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モヒカンの勇者

「こんなステータスと職業、納得いかない!」


 俺のステータスは、どれも初期値であった。

 MPに至っては、『0』で魔法も使えないようだ。

 そして、ひときわ異彩を放つ数値が1つだけあった。


【ツッコミ力:999】


 その上、職業は『勇者』ではなく——


【職業:ツッコミ勇者】


 ツッコミ勇者って何だよ!とツッコみたいところだが、それを言ったらツッコミ勇者であると、肯定しているようで、うかつにツッコめない。

 

 いや、そもそもツッコミってなんだ。

 頭がこんがらがってきそうだ。


 だが、一つだけ確かなことがある。

 これは、よくある「最強チートスキルで無双!」な異世界系じゃない。

 そんな夢のような世界じゃないんだ。

 ……うん、帰りたい。 


 そんな現実逃避に浸っていると、ギルドの受付嬢のお姉さんが1つだけ希望の光をもたらしてくれた。


「町の東にある神殿へ行けば、ジョブチェンジができるんですよ」


 その瞬間、俺の中の希望ゲージがほんの少しだけ回復した。

 ジョブチェンジ! 

 その響きだけで、暗闇だった世界に光が戻る。

 この忌まわしき『ツッコミ勇者』という肩書きとも、おさらばできるかもしれない!


(よし……こうなったら、神殿で職業を変えてもらうしかない!)


 できれば戦士や魔法使いに転職したい。

 最低でも、ツッコミの部分だけでも削除してほしい。

 このままじゃ一生、職業:ツッコミ勇者として生きていくことになる。

 

 希望と不安を胸に、俺は神殿へと向かうことにした。


 ◆◇◆


 ギルドを出て、町の東側へと足を進める。

 目的地は、切り立った丘の上に建つ神殿。空に突き刺さるようにそびえるその建物は、町のどこからでも視界に入る存在感を放っていた。

 

 道すがら、さっきのギルドのお姉さんから聞いた話を思い出す。

 どうやら、ハウラスは無宗教国家のようだ。

 信仰よりも、強さこそ絶対であり、力ある英雄が人々の心の拠り所となっているようだ。


 だが、神殿の存在が無意味なわけではない。むしろ、その役割はなかなか重要だ。

 一つがジョブチェンジだ。

 神官が神の声を聞き、冒険者に合った職業へと導くのだ。

 要するにドラ〇エだ。 

 

  もう一つの役割は、治療と浄化。邪気を払うだの神の恩恵だのと聞こえはありがたいが、要するにケガしたら病院代を払って治療してもらえるってことだ。


  そんなこんなで歩き続けると、通りは宿屋街へと変わっていく。

 見渡す限り、似たような木造の建物がずらりと各建物の入口には宿名が手書きの看板で掲げられている。

 よく見ると、多くの宿屋の1階は酒場になっていて、朝っぱらから酒を煽る冒険者の姿もチラホラ。

 今日は、ここらで1泊することになる。

 今の内に、どんな宿があるのか見ることは、悪いことでもないだろう。

 飲んだくれが多いとこは避けないとな。


 ちなみに、金銭面は心配いらない。

 モルドの村長が、「これでしばらくは困らないだろう」と言って、皮袋に詰めた金貨を渡してくれた。実際、街の物価と見比べても、当面の生活には十分すぎる額だ。

 こんなに貰って村の資金繰りは大丈夫なのか心配になるレベルである。

 

 問題なのは、今後の冒険者活動だ。

 俺のステータスは、明らかに最弱だった。

 ひょっとすると、最初の草むらに出てくるスライムより弱いかもしれない……。


(とりあえず……職業だけでも変えられたら、仲間を探そう)


 最弱な俺と組んでくれるかは分からないが……。


 そう思いながら歩いていると、道の先、視界の向こうに巨大な石造りの階段が見えてきた。


「……デカっ!」


 遠目からでも大きく見えていた神殿は、近づくと想像を軽く上回る威容だった。

 目の前にそびえ立つ石造りの大階段は、もはや「登る」というより「挑む」といった趣き。段数はもはや数える気にもならず、上を見上げると視界の端が霞むほどに高い。


「これ、何段あるんだ……?ここを登るのか…」


 いや待て、そもそもなんでこんな構造になってるんだ。

 病院の代わりじゃないのか?

 急病者や、重症者だったら運んでるうちに死んぢゃわないか?

