黒薔薇姫の、過去12
その不運は、突然訪れた。
その日、私はアルベルトと共に人間の里を訪れていた。
結婚式の、衣装を受け取るために。
『ありがとう、エルマ』
『いえいえ。アルベルト、アマーリエ……幸せにね』
そうしてエルマから彼女手製のドレスが入った箱を受け取った時だった。
『……何だか、騒がしくないか?』
その場に居合わせたカミルが、そう呟く。
意識を外に向ければ、確かに悲鳴が耳に入ってきた。
『ちょっと様子を見てくる』
『一緒に行くよ』
カミルに続き、アルベルトも外に出て行った。
突然流れた不穏な空気に、エルマは勿論、私も不安を隠せない。
それまでの祝福の雰囲気が見事に霧散し、重苦しい雰囲気が部屋を包む。
『た、大変だ! ま、魔獣が!!魔獣が襲ってきた!』
そんな空気をより重くするような事実を、帰ってきたカミルが叫んだ。
『警備隊の人たちは?』
『い、今は街にまでは入り込んでない……けど、すごい数の魔獣が襲いかかってきているらしい』
『アルベルト……里が、心配だわ』
黄昏の森は、人の里よりも多く魔獣が現れる。
つまり、この人間の街でそれだけの魔獣が現れているということは、私たちの街ではそれ以上の危険が迫っている可能性が高い。
『ああ……』
アルベルトも、同じことを考えていたのだろう。
『ごめんなさい……私たち、自分の街が心配だから帰るわ』
『あ、危ないぞ。今、街の外には魔獣が溢れているって……』
『カミルの言うことが本当なら……もう少し、ここで様子を見た方が良いんじゃない? 街を出るのは危ないわ』
心配し止めてくれるカミルとエルマに向けて、安心させるように笑みを浮かべた。
『暴風の檻』
そして、私は魔法を発動させる。
瞬間、家を暴風が包み込んだ。まるで台風の目のように風の結界の中は穏やかだけれども、外から風に触れたら最後、全身が切り刻まれる。
ポカンと、二人は呆気にとられたように私を見ていた。
『二人に言っていなかったけど、私たち、それなりに魔法が使えるのよ。だから、魔獣が襲ってきても何とかなるわ』
『今、アマーリエが発動させた魔法は暴風の檻って言ってね。外部からの侵入を防ぐための魔法で、外から風に触れた者は風に切り刻まれるようになっている。だから、君たちの知り合いが家に入りそうになったら声をかけて止めてあげてね』
『え、あ、うん……』
『中からは出られるようになっているから。もし、外に出る必要があったら出てね。でも、そんじょそこらの魔獣は侵入できないから、出ない方が安全よ』
そう言い残して、私とアルベルトは外に出た。
魔法で風に乗り、空を飛ぶ。
いつもなら隠れるように森を歩くけれども、緊急事態だ……と堂々と森の上を突っ切ったら早く着いた。
……でも。
『何よ……コレは』
もう、遅かった。
目の前の現実を認識するまで、私はどれぐらい時間がかかっただろうか。
瓦礫と化した街を包む、紅の炎。
道に転がる、夥しい程の屍。
自然と、体が走り出す。
『アマーリエ!』
背中越しにアルベルトの声が聞こえてきた気がしたけれども、反応できなかった。
ただ、前に進む。
速く走って、早く助けなくちゃ……と、現実に目を向ける自分と、認めない信じられないと叫ぶ自分がいて、頭の中はぐちゃぐちゃだった。
そして、辿り着いた我が家を前にして思考が停止する。
……正直、そこからの記憶は断片的だ。
炎に包まれた自分の家を見て、とっさに水属性の魔法で消火した気がする。
そしてそのまま家の中に入って目にしたのは……変わり果てた家族の姿。
『お母さんのパイ! やった!』
何故か耳の奥底で響いた、過去の自分の言葉。
お母さんとお父さんと寛いだリビング……あるはずのない、過去の光景が目に浮かんだ。
その幻影に浸りたいと思っても、強烈な焼け焦げた臭いが私を現実に引き戻す。
『あ………』
現実を拒絶し、震える体を引きずって逃げるように外に出た。
そのまま、救いを求めて歩き慣れた道を進んだ。
いつも歩いていた、アルベルトの家に向かう道。
けれども、全然いつもと違う。
瓦礫が道を塞ぎ、その下に転がる人だった何か。
やっとのことで辿り着いた先も、変わり果てた光景。
『あらあら、アマーリエちゃん。こんにちは』
そう言って、いつも温かく迎え入れてくれた義母さん。優しく見守ってくれていた義父さん。
アルベルトと魔法談義をしていた、部屋。
ブルーノをお祝いした、庭。
何もかも、ない。
嘘だ、嘘だ……!
『アマーリエ!』
現実に引き戻すかのように、アルベルトが私の肩を揺さぶった。
『アルベルト……』
私が反応したことに、アルベルトは安心したように目尻を下げた。
けれどもそれも束の間、彼はすぐに真剣な表情で口を開く。
『……生き残った人がいないか、探しに行くよ』
……何で、そんな冷静なことが言えるの!?
そう叫ぶ前に、私はアルベルトの顔を見て……口を閉じた。
アルベルトもまた、私と同じように辛そうな表情をしていたから。
どこにも行き場のない苦しみを押し出すように泣きたいというのに……泣けない、泣くわけにはいかないと我慢しているような……そんな表情。
私は、アルベルトに体を預ける。
『……そうだね』
感情を押し殺して、震える口で紡いだ言葉。
何て冷たい声だと、自分でも思った。




