そして執行官は、知った
翌日……私は溜息を吐きつつ、屋敷の中を歩いていた。
未だに、昨日の衝撃を引きずっている。
……戦闘では全く役に立たず、むしろお荷物状態。それなのに起きた時から体が怠くて、正直何もしたくない。
という訳で、私は屋敷の中でのんびりとさせて貰っていた。
私室でぼんやりと窓から外の風景を眺めていたら、扉からノック音が聞こえて来た。
扉を開けると、そこにはメイドの一人が立っている。
「アマーリエ様がお呼びです。一時間後、応接室に来るようにと」
……もう、そんな時間か。
ぼんやりとし過ぎて、陽が沈みかけていたことに気がつかなかった。
まさか、アマーリエ様が起きる時間まで何もしないで過ごしていたとは……自分でも、驚きだ。
「畏まりました」
扉を閉め、私は支度に取り掛かる。
そして支度が終わったタイミングで、再び先ほどのメイドが私を迎えに来た。
案内された部屋には、中央のソファーにアマーリエ様。それも、美しく着飾った姿。
化粧やドレスは女の武器……という言葉を聞いたことがあるけれども、なるほど、アマーリエ様の美しさを見れば妙に納得だ。
そして左右のソファーには、カイさんとベティーナさんとラインハルトさん、それからヴォルターさんが座っていた。
錚々たる顔ぶれに内心回れ右をしたくなる自分を、何とか宥める。
「呼び立ててしまって、申し訳ないわ。……さ、ディアナ。そちらに座って」
「……では、お言葉に甘えまして」
アマーリエ様が目線で指し示した彼女の対面のソファーに腰を下ろす。
「昨日はお疲れ様。体調は大丈夫? 今日、ちゃんと休めたかしら?」
「ええ。お心遣い、感謝します。この通り元気ですので、大丈夫です」
「そう。……黄昏の森は、どうだった?」
「……衝撃的でした。黄昏の森の魔獣が強いことは、本の知識で知っておりましたが、まさかあんな……」
素直に、包み隠さず私は感想を述べた。
何だか今日のアマーリエ様は迫力が凄くて、下手に嘘をついたり誤魔化したりすることが許されないような空気だったからだ。
「まあ……でも、貴女は国軍の出身なのでしょう? であれば、あのぐらいの魔獣なんて当たり前のように遭遇するのではなくて?」
「……いいえ。あのような魔獣の群が現れたら、それこそ国で大騒ぎになりますよ」
「……それは困ったわね。あと一年もしない内に、あのぐらいのレベルの魔獣が、国のいたるところに現れるようになるのに」
アマーリエ様の呟きに、私は固まる。
あのレベルの魔獣が、王都に現れるようになる……?
そんなの、悪夢でしかない。
「……どういうことでしょうか? アマーリエ様」
「まあ……! やっぱり、王家はアルトドルファー伯爵家との約束を忘れ去ったのかしら?」
クスクスと、アマーリエ様が笑った。
美しくて蠱惑的な笑みに、けれども冷や汗がドッと溢れる。
「その、約束というのは……?」
「ねえ、ディアナ。王都では……この国では、『魔王』の話はどのように伝わっているのかしら?」
唐突な問いに、けれども私は答えるべく口を開いた。
それは、王国では誰もが知る物語。
魔王は、魔の王。魔獣を操り、強力な魔法を繰り出す邪悪な王。
ある時、魔王は人間の国を支配しようと人々を襲った。
強力な魔王の力を前に、なす術もなく……人々は負けていった。
……けれどもそんな中、一人の魔法使いが現れた。
その魔法使いは、魔王に負けないほどの強力な魔法を使える男。
彼は時の王……賢王と呼ばれる、賢く勇敢な王と協力し、共に魔王を倒すべく戦った。
そうして、次々と凶悪な魔獣を倒していった。
劣勢だった王国は、魔法使いと賢王のおかげで徐々に挽回していったのだ。
……けれども、魔法使いと賢王が力を合わせても、あまりの魔王の強さに封じることで精一杯だった。
苛烈な戦いの末、ついに魔法使いと賢王は魔王を封じ込めることに成功する。
それは、仮初の平和の訪れ。やがて、魔王は蘇る。
魔法使いはその時に備え、賢王の助力を得て魔法を研究するための施設……魔塔を設立した。
そして魔塔では、設立者の志を受け継ぎ、やがて来るであろう魔王復活の時に備えて才ある者たちが日夜研鑽に励んでいる。
「……そんな、話です」
私の語りに、アマーリエ様は何故か笑い出した。
「賢王、か。確かにエメルハルトはその名に相応しい男だったけれども……まさか、後世にその様に語り継がれているなんて知ったら、草葉の陰から悶絶するのではないかしら?」
まるで、賢王を知るかのような言葉に、私は思わず眉をひそめる。
「……アマーリエ様。その魔塔設立者のことはご存知なのですか?」
ヴォルターさんまで、そんなことを聞き出す始末。
まるで、アマーリエ様がその当時から生きているような聞き方ではないか。
「いいえ? 知らないわよ。有象無象の魔法使いがたくさんいたけれども……そんな強い方、覚えがないわ。むしろ、そんな方がいらしたら良かったのに……」
一瞬哀しみの色をその瞳に宿していたアマーリエ様は、けれども私の視線に気がつくとにこりと微笑まれた。
「中々面白い話だったわ。そう……王都では、そんな風に語られているのね」
「笑い事じゃねえ……じゃないですよ、アマーリエさま。アマーリエ様の……アルトドルファーの献身を、王都は忘れているってことじゃないですか!」
カイさんが、激昂して叫んだ。
あまりの怒気に、体の震えが止まらない。
……黄昏の森にいた魔獣の方が、優しいと感じるほど。
あまりの重圧に体が震えるどころか……意識を飛ばしそうになっていた。
「……カイ、落ち着きなさい」
それを止めたのは、他ならぬアマーリエ様だった。
彼女の言葉に多少は冷静になったのか、カイさんから漏れていたプレッシャーが若干和らぐ。
「ふ……はぁ、はぁ……」
息をすることすら忘れていた私は、呼吸が整うまでただひたすらに空気を求めて呼吸を繰り返していた。




