黒薔薇姫は、到着する
一足先にシャリアンデに到着した私は、屋敷に向かう。
流石に街の中で走る訳にもいかず、のんびりと歩きながら。
結構な頻度で運動がてら走って来ているので、住民たちも私が運動服姿で突然現れることに関しては別に驚かない。
「アマーリエ様、こんにちは!」
「アマーリエ様。これ、お持ちください。疲れた体に良いですよ」
むしろ歓迎してくれているらしく、私の歩みを遮らない程度に人が集まってくれる。
働かない領主なのに、こんなに良くしてくれるなんて……なんとも優しい領民たちだ。
領民たちと会話をしていたら、あっという間に町外れの屋敷に到着した。
……普段限られた人としか話さないから、こんなに話したのは久しぶりだ。
「ただいま、ジークベルト」
「おかえりなさいませ、アマーリエ様」
屋敷の玄関で待ち構えていたジークベルトに挨拶をした。
ジークベルトは屋敷のことを一通り任せていて、後は私の補佐的なこともしている。
屋敷で働く人間の中では最も年長だけど、それを感じさせないような見た目。
けれどもやはり流石年長なだけあって、柔らかな雰囲気とその経験に裏打ちされた的確な判断で屋敷全体を纏め上げてくれているらしい。
「適当に体を動かすから、五日ぐらいはこっちにいるつもり。王都から来た子もいるから、折角だし街を見て回って貰えば良いかなって」
「ああ、件の派遣官ですか」
「そう。何故か途中で姿を見失ったのだけど……まあ、カイもいるから良いかなって置いて来ちゃった。到着したら、部屋に案内してあげて」
「畏まりました」
「あー、アマーリエ様だ!」
廊下を歩きつつジークベルトと話していたら、ラインハルトと遭遇した。
女の子と見紛うほどに可愛らしい子なのだけど、列記とした男の子。
「まあ、ラインハルト。今日も元気そうね」
「ええ、そうですよ。それより、アマーリエ様。今回も、森に行きますよね? 僕も一緒に連れて行って下さい!」
「ええ、良いわよ。二日目なら」
「分かってますって。それじゃ、約束しましたからね!」
彼は満面の笑みを浮かべて、走って行った。
うん、元気そうで何よりだ。
応接室に到着し、ソファーに座る。
……ああ、一度座ると普段のサボり癖が出るなあと思いつつも、楽な姿勢で座っていたら、ジークベルトがお茶をもって来た。
「……いつまでそこにいるの? ヴォルター」
視線を扉の方に向けつつ問えば、扉の向こう側からヴォルターが現れる。
相変わらず、いつ寝たのかと問いたくなるような不健康そうな顔色だ。
身なりを整えれば女の子に好かれる容姿だというのに、全く本人は興味がないらしい。
「……アマーリエ様、ご無沙汰しています」
「ええ、そうね。三週間ぶりぐらいかしら?
「三週間と五日と十一時間ぶりです」
「あ、あら……そうだったかしら? まあ、それより、研究は順調?」
細かい……。
とは言え、前回最後に会った時間を覚えているなんて、記憶力が良いなと素直に感嘆する。
「ええ、新たな魔法の術式を構築することに成功しました。是非、アマーリエ様にはご意見をいただきたく」
「私の意見なんてなくても、開発者が貴方なら何の問題もないでしょうに」
「いえ、そんなことないです。まだもう少し、改良の余地はあるかもしれないので、是非」
「んー……それなら明日森から帰ってきたら聞くから、その時ゆっくりと教えて? 今は王都から来た子……ディアナって言うんだけどね、彼女が到着するのを、一応待っているから」
「はい、畏まりました」
「もしかしたら、ディアナ聞きたがるかもしれないけれども、問題ないかしら?」
「別に良いですよ。邪魔さえしなければ」
「そう。じゃあ、貴方の成果を楽しみにしているわ? 今は、時間の余裕がある?」
「私は研究に戻って、新たな術式の検討を開始したいと……」
「つまり、差し迫った予定はないということね? それなら、貴方もそこに座って休みなさいな」
「ですから、新たな術式の検討が……」
「だって貴方、いつもそればかり。追い立てられて研究しても、良い案は浮かばないわよ? ホラ、少し体と頭を休めなさいな」
ヴォルターは放っておくと、ずっと研究をしている。それこそ、四六時中ずっと。
開発に成功したとしても休む間もなく、すぐに次、次と研究を開始してしまう。
なのでいつも、今みたいに研究がひと段落ついていそうだったら、強引に休むように指示を出していた。
ジークベルトも心得たもので、ヴォルター用の茶器を既に準備している。
「ねえ、ジークベルト、ヴォルター。観光するとしたら、どこが良いのかしら?」
「……アマーリエ様がそんなこと、気にしなくて良いんじゃないですか?」
「あら、でも……ディアナ、暇で時間を持て余しているみたいだし、折角シャリアンデに来たのだから、何か見せてあげた方が良いと思ったの」
「……時間を持て余している? アマーリエ様の側にいながら?」
何故か信じられないことを聞いたとでも言わんばかりに、呆然とヴォルターが呟いた。
……私の側なんて、暇でしかないでしょうに。
「勿体ない。魔法術式の実験、研究に関する議論、諸々アマーリエ様に時間を割いていただけるというのに……! 私だったら、一分一秒も無駄にしない……」
ぶつぶつと呟くヴォルターに、私は思わず苦笑いを浮かべる。
「そんなに差し迫った相談があるのなら、領都に来ても良いわよ?」
「それは、いけません」
私の提案に、ジークベルトが首を横に振った。
基本私の言うことを否定はしないから、とても珍しいことだ。
「領都に住むことをアマーリエ様がお許しになれば、他の皆も同じように希望して収拾がつかな……いえ、何でもございません。ヴォルターは、こちらで仕事がありますから。長く不在にする訳にはいかないかと」
「そう、ね。ヴォルターも、仕事があるものね」
皆も人が多く集まる忙しない街より、人の少ない長閑な街の方が落ち着くのかしら? ……なんて疑問に思ったけれども、途中でジークベルトが言葉を止めたから、私もあえて問いかけるのは止めた。
代わりに、深く息を吐く。
「……皆の厚意に甘えてばかりで、申し訳ないわ。私も、そろそろこっちに帰って来なければいけないとは思っているの」
「アマーリエ様が申し訳なく思う必要は、全くありません。……アマーリエ様がお好きなときに、好きなだけこちらに滞在すれば良いのです」
「いいえ……本当はね、分かっているの。いつまでも過去を引きずって、あの街に逃げるように留まり続ける訳にはいかないってことを」
心配そうな表情を浮かべる二人に、私は笑ってみせた。




