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盛大な死

 異世界農夫を目指して、俺はひたすら森を突き進む。 


 森の中は木々が密集していて、とにかく視界が最悪だった。

 だが、数十分ほど歩いたところで、木がまばらになっている場所が見えてきた。

 もう森を抜けたかと期待して駆け出したが——違った。

 どうやら、森の中にぽっかりと空いた広場のような場所らしい。

 いわゆるギャップってやつだ。


  それでも、木々に囲まれた薄暗い道を進み続けていた身としては、この開けた場所に出られただけでも、多少の安堵を覚える。

 見通しがいいというのは、それだけで安心できる。

 この森で何より怖いのは、いつどこからモンスターが飛び出してくるか分からない不安だ。

 少なくともここなら、不意打ちのリスクは減る。


(よし、少し休憩しよう)


 ずっとひとりで警戒しながら歩き続けていたせいで、精神的にも肉体的にも疲れていた。

 まだ町を出て一時間も経っていないが、それでも足が重いのには訳がある。


 まず、靴が最悪だ。

 俺は文化祭の練習中に異世界へ召喚されたせいで、勇者の衣装のままこの世界に来てしまった。

 その衣装に付属していたロングブーツを履き続けているが、これがもう、ひたすら歩きにくい。

 衣装がロングブーツになったのは、脚本担当の「勇者ならブーツ一択でしょ!」という妙なこだわりのせいだった。

 もちろん俺はそんなブーツなんて持っていなかったので、親父のを借りたわけだが——


 案の定、サイズが合わない。

 デカすぎる上に靴擦れまで起こしていて、歩くたびに地味なダメージを受け続けている状態だ。


 さらに、森の道も問題だった。

 一応、林道らしき道はあるにはあるが、ぬかるんだ土に足を取られて体力をゴリゴリ削られる。

 たぶん、昨夜に雨でも降ったのだろう。

 しかもこの道、馬車が通ることを前提に整備されているせいで、土が重く、人が歩くには向いていない。

 この足場と靴の相性が最悪すぎて、まだ半日も歩いていないのに疲労感はマックスだ。


 そんなことを考えながら辺りを見渡すと、ちょうど良さそうな岩が視界に入った。

 ようやく座れる、と安堵して岩に向かって歩き出したその時—— 


「助けてください!!」


 森の奥から、少女の悲鳴が響いた。

 

(なんだ!?)


 慌てて声の方を振り向くと、木々の隙間から走ってくる人影が見えた。

 おそらく、さっきの声の主だ。

 土煙を上げながら、必死の形相で駆けてくる様子からして、どう見てもただ事じゃない。

 モンスターにでも襲われて逃げてきたのか?


  俺は今のところ運良く遭遇していないが、あの少女はそうはいかなかったのだろう。

 その少女は一直線にこちらに向かって走ってくる。

 ドタドタと迫ってくる足音に警戒していると、ついに木々の隙間から少女が飛び出してきた。


 ローブをまとい、頭に深くフードをかぶっていて顔はよく見えない。


 少女は俺の姿を確認するなり、まっすぐこちらに突進してきた。

 え、ちょ、待って。このまま俺にぶつかる気!?

 

  慌てて身構えると、少女は俺の目の前、わずか数メートル手前で——


 派手に転倒した。


 ぬかるんだ地面に足を取られ、そのまま勢いよく顔面から地面にダイブ。

 スライディング土下座みたいなフォームで、盛大に土を巻き上げて転んだ。


「だ、大丈夫か……?」


 俺は戸惑いながらも、倒れた少女に駆け寄る。


 反応がない。

 まさか頭を強く打って気絶してるとか……?

 これヤバいんじゃないか……?


 テンパる俺をよそに——


「痛かったのです。それに……こんな転び方……恥ずかしいのです……」


 少女はひょいと上体を起こした。


 あっさり立った。

 しかも割と元気そうだ。


(あんだけ勢いよく顔からいってたけど、大丈夫なのか?)


