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ツッコミの勇者

 馬車に揺られること約一時間。

 徐々に視界の先に、目的地であるハウラスの町が姿を現した。


 冒険者の町として名高いだけあって、道中モンスターに襲われることもなく、安全に整備された石畳の道が続いていた。

 これは交易の盛んな証だろう。


 ハウラスは、俺の想像をはるかに超えるほど大きな町だった。

 町の外壁は、高く、分厚く、要塞のようにそびえ立ち、見上げるだけで首が痛くなる。

 外周もかなりの距離があり、近づくにつれ、その端が見えなくなるほど広大だった。


  門の前には屈強な門番たちが無言で立ち並んでいる。どの男も全身を鍛え上げ、鎧の上からでも筋肉の盛り上がりが分かるほど。いかにも「冒険者の町」って雰囲気だ。


 門番とのやり取りは、同行していた案内人が全て代行してくれた。スムーズに通過し、町の中へと足を踏み入れる。

 案内人は、冒険者ギルドの場所だけを教えると、あっさりと俺に別れを告げて去っていった。


 ギルドを目指して町を歩き出すと、すぐに活気のある光景が目に飛び込んでくる。

 広い通りには露天商がずらりと軒を連ね、果物や武具、香辛料から怪しげな魔導具まで、あらゆる商品が並べられていた。


 通りを歩く人々の顔つきにふと目をやると――なんだか、皆どこか日本人っぽい。

 いや、かなり日本人寄りだ。


 そういえば、前にいたモルドの町でも似たような雰囲気だったっけ。

 異世界人のはずの俺が目立たず溶け込めているのは、この世界の人々の顔立ちが妙に日本人っぽいからなのだろう。


 しばらく歩くと、町の中心部にたどり着いた。

 そこには、堂々たる冒険者ギルドの建物が鎮座していた。

 レンガ造りの威風堂々とした建物で、西部劇に出てくるような両開きの扉が印象的だ。

 中からは、冒険者たちの歓声や怒声が絶え間なく聞こえてくる。


 (よし、ついに俺の冒険者生活が始まるんだな……!)


 そう、始まるはずだったのだ……。 

 今にして思えば、ここが俺の異世界生活のピークだったのかもしれない。


 扉を押して中へ入ると、そこはまさに混沌。

 依頼掲示板の前には真剣な目つきの冒険者たちが群がり、報酬を受け取って歓喜に沸く者もいれば、酒を酌み交わし情報交換をしているグループもいる。


 俺はその喧噪の中をすり抜け、受付カウンターへと向かった。

 3つあるカウンターのうち、一番左が空いていたので、そこへ歩み寄って声をかける。


「すいません、冒険者になって、魔王を倒しに行きたいんですが?」 

「……えっ、魔王ですか!?」


 受付嬢のお姉さんは椅子から跳ねるように立ち上がり、声を上げた。

 その大声に、酒場の喧噪が一瞬だけ止まる。周囲の冒険者たちがちらりとこちらを見たが、すぐに興味を失ったのか、また談笑に戻った。


 なんだ?

 地雷でも踏んでしまったか……?


 受付状のお姉さんは、咳払いを一つしてから、落ち着いた声で話し始めた。


「失礼しました。ですが、魔王討伐クエストは、Sランクに認定されている最高難易度のクエストです。お兄さんが、かなり立派な装備をされているのは分かりますが、いきなり、Sランククエストは受注できません!」


