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亡国の少年は平凡に暮らしたい  作者: くー
五親王
202/233

少年は本当の事を聞く(絵有)

 用が済んで書斎を出た。

 文書は明朝、皇帝に奏上してくれるらしい。早ければ、その日のうちに謁見が許されるかもしれないとの事だった。

 早ければ早いほど助かる。皇帝の許可なしでは何もできないのだから。






 案内された寝室に入ると、中は真っ暗だった。先に寝たのかと思ったけれど、闇の中で二つの影が身体を起こした。


「び、びっくりしたぁ。灯りくらい付けようよ」

「わしらには必要ないしの。ロムが欲しいのなら、灯しても構わんぞ」

「い、いいよ。俺も見えないわけじゃないし、どうせすぐ寝るんだから」




 強がったけれど、目が慣れるまで少し時間がかかる。二人の気配の位置から予測して、手探りで自分用の寝台を探し当てた。

 寝台の上に用意された寝間着を手に取る頃には、少し周りが見えるようになっていた。




「しかし遅かったのう。大丈夫じゃったか?」

「手紙、読めた?」

「うん。最初から読ませるために俺を呼んだみたい」

「……何、書いてた?」

「俺に関しては、ほとんど全部……」


 寝間着に着替えながら、書斎での出来事と手紙の内容を話した。自分が泣いてしまった事は言わなかった。






「手紙は処分してくれたし、誰にも言わないって約束してくれたから」

「信用、できる……?」


 疑うようなザラムの言い方が少しおかしかった。その気持ちはわかる。


「確かにホンジョウは、不真面目で、ふざけてて、意地悪な人だけど……」


 いちいち頷く二人に思わず吹き出した。


「笑い事ではなかろう!」

「ごめんごめん。……でも、誰かが本気で嫌がる事はしないと思うよ」


 ザラムは納得のいかない顔だった。中々信じてもらえないホンジョウに同情したけれど、あの態度じゃ仕方ないかもと思った。






「一つ聞いても良いかの?」

「何?」

「ロムはシンで、何と呼ばれて……いや、どんな名であったのじゃ?」

「俺……俺の名は……」




 トールの顔が真剣になっているのがわかった。そんな深刻な話じゃないのに。


「……言いたくないのなら言わずともよいぞ」

「違うよ。昔の名前なんて、どうでもいいと思ってるだけ」


 今度は困った顔をされた。困らせたいわけじゃない。どうも意図が通じない。なんて言えばいいんだろう。




「……大切なのは、名前が何なのかということじゃない……と思う」


 考え考え、呟くように言葉を続けた。


「その名前によって、誰と、どんな風に繋がっているか……だと、俺は思う……」


 トールの目が見開かれた。暗闇の中でも深い悲しみが見て取れた。今言った言葉の、どれが彼を傷つけたんだろう。


 目が合うと顔を背けられた。気付いた事に気付かれた。






 沈黙が気まずかった。すがるようにザラムを見たけれど、彼こそ何も言うわけがなかった。何か言わなきゃと思って話題を探した。




「……ロムって言葉の意味はね、思い出とか、記憶とかなんだって」


 トールが顔を向けてきて、再び目が合った。興味を持ってもらえたと思って、話を続けた。


「俺の意識がなかった時に、ニーナが付けてくれたんだって。それを、取り戻せるようにって」

「……皮肉じゃの」

「え?」

「いや……おぬし、その名が好きか?」


 思ってもみなかった事を問われて、少し考えた。でも、考えるまでもなかった。


「うん、好き。この名前だから俺は、あの街に居ていいって思えるんだ」

「その話、戻ったらニーナにしてやってくれんかの。喜ぶであろう」


 そう言って、彼は目を閉じた。寝台に横になって背中を向けられた。もう話すことはないと言われたようだった。

 意味がわからなくて、今度はこっちが困ってしまった。




「……あの、トール? どうかした? 俺、何か変な事、言った?」


 おずおずと声をかけた。でも背中を向けたまま、そっけない返事だった。


「何でもない……気にせんでくれ……」


 何でもなくない声だった。嘘だとわかっても、追及していいものかと躊躇した。






「トール、限界」


 ずっと黙っていたザラムが、ため息交じりに呟いた。トールは慌てたように飛び起きた。


「な、何を言うておる」

「話す。本当の事」




 本当の事。


 その言葉が尖ったナイフのように、深く胸に突き刺さった。

 トールはやっぱり隠し事をしている。それはわかっていた。わかっていても、話してくれるまで聞かないと決めていた。


 なのにザラムは知っていた。




 ――俺の方が、付き合いが長いのに。




 思わず湧いた黒い気持ちが、一瞬で心の中を埋め尽くした。

 いけないと思って首を横に振った。




 ザラムが言葉を続けた。聞きたくない気持ちを意識の底に押し込めた。


「方法、見つける。記憶、戻してもらう。問題ない」

「それは……そうじゃが……」

「記憶? 誰の?」

「……おぬしの、いや、皆の記憶じゃ」




 急に冷静になった。

 思い当たるフシがある。トールに記憶を探るような問いかけをされた事があった。


 何か忘れている事実がある。記憶力には自信があったから、そんな可能性は考えなかった。

 でもそれが、自分だけじゃないというなら。




 ―― ただの物忘れじゃない。魔法?




 かつてトールの白い髪を見た人に、ニーナがかけた魔法があった。


「忘却の魔法……?」

「そうじゃ……!」

「俺は……いや俺達は、何を忘れさせられたの?」

「……アイラスの事じゃ」

「アイラス? 忘れてないよ?」

「そうではない。……わしと初めて会った時の事を覚えておるか?」


 心のざわつきを感じながら、ゆっくり頷いた。

 あの時の記憶には違和感があった。トールが一人で虎にまたがって現れた。その理由は記憶の中に無い。実際は、そうではなかった?




 トールが深呼吸をした。ため息にも聞こえた。




「アイラスも、その時に共におったのじゃ」

挿絵(By みてみん)

挿絵はホンジョウの設定画っぽいもの。そろそろロム君を描きたい。

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