執行官は、観光をする
「……何ですか、この街並み」
外に出た私の第一声がそれ。
あまりの光景に、唖然としてそれ以上言葉にならない。
「何ですかって……何だよ」
カイさんのツッコミに言葉を返すことも出来ず、私は街を指差しながらただ呆然とするばかりだった。
「ほら、そんなところに突っ立ってないで、さっさと行くぞ」
「え、あっ……ちょっと待って下さい」
「だから、何だよ」
「どうして……っ。どうして、こんなに発展しているんですか……!」
ようやく言葉にできた、と自分で自分を褒めてあげたい。
そう、私が驚いたのは……この街の街並みがあまりにも発展したそれだったからだ。
それこそ、王都ですら比べ物にならないぐらい。
想像したこともないような……違う世界に来てしまったと言われた方が納得できるような、そんな街並みだった。
まず、街の真ん中には何の為かは分からないけれども巨大な時計塔。
そしてその周りに囲むのも、何階あるのか分からないほどの高い建物。
……王都ですら、五階建てが最高なのに。少なくとも倍はある。
そしてそれらの建物は全て、さながら芸術品のように一つ一つが美しかった。
更に領都同様、街を行き交う道はどこが繋ぎ目なのか分からないほど滑らかだ。
これなら、馬車に乗っていても殆ど揺れを感じないだろう。
「……どうしてって、言われても。他所を気にしたことがねえから、そんなの分かる訳ねえだろう。むしろ何で他所は街づくりに力を入れないんだ?」
「それは……」
私も、その問いに答えられなかった。
「ほら、もう良いか? さっさと進むぞ」
そのまま、追求することを諦めて大人しくカイさんに付いて行く。
「ここが、時計塔」
「はあ……」
思いっきり、見上げる。
真下からだと、頂上が一切見えないほどに高い。
「質問ですが……これは、どのような経緯で建てられたんですか?」
私の質問に、カイさんは困ったように目を泳がせている。
そんな、変な質問だったのだろうか?
「あー……ノリと、テンション?」
けれども彼の返答に、今度は私が困って返答に詰まる。
「そうとしか説明しようがねえんだよ。百年近く前、この領地がアルトドルファー伯爵領となって二百年が経った記念に何か建てようぜ! って、なったんだと」
「そ、そうですか……」
ノリとテンションで、本当にこんな建物を造るのか!? と思ったけれども、嘘を言っているようでもないので、それ以上の言及は避けた。
「生憎今日はメンテナンスの日らしくて、中に入れねえから、ここは後日な」
そのまま歩き出したカイさんの後に付いて行く。
「で、ここが図書館」
「ひぃ……!」
思わず小さく悲鳴をあげてしまったけれど……外から見ても大きい。
それから中に入ったけれども、やっぱり王都のそれに引けを取らない広さかつ蔵書の量だった。
「ふう……」
圧倒されて、もう溜息しか出てこない。
全部を見ていては今日中に全てを回れないということで、あえなく断念。
そのまま外に出て、次の場所に向かった。
「で、ここが議事堂と官棟」
図書館の前の建物で立ち止まり、カイさんが二つの建物を指差す。
「へぇ?」
聴き慣れない言葉に、思わず首を傾げた。
「あのー……議事堂・官棟とは、何でしょうか」
「王都には、ないのか?」
「少なくとも私は、聞いたことがありませんね」
「あら……カイさん」
女性の声が聞こえて、会話が途切れる。
声の方を見れば、艶やかな緑色の髪が美しい嫋やかな女性が立っていた。
「お、クリスティン。久しぶりだな」
「ええ、ご無沙汰しております。其方の方が……?」
「王都から来た執行官のディアナ」
「まあ……やはり、そうでしたのね。私の名前はクリスティン。領政会の議長を務めております。若輩者ですが、何卒よろしくお願い致します」
「ご丁寧にありがとうございます。ディアナ・バルテンと申します。こちらこそ、よろしくお願い致します」
