執行官の憂鬱
「はぁぁ……」
思いっきり溜息を吐きつつ、私は窓の外の風景を眺めた。
徐々に景色は移り変わり、段々と鄙びたそれになっていく。
それは、良い。それは良い……のだけれども。
「……何で、よりにもよって赴任地がアルトドルファー伯爵家なのよー……」
重い溜息を吐きつつ、項垂れた。
申し遅れました、私の名前はディアナ・バルテン。
マルクベルス王国の栄えある執行官の一人。
執行官というのは、今回新設された役職の一つで、その職務は要するに各領地のお目付役。
偉大なる我らが王、エルヴィン・マルクベルス王は、とある事件をキッカケに各領地に王の目を派遣することを決定した。
派遣される者は王国軍大学で上位の成績を納めた卒業生かつ王国軍での実戦経験を有し、王の忠誠も一際高い……言ってみれば、エリート中のエリートと評される人物たち。
その一員に選ばれた時は、天にも昇る気持ちでしたよ……ええ。
だと言うのに、蓋を開けてみれば赴任地はアルトドルファー伯爵領。
命令書を拝見したときに思考が数十秒止まったのは、仕方ないことだと思う。
……アルトドルファー伯爵。
建国当時から存在する由緒正しい家にして、この国でも随一の領地を誇る辺境伯。
……だと言うのに、あまり良い噂は聞いたことがない。
何せ一年に一度の社交シーズンですら、アルトドルファーは王都に来ないのだ。
曰く、アルトドルファー伯爵は、人に見せられない容姿である。
曰く、アルトドルファー伯爵は、毎夜毎夜遊び歩いている。
曰く、アルトドルファー伯爵は領地を食い潰す最低最悪な領主である。
曰く、アルトドルファー伯爵が王都に挨拶に来ないのは、国家転覆を狙っているからである。
等々……社交界ではシーズンになると一度はアルトドルファー伯爵の最低話で盛り上がるのが、毎度のお約束になっているのだ。
アルトドルファー伯爵の噂を耳にすると、『ああ、今年も社交シーズンの到来か』なんて思うほどなのだから、最早季節の風物詩と言っても過言ではない。
王都に来ない方も来ない方で難はあるものの、だからと言って、私は根も葉もない噂を丸呑みにすることはない。
むしろ私の職務に照らし合わせれば、先入観なく公正な目で見ることが最も重要だろう。
とは言え、だ。
火のないところに煙は立たないと言うし、何より王に一度も挨拶をしていないという事実を思えば、相当厄介かつ面倒な家だと言うのは想像に難くない。
「はあぁ……」
つい、またもや重い溜息を吐く。
……ダメダメ、悪い方にばかり考えては。
パチン、と頬を叩く。
逆に考えれば、それだけ面倒な家の監視を任されている……これは、王や軍に私は期待されているということではなかろうか。
……何だか、そんな気がして来た。
「よし、やってやるぞ!」
私は気合を入れ直すと、もう一度窓の外を眺めた。