執行官は、驚く
……信じられない。
この領地に来てから、一体何度この言葉を心の中で呟いただろうか。
一体何度、自分の常識を疑っただろうか。
まず、黄昏の森に入ったところでホワイトスパイダーに遭遇。
普通だったら、たった五人でホワイトスパイダーと戦うことになるとしたら撤退の一択だというのに……焦る間もなく、一瞬でラインハルトさんが撃破。
私は、むしろ屍として転がった後に、敵がホワイトスパイダーだったと気がつく始末。
その時点で唖然としたけれども、その後も驚きの連続。
休憩していたところを、シルバーウルフの群れに襲撃された。
シルバーウルフは、個体であれば危険度Bランクに分類されるけれども、群れとなればAランク。
だと言うのに……これも危なげなく撃破。
無傷の彼らは、更に奥に進んで行った。
そして、その先にいたのは……ワータイガーの群。一匹でもAランク……群だとSランクだろうか。そもそも群で現れるなんて、聞いたこともないけれども。
そしてワータイガーの中心には、ドナータイガーがいた。
二つの頭で、人の三倍はあるだろう巨体を二つの足で支える魔物。手に持つモーニングスターを器用に操るだけでなく、雷を操り、その危険度はSランク……一国の軍が戦って討伐ができるかどうか。そもそも、図鑑の中にしか存在しないそれ。
あ……終わった。死んじゃう。
圧倒的なプレッシャーに、体が震え、冷や汗が伝った。
そして体を支えきれなくなって、そのままその場に座り込んだ。
「ラインハルト。……行けるわね?」
「当然です!……『断罪の刃』」
だと言うのに、ラインハルトさんの顔に浮かぶのは笑顔。
彼が詠唱した瞬間、無数の風の刃がドナータイガーを襲った。
断罪の刃……風魔法の中でも、上級に分類される魔法。
彼は短時間で発動させたけれども、魔法を生業としている人にだってそんな簡単にできない魔法の筈なのに。
けれどもドナータイガーは、風の刃を避け切る。
次、彼はどうするのか……と思ったら、その場から彼は消えていた。
そしていつの間にか、ドナータイガーに肉薄していたのだ。
『ヴゥゥゥ………』
彼の戦いぶりに見惚れている間に、ワータイガーが近づいて来ていた。
その内の一匹と目が合う。
怖い。逃げなくちゃ……そう思うのに、体が動かない。
「さて、と……」
場違いな程気の抜けた声が、耳に入る。
声がした方に目を向ければ、そこにはアマーリエ様。
彼女は、自身の指を口に含んで噛み切った。
そして血の滴る指を、ワータイガーの群に掲げる。
「『ブラッディ・レイン』」
彼女が詠唱を呟いた瞬間、赤黒い矢が雨のようにワータイガーに降り注いだ。
……何を、したの?
こんな魔法、聞いたことも見たこともない。
ただ一つの魔法で、ワータイガーは全滅していた。
「終わりましたー」
いつの間にか、ドナータイガーも死んでいた。
報告したラインハルトは若干傷を負っていたようだけれども、いずれもかすり傷。
……黄昏の森の魔獣が強いことは、知識で知っていた。
それ故に、アルトドルファー伯爵領の領民が強いことも。
けれども、これは……違う。
圧倒的過ぎて、強いという単語では片付けられない。
アルトドルファー伯爵領は、危険だ。
彼らが王国に牙を向いたとき、果たして王国に彼らを止められる力はあるのだろうか。
数で勝負すれば、もしかしたら勝てるかもしれない。
けれども、仮にラインハルトさんレベルの人がアルトドルファー伯爵領にゴロゴロいるのであれば……王国の被害は、計り知れない。
そもそも勝てたとしても、誰がこの黄昏の森を管理できるのだろうか。
……アルトドルファー伯爵領には、手を出すべきではない。
こんなの、どう報告をあげれば良いというのか。
魔獣の死骸に囲まれながら、一人頭を悩ませていた。