「……つーか、何でクリスティンがここに?」
「今日カイさんがディアナさんに、この街を案内するとジークフリードさんから伺っておりまして。そろそろいらっしゃる頃かと思いまして、ご挨拶をとお待ちしておりましたの」
「あー、そういうこと。なら、丁度良いや。コイツに、議事堂と官棟を案内してやってくれ。王都には、ないんだと」
「まあ……左様でございますか。承知致しました。そうしましたら、ディアナさん。こちらへどうぞ」
言われるがまま、私はクリスティンさんに付いて行く。
「まず、こちらが議事堂。領政会の会議を行う場ですわ」
議事堂の入口を抜け、赤い絨毯に沿って歩くと、そこは巨大なホールとなっていた。
真ん中に大きなテーブルがあり、そのテーブルを囲むように左右に長机が並べられ、更にその周りには幾つもの椅子が置かれている。
「あのー……領政会とは、何でしょうか?」
「領政会とは、その名の通り領政を議論する会議でございます。アルトドルファー伯爵領の領政を担うのは、行政・財務・法務・衛生・教育・生産・造営・経労・防衛……それぞれの部署の説明は後ほどさせたいただきますので、割愛させていただきますね。それらの部署のトップが民間の専門家を交えて、新たな領法の制定や領政全般に関する議論をするのです」
「ああ……領主に諮る前に、ここで議論して内容を煮詰めるということですね」
「領主様には確かにご報告はしますが、領主様の判断は仰ぎません」
「え!? それじゃ、領主が認めていないものを勝手に実行してしまうということですか?」
「領主様は、全ての権限を領政会に委譲されていますので。この領政会で決定されたことが、領としての決定となります。ただし、領主様は領政会の決定を拒否する拒否権と領政会を通さずに施策を強行する強行権をお持ちですが」
執行官になるために、そして執行官に任命された後も派遣される前に猛勉強したのだけど……その内容と全く違う。
……最早、違う国に来たと思った方が良いかもしれない。
必死に勉強したのは、一体何のためだったのだか。
……とりあえず、常識として頭にあった知識は投げ捨てて、真っさらな状態で耳を傾けるべきだろう。
「……でも、それだと結局領主が最終決定権を持つことと同義じゃないですか?」
とりあえず、気になったことを質問した。
「それらの権利は、濫用できないような仕組みを過去領主様が作り上げられていますので、これまで問題が起きたことはございません。尤も……そもそも領主様は領政会の意義を十分理解されていますので、無闇矢鱈とそれらの権利を使いませんが。現に過去、それらの権利が発動されたのは一度のみです」
「ほう……なるほど」
「領政会に関する説明は以上です。普段は関係者以外の方々……一般の方々も議論の傍聴されておりますので、是非ともディアナさんもご興味がございましたら、いらして下さい」
「ええっと、ちょっと待って下さい。一般の方も、議論を見に来られるのですか?」
「ええ、そうですわよ。残念ながら、なかなか遠くに住む方々は頻繁に来れませんが、それでも新聞社の方々がいらっしゃいますから……議論の内容はすぐに領民に伝わりますわね。領民たちの目に晒されているからこそ、襟元を正し職務を遂行できるのです」
「ほう……なるほど」
とりあえず相槌を打ったけれども、頭の中は混乱していた。
ガラガラと、常識が崩れ落ちる音が聞こえる気がする。
「さて、次は官棟に行きましょうか」
「ほう……なるほど」
「……あの、ディアナさん? 大丈夫でしょうか」
気遣わしげに、クリスティンさんが私の顔色を覗き込んでいた。
「え!? あ、すいません……ちょっと考え事をしていましたので」
考え事をしていたというよりも、混乱して頭が動かなかったというのが正確なのだが、言わぬが花だろう。
「つ、次は、官棟ですよね。案内をお願いします」
「はい。では、行きましょう」
そして私は、隣の建物に入った。




