少年は再び試合に参加した
腹をくくると落ち着いてきた。
レヴィとの打ち稽古なんて、この数ヶ月数えきれないくらいやってきた。毎日やっていた時期もある。木刀が模擬剣になって、観衆が居るだけの違いだ。
この一週間は色々と忙しく、一度も稽古もつけてもらえなかった。それを今やってもらえると考えたら、喜ぶべきだと思う。
一旦構えを解き剣を鞘に納めた。観衆がざわついたが構わず、いつものように姿勢を正し、丁寧に頭を下げた。
「お願いします」
改めて正眼の構えを取った。レヴィもその意味を理解したようだった。すっと動いて距離を調節し、ロムが打ち込みやすい間合いを作ってくれた。
レヴィはいつもそうしてくれる。乱暴な物言いに反して、レヴィは随分と懐が深い。剣術の事に関しては、何も言わなくても悩みを察してくれ、答えを用意してくれたり、時には自分で気づくよう仕向けてくれたりする。
自分も教える立場に就きたいのだから、彼女みたいな指導を行えるようになりたいと思う。まだまだ教えてほしい事はたくさんあった。
「何ニヤついてんだ? 早く来いよ」
レヴィが手招きした。周りからは挑発に見えただろう。苦笑して柄を握りなおした。
「ごめん。レヴィってすごいなぁって思って」
「褒めても何も出ねえぞ?」
「わかってるよ。生活には余裕ないもんね」
そう言って、前触れなく距離を詰めて切り込んだ。観衆はどよめいたが、レヴィには軽く受け流された。
レヴィが剣を振る度に漆黒の髪が波うち、しなやかな四肢が舞っていた。こんな事を言ったらアドルに怒られそうだけど、素直に綺麗だと思う。レヴィのドレス姿なんて悪夢だと思ったこともあったけど、それは間違っていたと今ならわかる。
お互い稽古のつもりだから、勝負はなかなかつかなかった。それでも観客は、何ランクも上のレヴィの剣技に見惚れているようだった。その流れを崩さないように、ロムは必死で食らいつかなければならなかった。
疲れてきたロムの手から、ついに剣がはじけ飛んだ。喉元に、レヴィの剣が突き付けられていた。
「参りました」
「おう」
また大歓声が巻き起こった。負けたロムにも賞賛の声がかかった。それを受けて、レヴィの目的もアドルと同じだったとわかった。
「もっと早くバテると思ってたよ。前より体力ついたか?」
「そりゃあ、誰かさんにしごかれてるから……」
「もう少しつけた方がいいかもな。お前の器用なところが裏目に出てる。乱戦では相手の力を利用して自分の体力を温存するし、個人戦なら勝負を早めにつけるだろ? 格下ならそれでもいいんだが、実力が拮抗して長期戦になるときつくなる」
「うん、そうだね。ありがとう」
そう頷いたものの、ロムが疲れるような相手はレヴィしかいない。なぜこの人だけバケモノ級なのか。レヴィの生い立ちが聞いた通りのものなら、そこまで強くなる要素はなさそうなものなのに。
自分がレヴィと同じ歳になった時に、レヴィと同じ強さになっているとは考えにくかった。
「おいレヴィ! 売れない画家なんか辞めて騎士団に入れよ!」
「うるせーな。俺のやることは俺が決めるんだよ」
レヴィは意外と人望があるのか、方々から声がかけられていて、その度にアドルがうろたえていた。
いや、意外とということはないだろう。彼女なら人望があるのは頷ける。
こんな人に育てられたかったなと思ったけれど、自分の母が脳裏に浮かんであわてて打ち消した。
アイラスの元に戻ると、すごい剣幕で睨まれた。意味が分からずトールを見るが、肩をすくめられただけだった。
「えっと……どうしたの?」
「私、怒ってるノ」
「だから、なんで?」
「私、呪物なんて、要らないって、言ったよネ? なんで試合なんて、したノ? ロムの刀、取られてたかも、しれないのヨ?」
「別に、負けるつもりなかったし」
「嘘。アドルが得意な、剣術だったじゃなイ。勝てるかどうか、五分五分だったんじゃないノ?」
「でも、勝ったよ」
「結果的には勝てたケド! 私は、私のせいで、ロムが辛い目にあったラ、嫌なノ。自分を、許せなイ。ロム、お願いだから、自分以外の誰かのためニ、頑張らないデ」
「アイラスのために頑張ることは、自分のためだよ」
「エッ。……エ?」
「自己満足だから、気にしないで。そういうアイラスはどうなの? 自分以外の誰かのために、結構危険な事もやらかしてると思うんだけど。レヴィに殴りかかったり、アドルを助けに走ったり」
「それハ……」
「別に責めてるんじゃないよ。それは、アイラスが誰かを大切に思っている証拠だから。俺も同じだよ。アイラスが大切だから、アイラスのために少しは頑張りたいんだ」
そう言うと、アイラスは黙り込んでしまった。心なしか、顔が赤くなっている。別に変な事は言ってないと思うのだけど。
これ以上は反論はないと判断して、トールに気になっていた事を聞いてみた。
「アドルの言ってた呪物って、使えると思う?」
「さぁのう……実際に見てみぬとわからぬ。危険なものであれば、いくら便利でも使えぬじゃろう」
「そうだね……」
「私、いらないヨ。魔法なんカ、使えなくたって、生きていけるシ。トールだって、そう言ってたデショ?」
「トール、まだあの事を言ってないの?」
つい、そう聞いてしまった。しまったと思った時には遅かった。
「何? トール、私に何か、隠してるノ?」
「いや、その……」
こうなったらトールは弱い。隠し事はできない。追い込まれるきっかけを作ったのが自分だと思うと、申し訳なくなった。
「ごめん……」
「いや、いずれ言わねばならぬと思っておったからの……」
トールは仁王立ちするアイラスに、言いにくそうに少しずつ話し始めた。




