そして執行官は、知った 2
「……多少、話がねじ曲がっても問題ないわ。大事なのは、魔王が復活することを知っているかどうかでしょう? ……ねえ、ディアナ。魔王が封じられてから、もう少しで三百年が経つの」
「……はあ……」
「そしてね、封印が保つのは三百年。つまり、ね。後一年以内に魔王は復活するわ」
まるで恋する乙女のように、頬を赤らめアマーリエ様は告げる。
けれどもその内容はとても重くて……信じられたものではなかった。
「どうして、そんなことを……っ。冗談にしては、過ぎます」
ぶわり……と、私の咎めるような言葉に、左右から強烈なプレッシャーが溢れ出ていた。
「あら、冗談なんかじゃないわよ?」
こんな中、平然と言葉を返すアマーリエ様に唖然とするが……今は、驚いている場合でも、怖がっている場合でもない。
「とても、信じられません。王宮でも魔塔でも、そのような発表は一度もしておりません」
「あら、そうなの……。まあ……約束が受け継がれていないのだとしたら、それも仕方のないことね」
「……先ほどから仰っている約束とは、一体何なのですか」
「三百年近く前の戦いは……酷いものだった。魔王が操る魔獣たちに、なす術がなく蹂躙されていく人々。討伐に向かった戦士たちは、その刃を魔王に届けることすらできず……圧倒的な魔獣の群れを前に散っていった」
淡々と、アマーリエ様がことばを紡ぐ。
私の問いの答えになっていないそれを、けれども遮ることが許されないような空気に、黙って聞くことしかできない。
「そんな中、今のアルトドルファー領に住んでいた者が、魔王の封印に成功したの。けれども封印は不完全で……すぐにでも解けてしまってもおかしくない代物だった。どんなに手を施そうとも、保って三百年。だからね、当時の王……エメルハルトは、その者と約束をしたの。『三百年、封印を保たせてくれ』と。『その代わり得た時間で、王国の人々が自分の身を自分で守れるよう……戦えるように強くする』と。そしてエメルハルトは、約束の証として……その者に爵位を与えた。その者の功績を称え、そして三百年間、伯爵に魔王の封印と溢れ出る瘴気から国を守って貰うために」
アマーリエ様の言葉に、私は固まる。
「それが、アルトドルファー伯爵領の成り立ち。広大な領地は、全て瘴気から国を守らせるため。その証拠に、黄昏の森に面している土地は全て伯爵領のみ」
けれどもアマーリエ様は私の混乱を他所に、言葉を続けた。
「そんな話……信じられません」
「あら……でも、貴女はその体で感じたでしょう? 封印から漏れ出る魔王の瘴気を」
「でも……でも……」
我ながら、駄々っ子のようだと思った。とにかく突きつけられた話から逃れようと、否定の言葉を探す。
けれども、全然見つからない。
「アマーリエ様の言葉は真実だよ。約束やそれに関する書類は、アルトドルファー伯爵家に残されている。きっちりと王印が入った書類が、ね。……ディアナなら、その意味が分かるよね?」
ベティーナの言葉に、最早私には反論の余地がないことを悟った。
王印が入った書類は、他のどのような書類にも勝る公的文書。
王の魔力を書類に刻み付けるそれは、偽造が不可能。
真偽を確かめる為、王宮には歴代の王の王印が残されている。……例え十数代前の王印であろうが、だ。
そんな王印が刻まれた書類が残されているのだとしたら……一執行官の私が疑義を挟めるものではない。
「けれども、残念ね。まさか、その約束が忘れ去られていたなんて」
「……こうしてはいられません! それが真実なのだとしたら、すぐにでも王宮に知らせなければ」
慌てて、私は立ち上がった。
報告書……それだけじゃ、ダメだ。
上に報告が届くまで、時間がかかり過ぎる。
かと言って、直接報告することも難しい。
きっと、魔王が復活するなんて報告したところで一笑されて終わり。
最悪、私の正気が疑われるだろう。
「……アマーリエ様。お力添えをいただけますでしょうか」
「あら、どうして?」
「アルトドルファー伯爵として、是非とも魔王が復活するという事実を王に奏上していただきたいのです」
「面倒だわ」
「なっ……!」
「三百年前の約束を忘れたのは、他ならぬ王族であり王国よ。今更、そんな事実を突きつけたところで……受け入れ難いのではなくって? 奏上したところで、疑われるのがオチでしょう」
「だとしても、アルトドルファー伯爵の名とそれらの書類があれば……」
「人ってね、自分の都合の悪い事実から目を背けたがるの。その為には、その事実を突きつけた人を貶めることすらできる」
「それは……」
「そのリスクを負ってまで、どうして私が忠告をしなければならないの? アルトドルファー伯爵として、既に三百年前にすべき忠告はした。それでも信じず、忘れ去ったのは王国でしょう? こちらとしては、魔王が復活して王国がどうなろうとも知ったこっちゃないわ」
悪魔のように私の願いを退けるアマーリエ様の顔には、まるで天使のような優しげな笑みが浮かんでいた。




