表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
亡国の少年は平凡に暮らしたい  作者: くー
新しい生活
110/233

少年は少年の心を知った(絵有)

 翌朝、いつものように早くに目が覚めた。窓の外は明るくなり始めた頃だった。少し霧が出ている。


 同じ部屋に、トール、ジョージ、コナー、アドル、ザラムが寝ていた。みんなまだよく眠っている。

 使用人も一緒の部屋に寝る事は、普通はあり得ないらしい。でも今は事態が事態だから、みんな同じ部屋に寝る事になっていた。

 ニーナの使用人はほとんど女性なので、女性の寝室の方が混んでいると思う。




「早いね。おはよう」


 唐突に声がして、驚いて振り向いた。気配は感じなかった。

 机についたケヴィンが、手元の本を閉じていた。明かりも付けずに読んでいたのかと驚いた。


「おはようございます。夜通し起きていたんですか?」

「それが仕事だからね。……心配してくれるのかな? 元々夜行性だから平気だよ」

「俺達が寝る時はあなたが守ってくれるけど、あなたが寝る時はどうなってるんですか?」

「寝ると言っても眠りは浅いから、一人でも大丈夫。リサも同じだよ」


 リサというのは、ロムの好きなお菓子をよく作ってくれる猫の使い魔だ。この人はあの狼で合ってるんだろうか。


「あなたは……ええと、狼さん……ですか?」


 何と呼んでいいかわからず、狼という種族名に敬称を付けて言ってしまい、我ながら変だと後悔した。


「そうだよ。この姿は見せた事がなかったね」


 ケヴィンは少し笑いながら答えた。




 なんとなく恥ずかしくて、ロムは話題を変えた。


「何を読んでたんですか?」

「シンの大衆小説だよ」

「えっ」

「精神論が独特で面白いね」

「なんでまた、シンの……?」

「知らないのかい? 今この街では、シンがブームになっているんだよ」

「騎士団では、刀術が流行っているとは聞きましたが……」

「この本はニーナ様がたまたま持っていらっしゃっただけで、書店ではなかなか手に入らないよ」


 ケヴィンが本の表紙をロムに見せた。そこには色とりどりの宝石で着飾った剣士が描かれていて、ロムの知るシンの剣士とはかなり違った。シンには宝石を身に付ける習慣はなかったのだから。

 本の翻訳に関わった人の想像なのかもしれない。




「なんで今頃ブームになってるんでしょうか?」

「そりゃあもちろん、君のせいだよ」

「……え、俺? なんで……?」

「叙任式で君の事が話題になり、そのルーツは何だろうという話になっていたよ。武術大会でも優勝したしね」


 楽しそうにニコニコと笑いながら言われ、なんとなくロムは顔が赤くなった。


「勘弁して下さい……」

「みんな君に憧れているんだよ? 嬉しくはないのかな?」

「俺は、もっと普通に、目立たなく、地味に生きたいです……」

「今更それは難しいんじゃないかなあ……」


 また笑われた。なんだかこの人と話していると、ホークと話しているような気分になる。別に悪い人ではないのだけど、からかわれているような気がする。


 狼の姿しか見てなかった時は、こんな性格だとは思っていなかった。ロムも話しかけた事が何度かあったが、タメ口だったような気がする。今の姿は自分より年上に見えて、なんとなく敬語を使ってしまっていた。




「皇子の寵愛も受けているという噂を聞いていたのだけど、本当だったみたいだね」

「寵愛って……大げさですよ。ただの友達です」

「君にとっては友人の一人かもしれないけれど」


 そう言ってケヴィンは言葉を切った。笑みの消えた顔でじっと見つめてくる。なんだろう。


「皇子……アドル様にとっては、君は初めての、そして唯一の友人なんだよ」

「えっ、でも……アイラスやトールだって……」

「彼らに対する態度と、君に対する態度は違うだろう? 本人は意識して変えているわけではないだろうけどね」


 言われて、昨夜の夕食時を思い出した。アイラスに見せたあの笑顔は、余所行きだったんだろうか。


「第一皇子が亡くなって、彼が王位の第一後継者になり重責もある。眉目秀麗で文武両道、建国王の再来とまで言われているけど、それは努力して身につけたものなんだよ」

「い、意外と苦労してるんですね……」

「城では気の休まる時がないようだね。せめて君の前だけでも、安らかに過ごせるようにしてあげてもいいんじゃないかな」

「気が、休まる……」




 ロムは、今はまだ寝ているアドルの方を見た。


 アドルにとって自分が初めての友達だとしたら、それまで彼は一人だったという事になる。それはかつての自分自身と重なった。


 ロムにとって初めての友達はアイラスとトールだった。彼らにどれほど、すがるような想いを抱いていたかを思い起こした。アドルもそうなんだろうか。


 マイペースでわがままで、いつも明るく笑っている彼の姿は、寂しさの裏返しなのかもしれない。




「俺に……俺なんかに、何かできる事があるでしょうか……」

「そんなに重く考えなくてもいいだろう。ただ、彼の想いを知り、君なりに彼を大切な友人として、接してあげればいいだけだと思うよ」

「はい……」

「そんなに暗い顔しないで。君も読んでみる?」




 ケヴィンから読んでいた本を手渡され、字が見えにくいので窓のそばに移動した。

 そして、みんなが起きるまで少し読んでみた。共通語で書かれたシンの物語は、ロムには少し新鮮に感じられた。

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