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「オラッ!!ここで大人しくしてやがれ!!」
「ううっ……!」
ローラが倉庫へ到着する少し前、ガルフファミリーアジトの倉庫。ガルフの手下により捕えられたおばあは、手錠で拘束された状態で小さな檻の中へ投げ飛ばされた。この手錠は女性の犯罪者を拘束するために作られたもので、装着者の魔力操作を妨害する効果がある。効果が効果であるため、衛兵達でも責任のある者の許可がなければ持ち出せないように厳重に管理されているはずなのだが、ガルフファミリーはどこからかこの強力な代物を入手していた。
「知ってるぜェ、ババア。ドブル覚醒剤を作れるんだろォ?これからは俺らのためにドンドン作ってもらうぜェ!?」
屈強な男達が立っている中、1人だけ革張りの大きな椅子に座っていた男が大声をあげる。ガルフファミリーのトップ、ガルフ・パヴァリーニ。元々は町のチンピラだったが、狡猾で容赦の無い、残忍な手段で町のギャング達をドンドンと喰い潰しては勢力を拡大し、若くしてファミリーとまで呼ばれるほどに組織を拡大させた。後ろで縛っただけの伸ばし放題の金髪、薄く青味がかったサングラス、だらしなく胸元の開いた開襟シャツ…。軽薄そうな人物だが、悪事に関しては驚くほど頭が回った。そして特筆すべきは、その野心。最近ではある強力な組織と取引を行い、違法な品物の売買をシノギに、更なる勢力の拡大を図っていた。そこに舞い込んだドブル覚醒剤を作れるスラムの住民の噂。ガルフは天が彼を祝福しているとしか思えなかった。
「ワシはしがないスラムの薬師じゃ……。そんなもんワシには作れんし、もし作れたとしても誰がお前らのような悪党に作」
「アテナ、だっけかァ?あのガキ?」
「!!」
「ババアよぉ、ウチの情報網舐めてるのか?お前が半年前にドブル覚醒剤を裏のモンから調達したことも、それから自分で調達して自分で作ってることも全部割れてるぜぇ?それが、あのアテナとかいうガキのためだってこともなァ〜」
「っ……」
「大したババアだよなァ。ドブル覚醒剤は作れるわ、あんな上玉の、あんな魔法を使えるガキを育てるわ!俺ァ感謝で涙が出ちまいそうだよ…。お礼と言っちゃァなんだが、もうすぐあのガキもここに連れてくるように手配してある。今日は神創日。警備が薄くてだ〜れも助けちゃくれねェからよ、もう直ぐ会えるぜェ…………?嬉しいだろ〜?」
「なんじゃと!?あの子は関係ないじゃろう!あの子に手出ししたらワシは本当に何も作らんぞ!」
「クカカカカっ………なんっっっもわかってねえのな、ババア」
薄ら寒さすら覚えるような笑みを浮かべたガルフ。コツ・コツ・コツ……とワザとらしくゆっくりとした歩調で檻へと近くと、おばあと目線を合わせるようにしゃがみこんだ。そして檻の中へと腕を伸ばしたかと思うと彼女の髪を荒々しく掴み、ガン!!と檻へぶつけるようにおばあの頭を引き寄せた。
「ぐうっ!!」
「いいか?オマエらはなァ、お互いに人質なんだよォ!お前が薬を作らなければ、作りたくなるまでアテナとかいうガキをお前の目の前で犯す!ガキが組織の為に働かなければ、働きたくなるまでお前をあのガキの目の前で拷問する!持ちつ持たれつってヤツだよォ………美しい家族愛だよなァ!?なァ!?俺ァ涙が出ちまいそうだァ!いや、もう出ちまった!!笑いすぎて!!!クゥ〜〜〜ハッハッハァ!!!」
「こんの、外道がぁ……」
「何とでも言え!テメエらは絞りカスになるまで俺が使ってやるからよォ!アレ?元々スラム住みのカスだったか!?じゃあ、チリも残らねえほど、使い潰してやらなきゃなァ!!クハハハハハ!!!涙が止まらねェ!!ウケる!!!!ウケる!!!!」
(なんていうことを…ワシは…してしまったのじゃあっ……!)
