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亡国の少年は平凡に暮らしたい  作者: くー
討伐戦
31/233

少年は偵察した

「お前、元『人狼』なんだって?」


 配属された斥候部隊の隊長から、初っ端から核心を突かれ、ロムは面食らった。あの騎士は一体どこまで話しているのか。


「ええ、まあ……」

「そうか。じゃあ子供扱いしなくてもいいな。敵に回すと恐ろしいが、味方なら心強い」


 自分はただの子供でしかないと自覚したばかりなのに、あまり期待しないで欲しい。そんなロムの気持ちは無視して、隊長は話を続けた。


「弓は使えるな? これも持っておいてくれ。作戦に支障が出そうな事態になったら、笛の付いた矢を射るんだ。普通の矢も渡しておこう」




 斥候部隊は五人だった。ロム以外の四人は、ギルドの募集で集まった冒険者や傭兵ではなく、騎士団に所属する者のようだった。みな軽装で、国の紋章が入った上質な制服を着ていた。

 対して自分は保護区で支給された外出着に、籠手や脚絆等の必要な小物を足しただけ。……別に服で仕事するわけじゃないしと、誰に対してかわからない言い訳を考えていた。


 一人、ロムより少し年上くらいで、動きが悪い少年が居た。大丈夫かな……と不安になるが、配属されたからにはそれなりの実力があると思いたい。

 その少年が話しかけてきた。


「ねえ君、保護区に住んでるの~?」

「はい」

「そうなんだ~。シンからは、家族と一緒には逃れられなかったの~?」


 思い出したくない事を聞いてくる。ロムは胸がムカムカしてきた。


「おい、無駄話すんな。集落が近いぞ」


 隊長が注意した。任務はもう始まっていた。嫌悪感と吐き気を、アイラスの顔を思い出して打ち消した。




 ゴブリンの集落については、討伐するかどうかを決める調査で、ある程度把握しているようだった。その確認だけが、斥候部隊に与えられた任務だ。隊長が地図を片手に一つずつ確認していく。


「よし、大体終わったな。ほぼ情報通りだ」


 意外と楽な任務だったと安心していたら、木々の向こうにやぐらのような物の端が見えた。距離は20メートル程。近すぎる。


「伏せて下さい!」


 小声で、全員に注意する。


「どうした?」

「あそこ、見て下さい。……多分見張り台です。地図にはありませんでしたよね?」

「無いな。前回の調査で見落としたか、その後に作られたか……。よく気づいてくれた」


 隊長が退くように手で合図し、木陰に身を潜めながら移動を開始した。四人の最後につきながら、ロムは見張り台を確認した。ゴブリンは一体。周囲を注意深く見つめている。


 パキッと、小さな音がした。あの間延びした声の少年が、枯れ枝を踏んだ音だった。

 隊長が舌打ちする。音はそんなに大きくない。気づかれなかったらいいのにと見張り台を振り返ると、運が悪い事にこちらを見ていた。明らかに気づかれている。ほら貝を手に持ち、今にも吹きそうだった。


「逃げるぞ! 急げ!」


 隊長の声に全員が走り出した。

 ロムだけは走らなかった。矢をつがえた。笛を射るのは後でいいと隊長が叫ぶ声が聞こえた。

 だが、ロムがつがえたのは普通の矢で、それをほら貝に向かって放った。当たりを確認する前に、弓を捨てて走った。

 軽い音が響いた。その音を、他のゴブリンが聞いていないか気になったが、今はこの個体を何とかする方が先だ。

 ほら貝はゴブリンの手から離れ、見張り台後方に落ちていった。その頃には、ロムは見張り台を登り始めていた。ゴブリンがそれに気づいて、武器を探していた。


 ——遅い。


 ロムは短刀を抜き放ち、刃を斜めにして構えた。ゴブリンは上半身裸で、あばらの位置がよくわかる。左手でゴブリンの口を塞ぎ、肋骨の隙間に刃を滑り込ませるように貫いた。

 ゴブリンは一度だけ痙攣して、動かなくなった。


 ゴブリンの心臓が止まってから、刀を抜いた。そうすると出血は少なくなる。刀を軽く振って血のりを落とし、鞘に納めた。


 それから首巻を外し、傷口を塞ぎながら遺体を見張り台の柱にくくりつけた。

 周囲を確認するが、他に駆けつけてくるゴブリンは見当たらない。

 足元には、葉っぱの上に乗った骨付き肉があった。触ってみると、まだ温かい。あんまり美味しそうじゃないなと思った。


 見張り台から降りると、隊長が戻って来ていて、先程捨てた弓を渡された。


「やったのか?」

「はい。遠目にはバレないようにしてきましたが、長くは持たないと思います。すぐ報告した方が良いかと……」

「お前は先に戻ってくれ」

「えっ、でも……」

「もちろん俺達も戻る。だがお前が一番足が速い。急いで報告してくれ。責任は全部俺に擦り付けてくれていい。道はわかるな?」

「大丈夫です」


 他の三人の脇をすり抜ける時、あの少年が手を合わせて謝るそぶりを見せた。呆れたけれど、今更責めても仕方ない。ロムは片手を上げて返事をし、振り返らずそのまま音も無く走り去った。




 本隊の野営地で、総指揮の騎士に報告すると、非難の目が一斉に降り注がれた。見張りに見つかった? 何故こんな子供を斥候に入れたんだ? という声もあった。居心地が悪い。


「申し訳ありません」


 ロムは頭を下げる。


「しかし連絡はされなかったのだな」

「その前に殺しました」

「見張りの交代までどれくらい時間があるかだな……」

「推測ですが、述べていいですか?」

「言ってくれ」

「仕留めた個体が交代してからの時間は、ほとんど経ってなかったと思います。交代までの時間も、今ならまだ長いでしょう」

「なぜだ?」

「食事が温かいまま手つかずで残っていましたし、見つかったのは警戒が強かったためです。見張り開始からの時間が短く、まだ緊張が続いていたんだと思います」


 騎士は少し考え込んだ後、すぐ作戦を開始すると決断した。


「配置を教えてくれ」

「わかりました」

「こんな子供の言う事を信じるんですか? 斥候部隊の隊長が戻るのを待った方がいいのでは?」


 配下の騎士が反対意見を述べた。待つ時間が勿体ないとロムは思ったが、そこまで意見できる立場ではないとも思う。面倒くさいなぁ……とため息をついたところへ、もう一人声が上がった。


「お待ち下さい!」


 聞き覚えのある、凛とした声だった。

 声の主は、アドルだった。

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