黒薔薇姫の、過去13
結果的に、数人生き残りに出会えた。
彼らの話を聞くと、突然大量の魔獣が街を襲ったとのこと。
『でも、それなら警備隊の人が……』
警備隊なら、そんじょそこらの魔獣には負けない。
黄昏の森は魔獣が他の土地よりも多く出現ふるとは言え、少なくともこの里ができてからここまで、こんな被害が齎されたことはなかった。
『分からない。分からないんだ……! 何故か、警備隊は動かなかった。否、動けなかったんだと思う。応援を呼んだ人たちから聞いたところ、既に警備隊の人たちはやられていたって……』
『……そんな……』
『たらればで話していても、仕方ない。もう少し生存者を探して、それからすぐに森から出よう』
感情的になりかけた私を、アルベルトの冷静な言葉が押し留める。
『……そうね。そうしましょう』
『森から出るって……人間の里に出るということか!?それこそ、危ないんじゃ……』
『少なくとも、魔獣が大量発生している森に留まる方が危険だ。警備隊を壊滅させるような魔獣相手に、こんな遮蔽物ばかりのところで防戦することは厳しい』
『それは、そうかもしれないが……』
『少なくとも、貴方たちは人間に溶け込める容姿だから大丈夫でしょう。私たちですら、人間の里に行っても吸血鬼とバレなかったのよ?』
『掟を破っていたのか……?』
『今はそんな事議論している暇はない筈だが……事実だ。家族に謝ろうにも、罰則を受けようにも、もう家族もいなければ、罰則を定めた街すらないけど』
そう言って、アルベルトは皮肉げに笑った。
その笑みに、逆に問いかけた人は力のない笑みを浮かべる。
『そう、だな……その通りだよ……』
『ともかく、一旦ここで休んでいてくれ。……アマーリエ』
『暴風の檻』
まず、暴風の檻の中に彼らを匿う。
『底無しの血沼』
更にその周りを囲むように血属性の魔法を展開させた。
そうして彼らの守りを固めた上で、私たちは再び街の中を徘徊する。
『……何が、あったと思う?』
消火活動をし、瓦礫を退かしつつ私は問いかけた。
『冷静だな、と言おうとしたけど……違うか』
『ええ、ご名答。こんな風にした奴らを根こそぎ殺してやりたいっていう思いで、何とか立っていられるだけ。で? どう思う?』
『分からない。考えられるだけの、材料がなさ過ぎだ。強いて言うなら、真っ先に警備隊を襲うあたり知性を持つ魔獣が現れたと考られるってことぐらいか』
『そうね……』
『あとは、魔獣が群れていることが気になる。基本、同じ系統の魔獣しか群れないと思っていたが……』
そうして街の中を歩き回ったけれども、結局それ以上の生存者は見つからなかった。
……否、見つけられない方が良かったのかもしれない。
『……ねえ、アルベルト……!あれ!』
私は、遠くに立つ人影を指さす。
見慣れた姿に、冷え切った心が少しだけ温まる心地がした。
『ブルーノ(義)兄さん!』
私とアルベルトは同時に叫び、そして駆け寄ろうとした……のだけれども。
『ああ……やっぱり、まだ生きていたのか』
そんな冷たい声が、聞こえてきた。
『紅蓮の流矢』
瞬間、幾十もの炎の矢が私たちを襲う。
咄嗟に私たちはそれぞれ魔法で防御した。
『(義)兄さん……?』
呆然と、彼を見つめる。……その瞳に映るのは、いつもの温かい光じゃなかった。まるで虫けらでも見るかのような、そんな冷たい視線。
『分かっていた……分かっていたさ。お前が、お前たちが生きていることは』
『何を言っているのよ……ブルーノ義兄さん』
『死ね! 突飛の土棘』
瞬間、今度は土から幾つもの棘が現れ、私の身体を突き刺そうと向かってきた。
咄嗟に、私は指を噛んだ。
『血の舞踏』
そして現れた血の鎌を振るい、棘を破壊した。
『……どういうこと? 義兄さん』
『ちっ……』
私の問いに答える前に、ブルーノは回避行動を取る。彼の元いたところには、血の雨が突き刺さっていた。
『……誰に、攻撃した?』