狂ったように泣き笑うガルフを横目に、おばあは、言葉では言い表すことが出来ないほど、深く、深く、後悔した。あの子を守るためとは言え、自分がドブル覚醒剤を作ったために、こんな悪を呼び寄せてしまったのだ、と。自分だけならばどうなっても良い。こんな者たちのために働くなら自ら舌を噛み切って死ぬ。だが、自分は、あの子までをも巻き込んでしまった。自分がドブル覚醒剤さえ作らなければ、こんなことにはならなかったのだ。
おばあの頰を静かに涙が濡らした。何十年ぶりのことだった。もう枯れ果てたと思っていた。元々名のある薬師だった彼女は、たった一回の調薬ミスで貴族の患者を殺したとして、栄光への階段から突き落とされた。しかしその調薬ミスは彼女の活躍を妬んだ兄弟子の仕業だということを彼女は後に突き止めたが、その時にはもう全てが遅かった。彼女のことを信じる者は誰もいなかった。犯罪者の烙印を押され、全てを奪われ、2度と陽の当たる世界を歩けないようになった。絶望に打ちひしがれ、涙を流す気力すら無くなり、スラムで暮らすまで堕ちた。生きる希望を失っていた時に出会ったのがアテナであった。アテナの成長だけが彼女に残されていた生きる意味だったのだ。おばあがアテナを救ったように、アテナも知らず知らずのうちにおばあを救っていた。しかし、その残された一筋の光さえも、自分のせいで、今奪われようとしている。自分が全てを失った時よりも悲痛な涙を、声もなく、おばあは流した。
(……あの子には何一つ満足に与えてあげることが出来なかった……。十分な食事も、綺麗な衣服も、暖かい寝床さえも……。それでもあの子は天使のような笑顔でワシを慕ってくれた……。せめてもと、魔法を教えてあげた……。1つ、また1つと覚える度に笑顔で、おばあ、出来たよと、そう笑う彼女を、死ぬまで守ると自分で誓ったではないか…!!なのに…。ワシは、ワシはぁ……っ!!!)
ガルフもおばあも涙を流していた。一方は愉悦で、一方は懊悩で。加害者と、被害者の、対極的な涙だった。
……その時だった。おばあは自分の体を魔力が通り過ぎていくのを感じた。魔法を使えないガルフファミリーの男達は気が付いていない。この場にいる唯一の女性である彼女だけが、工場全体に一瞬にして広がった魔力を感じ取れた。
(なんじゃ今の魔力は!アテナではない!アテナはおろかワシですら到底出来ん精密な魔力操作!!こやつの部下か…?………しかし不思議じゃ、何か、暖かい魔力だったような……)
何も気付かないガルフは、アテナを連れて来る部下の到着が予定時刻よりも遅いことに苛立っている。忙しなく足を揺すり動かし、開襟シャツの胸ポケットから煙草を取り出す。その内一本を口にし、部下を怒鳴りつけた。
「しっかしガキが遅えなァ!!アイツらどうなってんだァ!?……オイ、ボサッとすんな!!火ィ点けろ!!」
「ハーイ、どうぞぉん」
パチン。
ーーーーーボオッッッッッッ!!!!!
ガルフが咥えた煙草が燃えた。ガルフごと。
「っっっぎゃぁぁぁああああっっっあぢいいいいいい!!??」
「失礼ねぇ。お礼の1つも言えないのぉ?」
おばあは、3つの驚きを一度に味わった。
ー突如現れた男が魔法を使った。
ーーその後ろに無事な姿のアテナがいる。
「あなたもアタシを点火させてくれたみたいだけどねぇ?お礼はこれからしてあげるわぁん……!」
ーーー見たことのない量の魔力が、業火のように迸っている。