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2 この日常、守りたかった

 長時間眠ると疲れはとれる。だが頭が重く感じる。

 家出少女を追い返した翌朝、俺は学校へ行く準備をしていた。

 学校は家から徒歩15分の公立高校。その近さを理由にそこへの進学を決めた。

 今日は1回目のアラームで起きられたので、時間に余裕がある。ゆっくり歩いても間に合うだろう。


「よう凛」

「おはよう、神田君」


 学校に着くと、一直線に高校でできた唯一の友達の元へ行き、そのまま挨拶を交わす。こいつと喋る時間だけが学校へ来る楽しみである。

 

 彼女は真田凛(さなだりん)。セミロングの髪を無造作に伸ばしている。前髪がいくらか顔全体にかかっているのではっきりとは見えないが、けっこうかわいい顔立ちだと思う。制服もきっちり着こなし、冬服でも夏服でもボタンを全部留め、スカートの丈も太ももの下の方まである。

 仲良くなったきっかけは、休み時間に同じゲームをやっていたからだ。俺はコミュ障で、どう声をかけるかで大いに悩んだが、ゲーマー同士が仲良くなる最強の大義名分を利用してなんとか会話を始めることができた。すなわち、「友達(フレンド)になりませんか」と。

 彼女も俺が同じゲームをやっていることに気づいていたらしいが、俺と同レベルのコミュ障らしく、こちらから声をかけられるのを期待していたそうだ。何かと共通点は多く、話しやすい。


「期末テスト、今日で全教科返却だよな」

「そうだね。国語がかなり不安かも」

「それな。あんな長い文読めるかっつーの」

「あれの半分の半分の半分ぐらいの長さならよかったのにね」

「ははっ。それだと一瞬で解き終わって後は寝られるな」

「いやいや見直ししなきゃ」

「めんどくせー」

「だから凡ミスばっかなんだよ?」

「そういうお前はどうなんだよ」

「あたしは凡ミスなんてめったにしないし」

「ですよね〜」


 ああ〜落ち着く。このゆっる〜い会話が本当に落ち着く。

 俺と凛はいつもこんな風に駄弁るか、オンラインでゲームをするかだ。家に帰ってからも通話などで共に時を過ごす。俺にとってはもはや家族以上に安心感を与えてくれる存在だ。


「ふっふっふ。1学期はどっちもあたしの勝ちだね」

「おのれ…………。次こそは…………」


 放課後。テストを全教科返してもらうと、俺と凛は教室で全教科の合計点数を競っていた。理系科目では善戦した俺だったが、文系科目で凛に大きく突き放され、中間テストに続いて2連敗することとなった。凛は、いつになく明るい声で勝ち誇っている。


「じゃあ、テストの打ち上げは神田君の家でやるよ。お菓子いっぱい買っといてね」

「おう、負けたほうの家でって約束だからな。なんか、お菓子のリクエストはあるか?」

「うーん、果汁グミとチョコレートかな。3日後、土曜日でいい?」

「いいぞ。任せろ」

「それじゃ、帰る?」

「そうだな」


 俺と凛は同じ中学で、割と近所に住んでいる(最近知ったときはかなり驚いた)。いつも途中まで帰るのは自然の成り行きだ。

 と、校門から出たところで、凛に服を引っ張られた。


「ねえ神田君」

「ん?」

「あそこ、何かやってるのかな?」

「…………ほう」


 凛が指差す方を見ると、道の脇に向かって、数十人規模の人だかりができている。大半はウチの生徒だが、年配の人も数人混じっている。

 俺たちは何があるのか気になり、行ってみることにした。


 学生はかなり騒がしく、スマホで撮影をしている者もいる。


「SNSにアップしないと!」

「マジヤバイ。エモい」

「あの子かわいすぎだろ……」

「錯覚でしょあんなの!」


 1人のおじいさんは、両手を体の前で組み、涙を流している。


「なんということだ……。本当に女神様が降臨なされたのか……。生きているうちにお姿を拝むことが叶うとは、それだけでワシは……ワシは…………!」


 それからは言葉にならない幸せを噛みしめているようだった。周りの人が引いてるぞ。おじいさんから距離を置いている。


 この異様な雰囲気を一通り見渡した後、凛と顔を見合わせた。


「何やってるのか予想しない?」

「俺、すっげー気になるから今すぐ見たい」

「せっかちな男だね」

「好奇心が抑えきれないんだ、行こうぜ」

「いいけどさあ」


 不満そうに眉をひそめる凛。だがな、このカオスな人々の反応からだと予想するのもしんどいと思うぞ?

 俺は、人をかき分けずんずん進む。その後を、遠慮がちに凛がついてくる。

 ある程度進んで俺は止まった。ここからなら見えるだろう。

 背伸びをして先を覗くと、そこにいたのは──


(昨日の女の子じゃないか!?)


 なぜ? 考えるよりも先に体が動いていた。一目散に人混みの外へ逃げ戻った。


「ちょっとどうしたの? 神田くーん?」


 やめろ凛、俺をその名で呼ぶんじゃない。昨日家の表札を見られたかもしれないんだぞ。可能性は低いけど!

 凛はじっくり見るつもりらしい。俺は離れた場所で、凛が戻るのを待った。

 1分ほどで、凛が興奮した表情で戻ってきた。


「す、すごい! 女の子が浮いてる……って顔怖いよ? 気分悪いの?」

「ああちょっとな……。いやそれより何? 浮いてる?」

「うん。10センチぐらい浮いてるの。あと『神です。拾ってください』って書いた色紙を持ってた」

「…………」


 あいつ、まだ家に帰ってなかったのか。それどころか色紙まで手に入れているとは。そんなもんどこにあったんだよ……。

 浮いてるのは錯覚かトリックだろうが、本当なら神って言ったのも嘘じゃないことになるのか?


「あいつ、昨日ウチに来たんだよ」

「えっ⁉ なんで?」


 俺は昨日あったことを簡単に話した。


「それで避けてたんだ」

「昨日追い返した身としては気まずいんだよ。わかるだろ?」

「すっごくわかる。けど昨日から家に帰ってないんだよね? 家の人も心配してると思うけど……。なんとかできないのかな」

「そうなんだよなー。だが俺は何かするつも」


「あ──────っ!」


「りはない…………⁉ しまった!」


 確かに、「浮いているかわいい自称神の宿を探す女の子」は注目を集めていた。しかし長く見ていると飽きてきたのだろう。いつの間にか、人の群れが解散し始めていたのだ。

 その結果、俺たちと女の子の間にあった人の壁が薄くなり、女の子からこちらへの視界が開けた。それであいつは俺を見つけ、大声を上げたのだ。

 あいつは俺にどんどん近づいてくる。まずいまずいまずいまずい。


 ──逃げよう。


「凛、ごめん。俺は逃げる。今日は一緒に帰れそうにない。無事に帰れたら連絡する。今日はイベントの周回頑張ろう。じゃあな!」

「え、ちょっ」


 そこからは一切の手抜きをせず、全力で逃走した。


「ま、待ってください!」


 やはり追ってくるか。ですが待てません。大人気ないとか言われても知りません。女の子には優しくしなさいとか聞いてません。捕まえられるもんなら捕まえてみやがれ。フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ。

 50メートル8秒4の俺の走力を見せるときは今だ(高1男子の平均タイムは7秒5)。

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