憧れの異世界にやってきました
異世界に召喚された。
剣と魔法が支配する世界。選ばれし勇者は、魔王を討伐するために呼ばれるという。
――そして、俺がその勇者だ。
……の、はずだった。
「ステータスを確認しますね! 勇者様のスキルは……っと、どのステータスも平凡で、『ツッコミ』だけ:Lv999のカンスト!? ……以上ですね」
「おい待て待て待て!」
こんなのはきっと何かの間違いだ。
◼️◼️◼️
それは、突然の出来事だった。
ついさっきまで、俺は文化祭の演劇練習中だった。
主人公役に初挑戦――しかもヒロイン役は、クラスのアイドル・小鳥ちゃん。
夢の舞台を目前に、俺の人生は異世界へぶっ飛んだ。
地面に突如現れた魔法陣。
まばゆい光に包まれ、目を開けると、そこは見知らぬ大地だった。
いや、テンプレすぎるだろ!
これ、完全にラノベかアニメの世界じゃねぇか!
信じられない話だが、事実だから仕方がない。
クラスメイトもさぞ心配してるだろう。……してなかったら泣いちゃう。
あ、自己紹介がまだだったな。
俺の名前は、西見 玲人。
17歳。
偏差値は聞くな。恋人関係も聞くな。
とにかく俺は、ごく普通の高校生――のはずだった。
それが今では、訳も分からず異世界をさまよってる。
準備も覚悟もゼロ。パンツすら替えを持ってこられなかった。
転生するなら事前にメールかLINEで教えてくれっての。
しかも俺、転生じゃなくて転移っぽい? 車にも刺客にもやられてないんだけど?
……もし召喚者に会えたら、盛大に文句言ってやる。
しまった、つい愚痴が長くなった。
異世界に転移した当初こそ、驚きや戸惑い、そして怒りで軽くパニックだった。
だが今は――ワクワクが止まらない!
なんたって、憧れの異世界ライフである。
目に映るのは、絵本の中から飛び出してきたような草原や森。空には二つの月。
きっと、ここには未体験の料理や、人間とは違う種族、そして――
(絶対、獣耳の美少女に会えるはず!)
胸の高鳴りはすでに最高潮。これから始まる大冒険を思うだけで心が踊る……!
――いや、文字通り“踊らされていた”。
「さあ、舞え!舞え!今日は勇者様の生誕祝いだ!!」
「宴じゃあああ!!」
「踊らんかい! 勇者ァ!!」
現在の俺は、小さな村の広場で、ど真ん中に立っていた。
肩には段ボールの剣、胸にはペラペラの布鎧。
文化祭の演劇用に用意した“勇者コスプレ”が、どうやらこの世界ではリアルに見えたらしい。
当然、村人たちはこう思った。
(神話にある伝説の勇者、その再来に違いない!)
……やめてくれ、その神話の信頼度、軽すぎない?
そんな誤解のまま話は進み、夜には宴が始まり、俺は主役として盛大に祭られることに。
ありがたいけど、話が早すぎる。
今は――謎の伝統舞踊に、センターでガッツリ参加中である。
断りたかった。心から。
だが村人たちの目は、ガチすぎた。ひとことで言うなら“刀鍛冶の目”だった。
踊り方はシンプル。
左手を下からすくい上げるように胸の前へ出し、数回揺らす。
これだけだ。
ただ、それを村人と一緒に、無言で、全力で、一時間続けている。
「いや、これ完全に……霜降り明星・粗品のツッコミだよね!?」
魂の叫びもむなしく、村人たちは満面の笑顔で同じ動きを繰り返している。
こうして、俺の異世界生活は、華々しく始まるのだった。