少年は企んだ
翌日レヴィに、そろそろやるかと声をかけられた時、ロムは首を横に振った。
「今日は、レヴィとはいいや。アドルに稽古つけてほしい」
「は?」
「え?」
ロムの申し出に、レヴィは言葉を無くし、アドルは目を丸くして驚いた。
「でも僕、王宮剣術しか知らないよ。ロムとは型が違い過ぎるから、あまり上手くいかないと思うんだけど…」
「俺がアドルに合わせるよ。というか、俺にそれを教えて欲しいんだ」
ロムは二本ある短い木刀の一本をアドルに渡した。そしてもう一本を構えた。木刀を前に構え、左手を背中に、真半身で立つ。
「少しだけ習った事があるんだ。でも随分前だから、忘れてる部分もあると思う。……鍔がないからやりにくいかな」
「鍔を使うのは応用だから、基本だけなら問題ないよ。……ロムはなんで王宮剣術を習いたいの?」
「俺、傭兵訓練学校の教官になりたいんだ。だからいろんな戦い方を知っておきたい」
「なるほどね……いいよ、やろう」
「……まあ、好きにすりゃいいさ」
二人のやり取りを黙って聞いていたレヴィは、ぷいっと工房に入っていった。
「機嫌を損ねたかのう……」
「……もしかして、嫉妬!? レヴィさんはロムの事が!?」
「それはない。絶対にない」
王宮剣術を習いたいのも事実だけど、自分がアドルを評価しているところを見せればと企んだのも事実だ。怒らせてしまったのなら、それは失敗だったと言える。
「まあレヴィの事はいいや。とにかく、始めよう」
ロムとアドルは向かい合わせに立った。一礼して構えると、二人にはほとんど差が無かった。
「さっきも思ったけど、すごいね。この構えが上手くできない人も多いんだよ」
アドルはにっこり微笑んだ。
ロムも笑い返し、笑みが消える前に勢いよく突っ込んだ。
アドルは木刀で下から時計回りに弧を描き、ロムの木刀を上に弾いた。そのまま胴に鋭い突きが来たけれど、身体をひねって紙一重で避けた。
「今のはとったと思ったのにな。さすが、地の力が違うね」
言いながら、アドルはどんどん突きを繰り出してくる。ロムは防戦一方になった。カンカンと乾いた音が連続で響き渡る。
視界の端にアイラスとレヴィが見えた。見に来てる。そう思った瞬間、ロムの木刀が弾き飛ばされた。
「今、よそ見したでしょ」
「うん、ごめん」
木刀を拾いに行き、ちらっとレヴィの横顔を見た。レヴィの顔は半分前髪で隠れていて、表情が読み取りづらい。だけど、口元が少し微笑んでいるように見えた。いつもの、子供がいたずらをする時のような笑みではなく、見守る大人の優しい微笑みのように思えた。
企みが少しは功を奏したかと思うと、なんだか嬉しくなった。
小一時間稽古をつけてもらって、二人はアイラスが持ってきた水を飲んでいた。
「予想はしてたけど、教える事はほとんど無いね。基本は出来てるし、動きも問題ないよ」
「そうかなぁ……もう少し、練習したいけど。明日は来れる?」
「明日は無理かな。明後日なら大丈夫」
「じゃあ、明後日にお願い」
「お前ら、いつからそんなに仲良くなったんだ?」
レヴィが楽しそうな声で話しかけてきた。
アドルは嬉しそうだったが、何も言わなかった。藪蛇になりたくないのだろう。
「別に? レヴィには関係ないじゃん」
ロムは、わざとぶっきらぼうに答えた。そうして、レヴィの反応を待った。
「まあ、そうだけどな」
そう言って、また工房に入っていった。声色に嫌悪感は無かった。
「ちょっと、いい感じかも?」
「うん、今までとは全然違う……。ロム、ありがとう!」
トールとアイラスも、顔を見合わせて嬉しそうに笑っていた。
ロムは、こんな些細な事でも人の気持ちは変わるんだなと、改めて驚いていた。




