表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/233

少女は提案を受けた(絵有)

 7月になり、アイラスはいつものようにロムの部屋で歌を聴いていた。

 曲が途切れた時、ドアをノックする音がした。ロムが訝しげに返事をした。


「お邪魔するよ」


 入ってきたのはホークだった。トールがあからさまに嫌な顔をした。ホークはアイラスを見て微笑んだ。


「やっぱりここに居たね。アイラスに話があるんだ。お借りしていいかな?」

「だめじゃ」

「即答かい?」

「ここで話せ。わしらに聞かれて困るような事なのか?」

「そんな事はない。では座らせてもらうよ。 ……この部屋は靴を脱ぐのだったかな?」


 頷いたロムも、少し面白くなさそうだった。


「歌の邪魔をしてしまって、すまないね」

「いいから早う用を申せ」


 トゲのあるトールの言い方も、全く気にしていないようだった。この人も図太いなぁ。ある意味感心した。


 ホークはアイラスの隣にあぐらをかいて座り、流れるような動きで手を取ってきた。


「放せ。訳を要すなら、わしがする。アイラス、こっちへ」


 トールとロムに睨まれてホークは苦笑した。


「君は二人のお姫様だね」


 これにはさすがのアイラスもカチンときた。

 まだ繋がっていた手から呪詛を送り、それから乱暴に振り払った。アイラス自身はそこまで嫌いではないが、ロムとトールを不快な気分にさせられた上に、今の嫌味。平常心ではいられなかった。

 ツンとして立ち上がり、トールとロムの間に座った。

 ホークは一瞬だけ微笑んで、それから真面目な顔をした。


「すまない。冗談が過ぎたね。本題に入ろう」


 トールがアイラスの手を取った。もう繋がなくてもいいのにと思ったけれど、その事実を知られたくないのかもしれない。素直に繋いでおいた。


「アイラスの絵の事だよ。正直、彼女の腕は私より上だ。私の授業を受けても、教える事は何もない。元々、基本を教えるための授業だしね。画材もあるから、彼女に利点がないわけではないが……」


 そう言ってホークは、紙切れを差し出した。


「もし、将来画家になりたい、そうでなくとも、もっと上を目指したいと思うなら、画家の工房に弟子入りしてはどうかと思う」


 紙には主要な工房の名前と住所が書いてあるらしい。トールがそう伝えてきた。


「早くないですか? アイラスはまだ10歳ですよ」

「確かに少し早いが、早すぎる事はない。画家を目指す者は、成人前には弟子入りしている。保護区から画家になった者も居るんだよ」


 ロムはまだ納得がいかない顔をしている。反対なのかもしれない。アイラス自身も、少し早いとは思う。

 ロムは一覧を睨みながら口を開いた。


「これ、全部じゃないですよね?」

「君はクロンメルの工房まで把握してるのかい?」

「そんな事はないですけど、ニーナの館の近くにもあった気がするから…」

「あそこはダメだ。以前弟子を手籠めにした事があってね」


 アイラスが知らない単語が出てきた。トールに疑問を投げかけたけど、不快な感情しか返ってこなかった。ロムも渋い顔をしている。あまりいい言葉ではないようだ。


「魔法使いは就職に制限が多いが、画家なら問題ない。アイラス自身も、魔法の才能より絵の才能の方があると思うだろう?」


 確かにそうだ。魔法を使ったのは一度だけで、それも使った直後に魔力が切れて倒れてしまった。あれ以来、怖くて使っていない。

 絵で生きていけたら。想像しただけで、胸が高鳴るのを感じた。


「でも、弟子入りしたら、アイラスは保護区を出ていくんですか?」

「いや、彼女はまだ基礎教育が終わっていないだろう? それを終えるまでは保護区に居る権利がある。その一覧は、保護区から近くて通いやすく、他にも問題が無さそうなところだ」


 ホークは立ち上がり、付け加えるように言った。


「もし行く気になっても一人ではだめだよ。私に言ってくれればついていこう」


 トールが睨んだせいか、さらに付け加えた。


「私でなくとも、ロムに頼んでもいい。彼なら道も知っていよう。街の中でも保護区の外は、多少なりとも危険があるからね」


 そう言って、ホークは帰って行った。




「どうするの?」


 返事ができなかった。正直、アイラスとしては是非行きたかった。でも、画家に弟子入りしたら生活も変わる。言葉もまだ十分じゃない。ロムにも、また迷惑をかけるかもしれない。年齢の他にも、早いと感じる要素はたくさんあった。


「弟子、ナッタラ、ドウナル?」

「う~ん、そうだなぁ。朝に工房に行って、夕方帰ってきて、保護区では寝るだけって感じになるのかな。あ、でも、読み書きの授業がある日は、受けた方がいいよね」


 それは少し寂しい。ロムの歌も、今ほど聴けなくなるかもしれない。考え込んでしまった。


「おぬしら……弟子入りを志願したら、無条件で受け入れてもらえると思っておろう」


 確かにそうだ。そこは絶対とは限らない。まずは自分の実力を見せなくては。


「絵、見セル」

「志願する時に、自分の絵を見てもらうってこと?」

「ウン」

「いいんじゃないかな。今までに描いた絵でもいいと思うけど、キャンバスに描いたのは、持って行くには大きすぎるかな。そこは先生に相談してみたらいいかも」


 アイラスが保護区に来てからの、静かでゆっくりした生活が、変わろうとしていた。

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