抑揚のない声。聞き慣れた筈のそれは、けれども全く聞き覚えがないと思わせる程普段のそれとは全く違う。
チラリ、覗き見た彼の表情からはあらゆる感情が削ぎ落ちていた。
『アマーリエに攻撃するのは、兄さんであっても許さない』
そのまま、幾十・幾百もの血の雨が降り続ける。
一撃一撃が、命を刈り取り得る強烈なそれ。
この範囲で、これだけの威力を出し切る様は流石としか言いようがなかった。
ブルーノも、その威力に少し焦ったような表情を浮かべていた気がする。
『何故だ……! 何故だ!! 何故、私はお前じゃない!』
それを避けながら、ブルーノは叫んだ。
『……まさか、それが答え? アマーリエを攻撃し、街を蹂躙し、人々を殺し尽くした理由が、そんなちっぽけなこと?』
熱く叫ぶブルーノに対し、アルベルトは言葉を発すれば発するほど冷たい声色になっていく。
『……ちょっと待って。この惨状、ブルーノ義兄さんがやったってこと?』
『それしか考えられないだろう? 警備隊が油断していたのも、相手が兄さんということなら納得できる。それに、警備隊で兄さんだけが無傷で生き残っているっていうのが信じられない。何より……こんな殺気を向けるなんて、あれは兄さんじゃない。別の何かだと思った方が良い』
ブルーノが、剣を抜いた。
瞬間、私たちの視界から消える。
……速い。
目では追えるものの、体はついていくのがやっと。
『ちっ……!』
思わず舌打ちをしながら、血の鎌で剣撃を受ける。
けれども受けきれず、私は後ろに吹っ飛ばされた。
『アマーリエ!』
アルベルトの叫びと同時に、ブルーノがその場で笑い出す。
『あはっ……あはは……あははは!』
壊れたように笑うその様は、見ているだけでゾッとした。
『そうか、そうか。お前たち、実戦経験が圧倒的に足りていないのか。この体には、幾十……幾百もの魔獣と戦った記憶がある! だが、お前たちにはない』
痛いところを突かれて、無意識に表情が歪む。
私もアルベルトも、戦った回数なんてほぼない。
対人戦なんて、ゼロ。
魔獣と戦うことがあっても、魔力量でゴリ押しができた。
『そうかもしれないね』
そうアルベルトが小さく呟いて、再び血の雨を降らせる。
その雨から逃げているブルーノを追撃するように、アルベルトがブルーノに迫った。
手には、血の魔剣が握られている。
『でも、引くわけにはいかないんだ。彼女を害する者は許せないから。たとえ、兄さんであっても』
ブルーノと、アルベルトの剣が交わった。
そしてその次の瞬間には、アルベルトの剣がブルーノの剣を弾く。
その隙を見逃さず、アルベルトは魔法を発動させ、再び血の雨がブルーノに襲い掛かった。
『くそっ……! くそっ、くそっ……!』
悪態をつきながら、ブルーノは避ける。けれども容赦のないアルベルトの連撃に、ブルーノはどんどん傷を増やしていった。
『ふざけるなぁぁ!』
そう叫ぶが速いか否か、ブルーノの周りにいつの間にか魔獣が群れていた。
まるで彼に従うかのように、魔獣がアルベルトに襲いかかる。
『駄目っ! 血の雨』
咄嗟に私は、アルベルトに当たらないように気をつけつつ魔法を撃った。
『何故だっ……!魔獣を従えるのは、吸血鬼のみ!それも、鬼に堕ちなければ従えることができない。兄さん、あんたは……!』
アルベルトは魔獣を迎撃しつつ、ブルーノに向かって叫んだ。
『知るか。とりあえず、この場は引かせてもらうぞ』
ブルーノはアルベルトの問いに答えることがないまま、いつの間にか消えるように姿を消していた。
残された私達は、とは言え退治しなければ動けない程の魔獣の処理に時間を取られていた。
そうして、やっと魔獣を倒したときには完全にブルーノを追うことができなくなっていた。
彼の姿が消えて、私はその場に崩れ落ちる。
……夢ならば、誰かにそう言って欲しかった。
義兄さんが……ブルーノが、私の大切な人たちを殺した。街を、破壊し尽くした。
そんなこと、信じたくなくて。




