化物
ク"ル"ル"ゥ"ゥ"ォ"ォ"オ"オ"オ"!!!
もはや人間ではなくなってしまったガルフが、恐るべき速度でローラへと肉薄する。その姿はまるで筋肉という鎧を纏った獣そのものであり、鋭く尖った牙で彼の喉笛を食い千切ろうとしていた。
「何故大人しく降参できなかったのよ……」
と、ローラは哀れみの言葉を漏らしながら静かに左の掌を迫り来るガルフへと向けた。避けようとも、迎え撃とうともしない彼の姿を見ていたアテナが叫ぶ。
「ローラ!?!?避けてぇーーーー!!!!」
ーーードォォォンンッッッ!!!
倉庫が揺すぶられるほどの衝撃。咄嗟に顔を隠すように身構えたアテナが目を開くと、そこには驚くべき光景が広がっていた。
「……ギィッ!!グルゥ!!!ガァァアアア………!?」
「………かわいそうなヒト。」
ガルフの一撃を、ローラは微動だにせずに受けて止めていたのだ。しかも、片手のみで。
「あやつ、なんちゅう力なんじゃあっ…!」
「どっちが化物よ……!!」
アテナとおばあは眼球が飛び出そうな程に目を見開きその光景を見つめている。
受け止められてもなお、ガルフは両手両足を地面に突き立て、全身に力を漲らせてローラを攻撃しようとしていた。しかし、ガルフの頭を万力のように掴んで離さないローラの腕がそれを許さない。恐ろしいことに、ローラは最初の位置から一歩たりとも動いていなかった。
「ぉ、お頭がぁ…バケモンに…!」
「ヒィィィ!!!」
「何がどうなってやがるっ……」
ガルフの変貌の一部始終を見ていたファミリーの面々。目の前で繰り広げらたあまりの出来事に思考がおぼつかない。ただただ恐怖のみに支配されていた。しかし逃げ出そうにも足が全く動かないためそれが叶わない。
「ガァァアアッ!!!グルゥオオッッッ!!!」
「馬鹿ね……。こんな形で人としての生を終わらせるなんて……」
衝突から無言を貫き、憐憫の目をガルフに向けていたローラが呟く。しかし数瞬後、何かを決心したように、形の良い眉を寄せた。ローラはガルフを捉えている左腕を、ゆっくり上へ上へと上げ始めた。
「嘘………!!」
「信じられん………っ!!」
「お頭ぁぁああ!!!」
「ニイちゃん、それ以上はやめてくれぇ!!」
なんと、ガルフの体は完全に宙吊りの状態になっていた。握る力をさらに強めているのか、メキメキ…!とガルフの頭蓋骨が軋む音がその場にいた者達の耳まで届いた。ガルフは自分の顔を掴んでいる手を剥がそうと必死に抵抗するが、握り締める手は強まる一方で少しも緩んではくれない。
「グルゥゥウウ………!!!」
「これも因果応報よ……。今までアナタが貪ってきた人達に、あの世で謝ることね……」
ローラは空いていた右の掌をそっとガルフの胸に当てた。ちょうど、心臓の真上に当たる部分であった。
「ーーーフッ…!!!」
「グルゥアッ!! ガァ……! …アァ………」
当てられていた右手がガルフの体の内側へと押し込まれたように見えた。その瞬間、何かがガルフの体を駆け巡ったかのように大きく痙攣し、それが収まると、彼が動くことはもう二度となかった。
少しだけ、悲しそうな目をしたローラ。動かなくなったガルフをそっと地面へ横たえる。静かにその手をガルフの顔に乗せ、鬼のような形相で事切れていた彼の開いていた瞼を優しく閉ざした。
「これだから、男はキライよ……」
倉庫の僅かな隙間から西日が差す。赤黄色の斜陽に照らされたローラの背中は、まるで万人の死を悼む聖職者のようであった。
これで、ガルフファミリーは潰えた。組長は死に、組員も全員が行動不能となった。つまり、ローラは路地裏で宣言した通り、たった一人でガルフファミリーを潰したのである。しかも、全くの無傷で。