 普通なら、顔の骨が折れたり、歯が何本か犠牲になってもおかしくない勢いだったが。

 少女の顔には、ケガ一つ見当たらない。

 それに、血も出ている様子がない。

 何者なんだ、この子は。

 そんな疑問を抱いていると、少女を追っていた何かも追い付いていた。


「やっと、追いつきましたよ」


 それは、あまりにもおぞましいバケモノだった。

 まず、人ではないし亜人種でもない。

 異様な存在というに相応しい者だった。


 全身が朱色に染めあがっており、まるで殺戮の血しぶきでも浴びたかのように赤かった。

 そして、邪悪な顔。

 鋭い牙が生え、瞳は黄色。

 頭部には幾重にもねじり曲がった角が生えていた。

 そして、黒い翼。

 バケモノの背中から生えた蝙蝠のような黒の翼が、悠然と羽ばたいていた。


 モルドで村長から、森林に出没するモンスターの話はある程度聞いていたが、こんな特徴のモンスターの話は聞いていない。

 モンスターであるとも思えなかった。

 元いた世界でこいつ呼ぶとしたら——きっと悪魔だ。

 ゲームに出てくる人間を誘惑する邪悪な存在。

 そんな2次元でしか見たことのなかった存在が今、目の前にいる。


「お、おい、なんなんだよ、こいつは……」


 俺は生まれて初めて恐怖というものを体感していた。

 脂汗が止まらなかった。

 体が緊張で強張っているのか、力も入らない。

 声も上手くさせず、ただ思考を巡らせることしかできない。

 それでも、俺が考えれることは自分には、死が待っているということだけだ。


 この悪魔に殺される。


 そのどうやっても逃れられないだろう未来だけが脳裏に想起させられた。

 あとは順番だけだ。

 俺か少女かどちらが先かの話だ。

 きっと、それ以上は何事でもないんだ。


 俺は、異世界に来て、いや生まれて初めての絶望を感じていた。

 転生した村では、勇者と奉られておきながらも俺は何の力も持っていなかった。

 唯一の力であるツッコミ力だって、きっと何の役にも立ちはしない。

 この悪魔を倒すことはできやしないんだ。


 俺に魔王討伐なんて無理だったんだ。


 そんな中、これまで必死に逃げてきたローブ姿の少女が、縋る様に俺の袖を掴んで言った。


「勇者様ぁ!!助けてください!!この悪魔退治してください!」


 それは必死の叫びのようにも聞こえた。

 一人で、こんなおぞましいバケモノから逃げ回り、偶然にも勇者然とした者に会えたのだ。

 俺が、逆の立場だったらきっと同じようにすがりつくだろう。

 

 しかし、俺は大層な勇者ではない。

 

 確かに、恰好だけは勇者に見えるかもしれない。

 小道具の連中のこだわりは徹底されたもので、俺の腰には剣まできちんとついている。

 ただ、本物の剣ではなく、段ボールで作られたものでハリボテにすぎない。


 俺はただのツッコミ勇者だ。


 このバケモノを退治だって?

 冗談じゃない。

 こんなバケモノに勝てるわけないだろ。


 バケモノは、素人の俺にも分かるほど邪悪なオーラが放っている。 

 きっと、人間が勝てる敵ではないんだ。

 まして、俺のステータスは普通の人間より低いものなんだぞ。

 ここで、ギルドのお姉さんに笑われた苦い思いが蘇る。


(この少女には悪いが、俺は勇者なんかじゃないんだ)


 その様子を見ていた悪魔はレイジをあざ笑いながら言った。


「さっきから貴様は何だァ??なぜここにいる?ワレの邪魔をするというなら、一瞬で消し飛してくれるぞ?」


 悪魔は荒い息だった。

 これから自身が行うとしている残虐な行為を想像して興奮しているのだろうか。


 終わった。

 短く儚い異世界生活だった。

 俺は、最弱で美少女ハーレムにも獣耳少女にも栄光にも、何もありつけずここで死ぬのだ。


 頭の中では、元いた世界の家族や友達の顔が浮かんでいた。

 母さん、父さん、姉貴、妹のユカ、親友のアツトやレン、ケンタ、ミサキ、前田、沢口、谷口、岡本先生、近所の原さん……。

 これが走馬灯というやつなのだろうか。


 でも、それでも。


(最期くらいはカッコよく死にたいな……)


 自分の後ろには自分より小さな少女がいる。

 俺が殺されたら、きっと彼女もすぐに殺されるだろう。

 俺のことを勇者だと勘違いして、希望を見つ出そうとしていたところで、そんな絶望を味合わせたくはない。

 なんとか彼女だけでも逃がしたい。

 そのために、少しでも俺が時間を稼ぐんだ!


「逃げろ!!!」


 後ろに控える彼女に俺は叫んで、悪魔めがけて飛び出した。


「クソッタレ!!」


 俺は悪魔に向かって、渾身の右ストレートを叩きこもうと右手大きく振りかぶった。

 駆け出した勢いを損なうまいと右脚に力を入れて地面を蹴った。

 悪魔までの距離を縮めていく。

 

(これでも喰らえ!!)


 悪魔へ一気に迫ろうとしていたところで。

 

 ツルン。

 

 俺は泥濘んだ地面に足を滑らせ、大きく転倒した。

 そして、勢いよく左上半身から地面に着地する。

 

(んんんっ!!)


 とっさに左手で受け身を取るが、痛みで声がでない。

 力任せに突っ込んだことがあだとなった。


「いってえええ。クソッ、最期までカッコ悪いな、俺は……」


「何がしたかったんだ?キサマ」


 悪魔は、あきれたように言った。

 最後に一泡吹かせようと思っていただけに非常に悔しい。


「まあいい。ワレの邪魔をしようとするキサマから消し飛ばしてくれるっ!」


 悪魔は俺に標的を絞った。

 そして、ものすごい勢いでこちらに向かって、飛び掛かってきた。

 数秒後には、きっと俺は消し飛んでしまうだろう。

 

 少女はちゃんと逃げてくれただろうか。

 それだけを心残りに、俺は覚悟を決めて目をつぶった。


 ツルン。ゴツン。

 

 「ぐわぁぁぁぁぁ」 


 目をつぶった後に、3つの音が聞こえてきた。

 まず何かの滑るような音。

 次に、何かと何かがぶつかった激突音。

 最後は、悪魔の叫び声だった。


「なんだ?」


 一体何が起きたのだろう。

 目をつぶっているので、状況が何も分からない。

 ただ数十秒経っても、俺は無事だった。

 さらに時間が経っても、悪魔に襲われることは無かった。

 それ以上に、もう悪魔の気配すら感じられなかった。

 

 何が起こっている?

 俺は、状況を確かめるために目を開いた。


 そこには、さっきまで俺が座っていた岩の下に倒れている悪魔の姿が映った。

 そして、その岩には、血がべっとりと付着している。

 悪魔は、ピクリとも動かない。

 この状況や、先ほど聞こえた音から推測すると、どうやら悪魔は、足を滑らせ、岩に頭をぶつけたようだった。


「お前も転んだんかい!!!」


 俺は心の底から突っ込んだ。

 

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