黒薔薇姫は、思う
夜、私は黄昏の森に向かった。
目指すのは、森の最奥。
現れる魔獣を排除しつつ、走った。
……相変わらず、森の中は薄暗くてジメジメとしている。
途中、森の中でも一際大きな樹木が目に止まり、自然と足が止まった。
枯れた、巨木。
枝には一つも葉がなく、随分と寂しい見た目だ。
かつて……この樹木は、春になると美しい薄紅の花を咲かせていた。
そしてこの樹木を中心に、薄紅の花に負けないぐらいの美しい都市があったと言ったところで……一体誰が信じるのだろうか。
今はもう全て、遠い過去。
木は枯れ果て、街は御伽噺に形を変えてアルトドルファー伯爵領内で僅かに伝聞が残るのみだ。
暫くそのままその場で止まっていたけれども、私は再び走り始める。
そうして黄昏の森の最奥……膝丈ぐらいの石柱が六つ円状に並べられた場所に到着した。
円の中心には、私の背丈ほどの石柱。
私はそっと、その石柱に手を添えた。
そして目を瞑りながら、額をそれにくっ付ける。
「アルベルト……」
呟いた言葉は、静かな森の中に溶け込んでいった。
こんな近くにいても、彼の声はおろか何も聞こえないし、勿論彼の姿も何も見えない。
頭では理解している筈なのに、その現実を突きつけられる度に、胸に空いた穴がその存在を主張する。
私は暫くそのままその場で、立ち尽くしていた。
頭の中では、過去の思い出を一つ一つ振り返りながら。
やがて私は、再び目を開ける。
「……やっぱり、綺麗ね」
闇の帳が降りた空を見上げつつ、思わず呟いた。
真っ黒なキャンパスに散りばめられた、幾千・幾万もの星々。
手を伸ばせば届きそうで、けれども手を伸ばすことが躊躇われるような、そんな神々しい美しさ。
『やっぱり、この世で最も美しいのは星空ね』
ふと……耳の奥から、かつて自分が口にした言葉が聞こえてきた気がする。
『アマーリエ……君は、本当に星空が好きだね』
『それはそうでしょ。だって前にいた世界では、旅行で遠くにでも行かない限り、星なんて一個二個しか見られなかったのよ。今は当たり前のように見ているけどね』
『……何故、前の世界では星が見えなくなったのだろうか』
『夜の暗さを克服する為に、人は人工の光を作り出したのよね。その光のおかげで、夜も昼と同じように明るかったの。でも……星の光って、弱々しいでしょ? だから、その人工の光に掻き消されて、星の光は見えなくなっちゃったの』
『なるほどね。何かを得る為には、何かを失わなければならない。……この世界の星空も今は当たり前のようにあるけれども、いずれは失ってしまうものなのかもしれないな』
『そうね。当たり前のものなんて、何もない。だからこそ、より一層美しく感じるのかもしれないわね』
アルベルトと交わしたその会話が、昨日のことのように思い出せる。
あれから随分と時が経ったけれども……この星空は、今尚色褪せず、美しさを保っていた。
「……大好きよ、アルベルト」
そして私の、この想いも……今尚色褪せず、私の胸の中で色づいている。
閉じていた目を、ゆっくりと開いた。
……早く帰らないと、そろそろ皆が心配するか。
そして私は再び走って屋敷に戻った。