「そうですよね。初めて来たんで、よく分からなくて……すみません」

「いえ、志の高さは素晴らしいと思いますよ」


 にっこりと微笑むお姉さん。笑顔がまぶしすぎて、俺は思わず見とれてしまいそうになる。

 この人、絶対いい人だ――と、このときは本気で思っていた。


 お姉さんは丁寧に、冒険者ランクについての説明を始めてくれた。

 Fから始まり、E、D、C、B、A、そしてSランクへと上がっていくシステム。


 初心者は、基本的にFランクからのスタートのようだ。

 ランクを上げるためには、地道にクエストをこなしていくか、昇格試験を受ける必要がある。

 その中で、モンスター討伐や町の仕事など、受けられるクエストの内容も変わっていく。


 Fランククエストは、ほとんどが雑用だった。

 町の清掃活動や、露天商の手伝い、門兵の代理など、ほぼ日雇いバイトに近い。

 そのため、副業として冒険者登録をして、Fランクの仕事をこなす者もいるそうだ。


 そして、Eランククエストから、町を出て、モンスターを討伐するようなクエストになってくる。

 モンスターのレベルは、成人男性が武装をしていれば、危なげなく倒せるレベルのものらしい。


 Dランク以上になると、モンスターもそれなりに強くなり、命を懸けるような仕事が増えてくる。

 その分、定職に就くより、高い報酬が得られる。


 よほどのことがない限り、冒険者の大半は、Dランクまで昇格していく。

 なので、駆け出し冒険者は、まずDランクを目指すのが目先の目標のようだ。 


 驚いたのはこの先だ。

 Dランクから、上位のランク帯であるC、Bランクへの昇格は、常人ではほぼ不可能らしい。

 冒険者の町であるハウラスでも、上位ランカーは、ほとんどいない。


 上位ランカーは、並外れた身体能力や、高度な魔法センス、特殊スキル持ちなど、秀でている能力が無ければ、到達することができない。

 まさに、天性の才というやつだ。

 Cランクを目指す冒険者のほとんどは、過酷なクエストに挑んでは、生きて帰ってこないことも多々あるという。


 さらに、その上であるAランクは、偉業者の証。

 国家級の危機を救った者や、魔王軍の幹部クラスを打ち倒した者に与えられる名誉ランクだ。

 Aランクになれる者は、特別な存在の中でも特別で、この町には、存在しない。

 最上ランクのSランクに至っては英雄級のもので、吟遊詩人に語り継がれるような偉業を達成した者たちに与えられる称号のようだ。

 なので、歴史上に3人しかいない。


 ここまで、ランクについて一連の説明を受けた。


 俺が当初、目標と考えていた魔王の討伐が、いかに過酷なものかということを思い知らされる結果になった。


 だが、身を引くにはまだ早い。


 わざわざ、俺は異世界から連れてこられているわけだから、英雄級のスキルーーいわゆるチートスキルーーを持っていてもおかしくない。


 とりあえず、冒険者登録だ。


「では、こちらが登録用紙になります。記入をお願いしますね」


 お姉さんから、1枚の用紙を受け取る。

 名前、年齢、種族……と順調に埋めていくが、ある欄で手が止まった。

 ――住所、か。


 書けない。

 ここは来たばかりの異世界で、定住地なんてあるわけない。


 俺が用紙を持ったまま固まっていると、その様子に気づいたお姉さんが、心配そうに声をかけてくる。


「あの、大丈夫ですか?」

「えっと、実はその……事情がありまして……」


 俺は、正直に住所がなくて記載できないことを説明した。

 この笑顔のお姉さんなら、なんだか許してくれそうな気がしたからだ。

 しかし、お姉さんは俺をしばし無言で見つめ、何かを見抜いたように目を細めた。


(ああ……、これアカンやつや……)


 ここまで来たのに、冒険者になれずに追い返されるのかと諦めかけていたが。


「あの……もしかして、その恰好は……勇者様ですか?」

「あ、はい……一応そんな感じです」

「やっぱり……! いきなり、魔王討伐なんて、おっしゃるから変だなと思ったんですよ!」


 突然、お姉さんが身を乗り出してきた。

 そして、信じられない言葉が飛び出す。


「勇者様でしたら、用紙の記入は不要です! 」


 それから、気づくのが遅れて申し訳ありませんと、お姉さんは深々と頭を下げた。


 え、いけるの……?

 正直、終わったかと思ったが、何とか首の皮1枚で繋がった。


 しかし、大丈夫なのか、これ……。

 格好だけの勇者詐欺とか流行らないか。

 あっさり信用されると、かえって心配になる。


「では、勇者様。こちらの冒険者カードをどうぞ」


 お姉さんから、シルバーの冒険者カードを受け取る。


「冒険者カードは、勇者様の身分を証明するものなので、決して失くさないでくださいね。それから、カードに触れると勇者様の情報が自動で登録されます」


 言われたとおりにカードに手をかざすと、魔力か何かの力で自動的に俺の顔と名前が表示された。

 一体、どういう原理なんだ。

 そして――ステータス欄が開かれる。


 一体どんな能力を持っているのか、想像するだけでワクワクするな。


『レイジ』

 レベル1 職業:勇者


 HP:18

 MP:0

 攻撃力:1

 防御力:1

 魔力:1

 素早さ:1

 ツッコミ力:999


「は?」  

 

 一瞬、見間違いかとカードをひっくり返したり角度を変えたりしたが、数値は変わらない。


「何だこれ……?『ツッコミ力:999』!?」

 

 もしやと、左手で持ち換えてみたが、やはりそのステータスは変わらない。


 お姉さんにも、確認のため見てもらう。


「この冒険者カード、間違ってませんか?」


 お姉さんは、俺の冒険者カードを見て、言葉を失った。

 すぐに、「カードの故障ですね」と言ってほしかった。だが、お姉さんから出たのは、期待を裏切る言葉だった。


「冒険者カードに表記ミスは、ありえません。残念ですが、これが勇者様のステータスになります……」

「本当に、これが俺のステータスなんですか?」


 俺の必死の問いかけにお姉さんは少し肩を揺らす。

 おかしなステータスが表れ、動揺している俺のことを心配してくれているのかもしれない。


 なんて、優しいお姉さんだ。


「はい、私もこんなステータスは、見たことないので、ビックリです。ツッコミ力が999……ブフッ」


 お姉さんは、最後まで言い終わる前に吹き出した。

 それから、腹を抱えて爆笑し出す。


「なんですか、このステータス(笑)ネタ以外のなんでもないじゃないですか。そんなツッコミが上手いなら、勇者より芸人やった方がいいんじゃないですか(笑)」


 アハッハハハとお姉さんの笑いは止まらなかった。

 そこには、さっきまでの優しいお姉さんの姿は無く、完全に別人だった。

 ただただ、俺のステータスを見て、嘲笑うドSの女性がそこにいた。


 俺は、お姉さんの豹変ぶりに驚きながら、同時に胸が苦しくなっているのを感じていた。

 自分の思っていたステータスと、現実とのギャップを受け止めきれていなかった。


 お姉さんは、そんな俺に構わず、揶揄してくる。


「これだけのツッコミ力は本当に珍しいですよ!旅芸人の方でも、ツッコミ力は10程度が普通です」

「なので、勇者様は、旅芸人100人分のツッコミ力ですね(笑)」

「全然嬉しくない!旅芸人が100人いて、何ができるんだよ!」

「きっと、楽しい宴会になりますね(笑)」

「いらないから!冒険者になりたくて、来たの!」

「残念ですが、このステータスでは、最弱のゴブリンですら倒せませんよ」


 散々、小馬鹿にしてきたと思ったら、さらっとお姉さんから忠告受ける。

 どうやら、俺はステータスまで、最弱らしい。


(くっそ、全然、納得いかない!異世界転生して、こんなステータス、ありえないだろ!)


 俺は、異世界から呼ばれた勇者のはずだろ!

 

 やがて、冒険者カードがピッと音を立てて変化した。


【職業が『勇者』から『ツッコミ勇者』に更新されました】


「やってられるかーーっ!!」


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