 

 文句を言っても階段は減らない。

 気合を入れ直し、俺は一歩目を踏み出した。

 ゆっくり、慎重に、しかし確実に階段を登っていく。傾斜は急で、一段の高さがやたらある。

 他に登っている人はおらず、俺は黙々と一段一段と上がっていく。

 

 途中、何度も心が折れそうになりながらも、ひたすら登り続けた。

 息が上がり、額から汗が滴り、最後にはほぼ這うようにして、なんとか神殿の正面にたどり着いた。


「はぁ……やっと……ついた……」


 そのときだった。

 ギィ……と厳かな音を立てて、重厚な神殿の扉がゆっくりと開いた。そこから一人の神官が姿を現す。


 彼は高貴な白銀の法衣に身を包み、胸元には金属製の神紋を提げていた。淡い微笑みを浮かべながら、静かにこちらに歩み寄ってくる。動きに無駄がなく、威厳すら感じるその立ち姿には、長年の修行の積み重ねがにじみ出ていた。


「ようこそ、おいでくださいました。本日はどのようなご用件ですかな?」


 神官の落ち着いた声音が、空気を柔らかく変える。

 その声を聞いただけで、俺の乱れた呼吸もいくぶん落ち着いてくる気がした。

 年の頃はおそらく六十代半ば。皺の刻まれた顔には品があり、灰色の瞳は穏やかで、慈愛に満ちていた。 

(もしかして、この中で偉い人だったりするのか?)


「あの、ジョブチェンジ……したくて……ぜぇ、ぜぇ……」

「ふむ、さようですか。ですが、ずいぶんとお疲れのようですね。まさか……エレベーターを使われなかったのですか?」


「……え?」


 俺の脳内にクエスチョンマークが浮かんだ。その言葉の意味を理解できず、口をぽかんと開けたまま、神官が指差す方向へと視線を移す。


 そこには、神殿の左脇に、明らかに場違いな金属製の扉が設置されていた。

 周囲の石造りの荘厳な雰囲気からは完全に浮いた、無骨な四角い構造物。ドアの上には見慣れた数字表示までついている。

 間違いない。エレベーターだった。


 そしてちょうどその瞬間——

「チーン!」という小気味良い電子音が響き、扉が開いた。


 中から現れたのは、数人の冒険者の一団。先頭に立つ男は、大剣を背負い、肩には血まみれの仲間を担いでいる。


「仲間が1人、ゴブリンにやられちまった! すぐに治療を頼む!」


 その後ろからも、焦燥に駆られた表情の仲間たちが続く。全員、泥だらけで、息を切らしながらも仲間の安否を気遣っていた。


 騒ぎを聞きつけ、神殿の奥から数人の神官が駆けつける。


「これはひどい……。すぐに中へ!」


 神官たちは連携良く、負傷した冒険者を運び、治療の準備へと移っていく。


 そして、その光景をただ呆然と眺める俺の中に、ある感情がこみ上げてくる。


「エレベーター、あったんかいぃぃぃぃ!!!」


 腹の底から盛大にツッコんだ。もうこれは反射だ。魂の叫びだ。


 エレベーターがあるなら、苦労して、大階段を上る必要はなかったじゃないか。

 というか、なんでそんな技術が存在するんだ。

 どういう文明設定だよ。

 色々とツッコミが止まらない。


「まあまあ、細かいことはお気になさらず」

「えっ!今、心の中読みました!?」

「いやはや、そんな力はございませんよ」


 驚いている俺に対し、目の前の神官は平然としている。

 気のせいだったのか。

 まあいいか。

 それより、ジョブチェンジだ。


「ではでは、あなたのことを見させてもらいますよ」


 神官はゆっくりと目を閉じた。


「ふむふむ……なるほどなるほど……おお、これはこれは」


 何かが視えてるのか、視えてないのか分からない中途半端なテンションで、ぶつぶつと呟いている。


「ほおぉ、今の職業は『ツッコミ勇者』ですかー。これまた、面白い職業に就いてますね」

「いや、俺だって好きでなったわけじゃないんですよ!そもそも、職業として成立してませんよね!?」

「うーん、間違っては無さそうですね」

「とりあえず、まともな職業に転職したいんです」


「分かりました。それでは、神のお導きにより……あなたの素質から導かれるチェンジ可能な職業は——」


 神官が指先を天にかざし、荘厳な口調で告げた。


 ——チェンジ可能職業——

 『漫才師』、『お笑い芸人』、『旅芸人』、『コント師』、『ネタ職人』



 ……。


 ………。


 …………。


「全部芸人じゃねぇかっっっ!!!」


 思わず天を仰ぎ、両手で頭を抱えた。

 どこをどう転んでも笑いの道を歩まされるじゃないか!

 「選べるよ」と言っておいて、方向性が完全に一択って、何の地獄だよこれ!