(男か女かなんてレベルじゃない。人間かそうじゃないかってとことから明らかにしなきゃ…)
などと、アテナは失礼なことを考えていた。
ガルフの部下の面々も、どうにもならない現状に気が付いたのか、ポロポロと泣きながら呟きを溢し始めた。
「………お頭が、死んじまった……!」
「これから俺ら、どうすんだぁ……」
途方に暮れるガルフファミリーの組員達をすっくと立ち上がったローラが叱り飛ばす。
「裏の人間の最後なんて、大なり小なりこんなモノよ!穏やかな最期なんか有り得はしないわ……。それが嫌なら、足を洗って、罪を償うことねぇん!!!もうすぐアナタ達を縛る縄も到着するわぁん。そしたら……」
「師匠〜〜〜!!!し〜〜しょ〜〜〜!!!どこですか〜!!!」
「ホラ、噂をすればなんとやらぁん……」
ローラを呼ぶ声が聞こえるや否や、大きな背負子を背負った少年が、積み重なった木箱の陰から姿を現した。
現れたのは、線の細い、儚げな美少年だった。清潔感のある真っ白な肌に、ルビーのように輝く美しい緋色の目。眉にかかるくらいの潤いのある金髪は、女の子のようである。服も一目で見て分かるほどに仕立てがよく、明らかに貴族の子供だと思われた。そんな少年がヨイショヨイショと荷物を運ぶ姿はまるで小動物のようだった。
(そういえば、ローラがココに来る前に、弟子にロープ持ってきてって言ってたっけ……あんな華奢な男の子がローラの弟子?)
「ふう、ふう、やっと付きました…。いい修行になりました…。」
少年は、息は多少切らしながらも、しっかりとした足取りでローラの元へ辿り着いた。やはり中はロープのなのか、ローラの目の前に肩から背負子を降ろした。
ズズン…!!
「えっ」
少年が荷を下ろした時、少しだけ地面が揺れた気がした。
「お疲れさまよぉ、リンツ。ロープ持ってきた?」
「ハイ!師匠!!ガルフファミリーを攻めるとおっしゃっられたので、捕縛用の鎖にしておきました!!」
リンツと呼ばれた少年が背負子に括り付けてあった箱の蓋をあけると、中にはビッシリと鉄で出来た拘束具が入っていた。およそ50人分なのだから、その重さは相当なものである。ロープは麻製と予想していたアテナは目を剥いた。
「えぇ〜〜〜!?一体それ何キロあんよ!!??」
「また私の指示を勝手に修行と解釈したのぉ?アンタってホントに真面目よねぇん。マ、いいわ。アテナちゃん、彼が私の一番弟子よ。ホラ、自己紹介なさい」
ローラは困った顔で肩をすくめた。どうやらいつものことらしい。自己紹介を促された少年は笑顔でアテナの方へ近づいて来る。その柔らかな笑みは男の子とは思えないほどの可愛さがあったが、どこか気品も感じられた。
「初めまして、アテナさん!僕の名前は、リンツ。リンツ・クラロキアン!!どうぞよ」
「コォラァアアア、リンツ!!!!苗字は外では隠せって約束したでしょおん!!!!!」
「あ……。ごめんなさい師匠ぉ〜〜!!」
「…クラ、ロキアン……。」
アテナは、今日一日で既に人生一回分は驚いたと思っていたが、一見か弱そうなリンツという少年が更なる爆弾を投下した。
ローラの弟子という少年が名乗った名、クラロキアン。それは紛れもなく、アテナ達が今いるクラロキアン帝国の、王族のみが冠する事を許されている名であった。
今回もお読み頂きありがとうございます!!
ガルフファミリーとの決着が付き、
新キャラ、兄弟子のリンツが登場です!!
次はいよいよアテナが弟子入りか、それとも…!?
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