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少年は将来を考えた

 月が変わり、季節は初夏になっていたが、ロムは冒険者ギルドには行かなかった。

 ギルドに通い始めた当初は、将来冒険者になるかと思っていた。でも、魔法使いでもなければ歳と共に能力は衰え、一生続ける事はできないと思う。だとしたら、自分は何を目指せばいいのかわからない。それでも他に出来る事も無いし、惰性で続けていたのだけど、今はアイラスの手伝いもある。だから、ギルドには全く足を運ばなくなっていた。


 秋には13歳になり、最初の面接がある。それまでに何か決めておきたいと思っていたけれど、何も思いつかない。


 もしかしたらと思って、一度ホークに、歌で生きていく事が出来ないか聞いてみた事がある。でも歌をお金にするという事は、自分自身にお金を払って貰う事であり、自分に全く自信がないロムには、到底できそうになかった。


「私は君に歌を学んでほしいと思っていたけれど、それは歌で生きて欲しいと思ったわけではないよ。私の授業に来ている子達だって、音楽家になりたいわけじゃない。親も家族も居ない私達は、ただ、癒しを求めているだけなんだ」


 ロムに対して大分優しくなったホークは、そんな風に言った。

 そういえば、ホークも保護区出身だった。ホークの姓はクロンメル。保護区を正当に出て行った者には、街の名前が姓として与えられる。


「音楽は癒しなんだよ。君が歌う事で、それを聴く人はもちろん、君自身も浄化されるんだ。どんな辛いことがあっても、歌の中では理想の世界を作りだせる」


 浄化という言葉は衝撃だった。自分が浄化される日が来るんだろうか。今は全く想像がつかなかった。




 答えが出ないまま、日々が過ぎていた。何度目か忘れたが、ホークと一緒になった朝食で突然聞かれた。


「ロムは最近、冒険者ギルドには行ってないのかい? 冒険者になるつもりだと思っていたのだが……」

「そのつもりでしたけど……なんだか最近、未来が見えなくて」


 ため息まじりで言うと、ホークは苦笑した。


「君、まだ12だろう? その悩みは早いんじゃないかな」

「でも、今度の誕生日で面接があるし……」

「初めての面接までに将来を決められる子なんて、ほとんどいないよ。君は自分で自分のハードルを上げているね」


 そう言われても、故国で12は大人扱いされていた。身に染み付いた概念は中々変えられない。この国は随分と子供に優しいと思う。


「ランクはいくつだい?」

「Dです」

「低いね。君ならC……いやBも狙えるだろう」

「Cに上がる条件に、討伐依頼の達成があるので……」


 ホークは、意味がわからないという顔をした。詳しく説明するかどうか迷った。アイラスの膝でトールが丸くなっているが、時々耳が動いているので、しっかり聞いていると思う。

 迷いに迷って、重い口を開いた。


「……自分に関係ない命を、報酬のために奪いに行くのが……怖いんです」


 最後は絞り出すように言った。

 ホークが黙ってしまったので、やっぱり言うんじゃなかったと後悔した。臆病と思われたかもしれない。


「……討伐依頼が出されるということは、誰かの命が不当に奪われたり、危険にさらされたという意味だ。誰かが依頼を受けなければ、他の命が失われるかもしれないんだよ」


 侮蔑は込められていなかった。ホークの声は優しく、静かに諭すようだった。

 その理屈は頭では理解できるけれど、気持ちがついていかなかった。うつむいてしまったロムの耳に、ホークのため息が聞こえた。


「私も昔は、冒険者ギルドに通っていたのだよ」


 驚いて顔を上げた。魔法使いで元冒険者。この人は一体どれだけ爪を隠しているんだろう。


「行かなくなったのは、やりたい事が見つかったからですか?」

「そうじゃない。ランクBまで上げたところで、限界が見えてきたんだ。私は何でもそつなくこなせるけれど、秀でた物が無い。人は文武両道と褒めてくれるけどね、器用貧乏なんだよ」