「あなたに合った職業がこれだという神のお導きですよ」


 神官はしれっと、むしろ誇らしげに言ってのけた。


「神様、俺のことを芸人としてしか見てないんですけど!?」

「そのようですな」


 あまりにもスッと返されたので、逆に何も言えなくなる。いや、ちょっとは否定してくれよ。


「……あの、他に無いんですか? もっとこう、タダの勇者とか、戦士とか、魔法使いとか、カッコいいの……」


「ありますよ?」

「えっ、あるんですか!?」


 あっさりとしたその返答に、思わず肩の力が抜ける。

 なんだよ、あるんじゃん! さっきので人生終わったかと思ったぞ!


「では、もう一度神託を確認しましょう。今回は“カッコいい感じ”を優先で」

「お願いします!」

「かしこまりました。それでは神があなたの適正に合うと判断された、カッコいい職業は——」


 ——チェンジ可能職業——

 『ショート』、『ミディアム』、『パンチパーマ』、『モヒカン(神官のオススメ)』、『ドレッド』


「全部髪型じゃねぇかぁぁぁぁぁ!!」


 ここ美容院なの?!

 さらっと、モヒカンを勧めるのやめろ!


「似合うと思ったんですけどね……」

「もしかして、散髪しようとしてます!?ジョブチェンジしたいんですけど!」

「……あっ、なるほど!ジョブチェンジでしたね。今度こそ分かりましたとも」


 ようやく話が伝わったかと胸を撫で下ろす俺。


「本当に頼みますよ……カッコいい職業、お願いしますね?剣士とか、魔法使いとか、そういうの!」

「それでは、あなたに合う職業をもう一度……神にお尋ねしましょう。あなたに合う職業は——」


 ——チェンジ可能——

 『赤モヒカン』、『青モヒカン』、『緑モヒカン』、『黄モヒカン』、『モヒカンモヒカン』


「色の問題じゃねぇよぉぉぉ!!」


 モヒカン祭りか!?カラーバリエーションつけてきやがった!!


「……いや、モヒカンモヒカンって何!?」

「ああ、それはですね、モヒカンの上にさらにモヒカンを重ねるという非常に斬新な髪型でして……。私は個人的に、大変オススメですぞ」

「オススメすなぁぁ!!あんた、散髪する気だろ!俺は職業変えたいんだよ!し・ご・と!!」


「あーー!!こちらの方でしたね。これまた失礼しました」


 ——チェンジ可能——

 『密売人』、『窃盗犯』、『強盗犯』、『下着泥棒』、『囚人』


「全部、犯罪者だろうがぁぁ!!」


「もう、ふざけてますよね?」

「これもすべて、神のお導きですぞ」

「どんな神様だよ!!」


 もうだめだ。

 この神官、完全にふざけてる。

 まともな転職なんて、最初からさせる気ないみたいだ。ホントに、こんなのが神官で良いのか。

 

 呆れ果てた俺は、ため息をついてエレベーターに向かう。

 このくだらない時間に、もう一秒でも付き合っていられなかった。


「もういいです……帰ります。おつかれさまでした」


 扉の前に立ち、ボタンに指を伸ばす——その時だった。


「お待ちなさい。鑑定料を、まだいただいておりませんが」


「は?」


 俺はゆっくりと振り返った。

 そこには、まだにこやかな笑顔を貼り付けたままの神官がいた。


「いやいやいや、何もしてもらってないですよね!? なんで払わなきゃいけないんですか!?」

「いえいえ、あなたに合う職業を、神からしっかりお伝えしましたが……?」

「あんたが、ふざけてただけだろ!アレが神のお告げとやらだったら、とんだ詐欺だよ!」

「詐欺とは、とんだ言いがかりですな。神の言葉を疑うとは……実に不敬な方だ。そのような態度では、天罰が下りますよ?」


「……はい、はい。天罰でも何でも好きにしてください。俺帰りますから」


 俺は再びエレベーターへ向かい背を向けた。


 その瞬間——


 ヴォォォン……


 機械音が響いたかと思うと、後ろからサッと神官が接近。


「!? ちょ、やめっ……!」


 手に持っていたのは、電動バリカン。


 ジョリジョリジョリッ!!


「ギャアアアアア!!!」

 

 俺は、避けることができず、神官に側頭部を刈りあげられた。

 足元には、フッサリと落ちた俺の髪の毛。

 

 すると、冒険者カードが光り輝く。


【髪型チェンジ完了。髪型『モヒカン』になりました】


「髪の毛、返せぇぇぇこらぁぁ!!!」


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