少年は偵察した
「お前、元『人狼』なんだって?」
配属された斥候部隊の隊長から、初っ端から核心を突かれ、ロムは面食らった。あの騎士は一体どこまで話しているのか。
「ええ、まあ……」
「そうか。じゃあ子供扱いしなくてもいいな。敵に回すと恐ろしいが、味方なら心強い」
自分はただの子供でしかないと自覚したばかりなのに、あまり期待しないで欲しい。そんなロムの気持ちは無視して、隊長は話を続けた。
「弓は使えるな? これも持っておいてくれ。作戦に支障が出そうな事態になったら、笛の付いた矢を射るんだ。普通の矢も渡しておこう」
斥候部隊は五人だった。ロム以外の四人は、ギルドの募集で集まった冒険者や傭兵ではなく、騎士団に所属する者のようだった。みな軽装で、国の紋章が入った上質な制服を着ていた。
対して自分は保護区で支給された外出着に、籠手や脚絆等の必要な小物を足しただけ。……別に服で仕事するわけじゃないしと、誰に対してかわからない言い訳を考えていた。
一人、ロムより少し年上くらいで、動きが悪い少年が居た。大丈夫かな……と不安になるが、配属されたからにはそれなりの実力があると思いたい。
その少年が話しかけてきた。
「ねえ君、保護区に住んでるの~?」
「はい」
「そうなんだ~。シンからは、家族と一緒には逃れられなかったの~?」
思い出したくない事を聞いてくる。ロムは胸がムカムカしてきた。
「おい、無駄話すんな。集落が近いぞ」
隊長が注意した。任務はもう始まっていた。嫌悪感と吐き気を、アイラスの顔を思い出して打ち消した。
ゴブリンの集落については、討伐するかどうかを決める調査で、ある程度把握しているようだった。その確認だけが、斥候部隊に与えられた任務だ。隊長が地図を片手に一つずつ確認していく。
「よし、大体終わったな。ほぼ情報通りだ」
意外と楽な任務だったと安心していたら、木々の向こうにやぐらのような物の端が見えた。距離は20メートル程。近すぎる。
「伏せて下さい!」
小声で、全員に注意する。
「どうした?」
「あそこ、見て下さい。……多分見張り台です。地図にはありませんでしたよね?」
「無いな。前回の調査で見落としたか、その後に作られたか……。よく気づいてくれた」
隊長が退くように手で合図し、木陰に身を潜めながら移動を開始した。四人の最後につきながら、ロムは見張り台を確認した。ゴブリンは一体。周囲を注意深く見つめている。
パキッと、小さな音がした。あの間延びした声の少年が、枯れ枝を踏んだ音だった。
隊長が舌打ちする。音はそんなに大きくない。気づかれなかったらいいのにと見張り台を振り返ると、運が悪い事にこちらを見ていた。明らかに気づかれている。ほら貝を手に持ち、今にも吹きそうだった。
「逃げるぞ! 急げ!」
隊長の声に全員が走り出した。
ロムだけは走らなかった。矢をつがえた。笛を射るのは後でいいと隊長が叫ぶ声が聞こえた。
だが、ロムがつがえたのは普通の矢で、それをほら貝に向かって放った。当たりを確認する前に、弓を捨てて走った。
軽い音が響いた。その音を、他のゴブリンが聞いていないか気になったが、今はこの個体を何とかする方が先だ。
ほら貝はゴブリンの手から離れ、見張り台後方に落ちていった。その頃には、ロムは見張り台を登り始めていた。ゴブリンがそれに気づいて、武器を探していた。
——遅い。
ロムは短刀を抜き放ち、刃を斜めにして構えた。ゴブリンは上半身裸で、あばらの位置がよくわかる。左手でゴブリンの口を塞ぎ、肋骨の隙間に刃を滑り込ませるように貫いた。
ゴブリンは一度だけ痙攣して、動かなくなった。
ゴブリンの心臓が止まってから、刀を抜いた。そうすると出血は少なくなる。刀を軽く振って血のりを落とし、鞘に納めた。
それから首巻を外し、傷口を塞ぎながら遺体を見張り台の柱にくくりつけた。
周囲を確認するが、他に駆けつけてくるゴブリンは見当たらない。
足元には、葉っぱの上に乗った骨付き肉があった。触ってみると、まだ温かい。あんまり美味しそうじゃないなと思った。
見張り台から降りると、隊長が戻って来ていて、先程捨てた弓を渡された。
「やったのか?」
「はい。遠目にはバレないようにしてきましたが、長くは持たないと思います。すぐ報告した方が良いかと……」
「お前は先に戻ってくれ」
「えっ、でも……」
「もちろん俺達も戻る。だがお前が一番足が速い。急いで報告してくれ。責任は全部俺に擦り付けてくれていい。道はわかるな?」
「大丈夫です」
他の三人の脇をすり抜ける時、あの少年が手を合わせて謝るそぶりを見せた。呆れたけれど、今更責めても仕方ない。ロムは片手を上げて返事をし、振り返らずそのまま音も無く走り去った。
本隊の野営地で、総指揮の騎士に報告すると、非難の目が一斉に降り注がれた。見張りに見つかった? 何故こんな子供を斥候に入れたんだ? という声もあった。居心地が悪い。
「申し訳ありません」
ロムは頭を下げる。
「しかし連絡はされなかったのだな」
「その前に殺しました」
「見張りの交代までどれくらい時間があるかだな……」
「推測ですが、述べていいですか?」
「言ってくれ」
「仕留めた個体が交代してからの時間は、ほとんど経ってなかったと思います。交代までの時間も、今ならまだ長いでしょう」
「なぜだ?」
「食事が温かいまま手つかずで残っていましたし、見つかったのは警戒が強かったためです。見張り開始からの時間が短く、まだ緊張が続いていたんだと思います」
騎士は少し考え込んだ後、すぐ作戦を開始すると決断した。
「配置を教えてくれ」
「わかりました」
「こんな子供の言う事を信じるんですか? 斥候部隊の隊長が戻るのを待った方がいいのでは?」
配下の騎士が反対意見を述べた。待つ時間が勿体ないとロムは思ったが、そこまで意見できる立場ではないとも思う。面倒くさいなぁ……とため息をついたところへ、もう一人声が上がった。
「お待ち下さい!」
聞き覚えのある、凛とした声だった。
声の主は、アドルだった。




