第3話:恋
夏が近づいてきた頃には、私と彼はとても仲良くなっていた。それはきっと、彼独特の穏やかな空気が私を安心させていたのと、彼の聞き上手さ話上手さにあったと思う。
彼の傍は私にとって、とても心地いいものだった。だけど私は病気のことは一切聞かなかったし、彼も自分の病気について一切言わなかった。
今にして思えば、不思議でならない。お互い最初は“同類”と感じて親近感を覚えたはずだったのに、なぜ不自然な程彼は病気の話をしなかったのだろう。私もどうして聞かなかったのだろう。
きっと私は彼に甘えていたのだ。
このことで私は、後々になって物凄く後悔することになるのに…。
この頃にはもう、お互いあだ名で呼び合う仲になっていた。
「ねぇ、玲ちゃん。私、好きなもの分かったよ。」
私が言った一言で、彼は凄く嬉しそうな顔をした。
「私…動物が好きみたい。なんかね、スズと一緒にいたらとても落ち着くの。寂しさがなくなる。」
“スズ”とは、私が飼っている犬の名前だ。
「じゃぁ僕がいなくても、スズがいれば満足かな?」
彼は少し意地悪っぽく笑った。
「んー…それは無理。」
私も意地悪っぽい笑いを返した。玲ちゃんは目を細めて、穏やかな笑顔で私の頭に手を置いた。
彼はよくこうやって私の頭を優しく触った。それは彼の癖で、私をとても安心させる私の大好きな癖だった。
玲ちゃんの傍は心地いい。出来ることならずっと傍にいたい。この気持ちはなんて言うんだろう?生まれて初めての感情だった。
「それは恋ね。」
親友の澄江が言った一言。
その日は澄江の家でお茶を飲む約束をしていて、ちょうど玲ちゃんの話をした後だった。
「え…?」
思わず聞き返す。
「だから、恋よ。奈央も恋をしたのね…」
お姉さんっぽい口調で澄江はからかった。
「や、違うよ!だって玲ちゃんとは年が離れてるし、それに、それにこれはきっと…」
きっと…なんだろう?自分が発した言葉に疑問をもった。
同類への親愛…なんだろうか?いや、でもちょっと違う…かもしれない。
「恋に年はそれほど関係ないわよ?その玲ちゃんに会うと嬉しくなる?」
「うん、嬉しい」
「玲ちゃんの隣にずっといたい、と思う?」
「思う…」
「玲ちゃんと離れると寂しくなる?」
「…なる…。」
私の問いに澄江はにっこりと笑った。
「それが恋っていうのよ。」
これが…恋?私が、玲ちゃんを好き…?
私は初めての感情に戸惑ったけれど、その言葉がこの気持ちにしっくりときたのも事実だった。
じゃぁ、玲ちゃんは?玲ちゃんは私のことどう思ってるんだろう?
なんだか急に不安になった。
感情の高鳴りと不安が交互に私を襲う。胸がギュウっと苦しくなった。
『好き』そう確信した瞬間から、世界は違って見えた。
初めて玲ちゃんと言葉を交わした日、何かが芽吹いた気がしたけれど、それはきっと恋の芽吹きだったのだろう。そう、きっと初めから私は玲ちゃんに恋をしていたのだ。
「ねぇ、澄江…どうしたらいいの?」
私にとって初めての恋で、私はどうしたらいいのか分からなかった。
「ゆっくり、じっくりでいいのよ。その気持ちを大切にすればいいわ。」
澄江はにっこり笑った。
その笑顔に私は勇気づけられて、なんだかとても安心した。
その時の私は、なんだか嬉しくて、こそばゆくて、恋にはきっと幸せなことばかりあるのだと思っていた。そして、少し自分の未来が明るいものの様な気がしていたのだ。
それになにより、孤独が少しだけ和らいだ気もした。
次に玲ちゃんに会ったらどんな顔をしよう?どんな話をしよう?
なんだか胸がドキドキして、今夜は眠れないだろうとぼんやりした頭で思った。