた人を、恐れ、拒絶するのが王都流ってことか?それは、人としてどうなんだよ……っ』


……確かに、カイさんの言う通りだ。


「それに、ね。私たちが、アマーリエ様を鬼には墜さない。この領地の民は、皆、誓っているんだよ。もう、アマーリエ様を苦しめさせないって。対魔王戦でアマーリエ様の足を引っ張らず、アマーリエ様に彼女の最愛をお返しするんだって」


流石に、寿命を伸ばすことはできないけれども。


そう言って、ベティーナは悲しげに笑った。



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