 それは周りの評価が正しくて、本人の謙遜が過ぎる気がする。


「その後、いろんな人に相談してね。ニーナから、私には人に教える力、人を導く力があると教えてもらったんだ。そうして、教師の道を選んだ」


 いつのまにか、トールが起き上がっていた。耳をぴんと立てている。


「ロムはやはり、戦いに秀でていると思うよ。とりあえず上げられるところまで、ランクを上げてみたらどうかな」


 ホークのセリフが止まり、返事を待っているのだとわかったが、何も言えなかった。


「……ランクは資格でもある。別に冒険者にならなくても、得たランクに応じてなれる職も増える。もちろん戦いの能力を生かせるものだ。ギルドに知り合いが居るなら聞いてみるといい。その中に君に適した職があるかもしれない」

「考えてみます……」


 ホークは食事を終えて、立ち上がった。


「働くというのは、何もやりたい事で見つけなきゃいけないわけじゃない。できる事をやったっていい。君のできる事は、何だい?」


 問いには、また答えられなかった。でも彼は、そのまま何も聞かずに去って行ってしまった。静かな水面に投石され、波紋が広がっていくような気がした。




 ロム達も食事を終え、部屋の前まで戻って来た途端、トールが人の姿になった。


「ギルドに行って来たらどうじゃ?」

「え、でも、アイラスは?」

「アイラスも、何か一人でやりたい事があるようじゃぞ」


 えっ、と思ってアイラスを見た。


「習ウ」


 そう言って、手で字を書いたり、本を読んだりする真似をした。


「読み書きの授業を受けたいの?」


 彼女は通じた事が嬉しいようで、ニコニコして頷いた。


「でも一人で大丈夫? トールもついていけないんだよ」

「その事じゃが、アイラスは、わしとは触れ合わなくとも念話ができるようになった。他の魔法使いとは無理じゃがの。繋がりのおかげやもしれん。アイラスに何かあれば、わしはすぐ報せを受ける事ができる」


 自分が居る必要が薄くなった気がして、少し寂しくなった。アイラスが独り立ちできるのだから、良い事のはずなのに。

 そんな事は言えるわけもなく、アイラスは一人で授業へ、ロムは久々にギルドへ行く事になった。




 冒険者ギルドに行くと、受付の女性がニコニコして話しかけてきた。


「お久しぶりですわね」

「ご無沙汰しています。今日は、えっと、依頼を受けに来たわけじゃなくて……」

「はい、聞いていますよ」

「え?」

「今朝、ホークさんがいらっしゃいました。こちらを知りたいのですよね?」


 一枚の紙を渡された。ランク別職業一覧が載っていた。


「ロムが将来について悩んでいるから、相談に乗って欲しいって頼まれたんです」

「……それ、俺に言ってよかったんですか?」

「さあ……どうだったでしょうか……」


 悪びれた様子もなく女性は笑った。ホークのプライドのため、この事は秘密にしておこうと思った。


「近いうちに来ると思うと言われてましたけど、こんなに早く来られるとは思いませんでしたわ」


 ホークに行動を見透かされているようで、少しむずがゆかった。


「人気なのは騎士団関連ですけど、私とホークさんがおすすめするのは、こちらですわね」


 女性が指差した先に書いてあったのは、民間の傭兵組織が運営する、訓練学校の教官だった。必要ランクはBとあった。


「騎士は国の為に戦う兵で、傭兵は自分のために戦う兵です。ロムには、傭兵の方が共感できますよね? それに教官なら、自身の経験があれば、体力が衰えた晩年まで続けられますわ」


 割と鮮明に、未来を想像する事ができた。今までそんな事はなかった。いいかもしれない。


「アイラスでしたかしら? あの子に色々教えて差し上げていると聞きましたわ。教え方もお上手なのだと。実際にやってみないと、向き不向きはわかりませんが、とりあえず目標が必要なら、目指してみても良いと思います」

「でもランクBかぁ……結構高いですね」

「Bに上がる条件の一つに、パーティのリーダー経験がありますからね。ある程度の強さと、指導力を求められているのだと思います」


 自分の年齢を考えたら、リーダーを務めるのは厳しいと思う。とりあえずCを目指すかなと考えた。


「ロムが避けている討伐依頼ですけども……」


 女性が遠慮がちに言った。避けている事は、やっぱりバレていた。


「お一人で不安なようでしたら、誰かと一緒に行っても構いませんのよ? ホークさんとか。可愛い教え子のためですもの。きっと手伝って下さいますわ」

「考えておきます……」


 そう答えてはみたものの、それは最後の手段にしておきたかった。

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