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Dritter Akt: Anmutige und Offene Gegend(第三幕:祝福と解放の地)

挿絵(By みてみん)


ようやく目的地の神戸に着いた二人だったが、互いの仕事が忙しくなり、再会したのは年末のある日の事だった。

アクアとキイツは、人と防災未来センターを訪れていた。

ここでは、1995年1/17の阪神淡路大震災の被害記録や防災についての展示を行っている。

二人が展示を見ていると、賑やかな子供たちの声が聞こえてきた。それを見てキイツが言った。

「小学生の団体も来てるんやな」

「こんな小さな子たちが来るとは、素晴らしいですね」

「そういえば、彼らは、阪神大震災を経験してない世代やな…」

「たとえ残酷な真実を知ることになっても無知でいるよりはましです。小さい時からの防災教育は世界でも行うべきです。私は彼らの中から、未来の防災を担う存在が現れる事を願っています」

そういったアクアの顔は、使命感の炎に燃えているようだった。

「そうやなあ。たとえ辛くても、それで命を救える可能性も上がるやろうし。誰かが語り継いで忘れないようにせんと…」

キイツの表情は何か大切な事を忘れて後悔したようだった。


展示を一通り見て周った後、語り部の話を聞く事になった。アクアが是非聞きたいと言ったからだ。といっても、アクアは簡単な日本語しか分からないから、キイツが通訳をする必要があった。

キイツは無心で通訳を続けて、アクアはそれに熱心に耳を傾けた。二人は互いに顔を合わせられなかった。

もし顔を合わせていたら、キイツの悲しそうな表情とアクアの怒りに満ちた表情の違いに驚いたことだろう。



挿絵(By みてみん)


施設を出たアクアは気分転換も兼ねて地元出身のキイツに神戸案内を頼んだ。キイツが案内したのは三宮駅からほど近い、生田神社だった。

入口の鳥居をくぐり、本社と賽銭箱が見えた。そこでアクアは立ち止まり、謎の装置を取り出して五円玉を放った。その拍子にキイツが驚いて振り返り尋ねた。

「そ…それは?」

「C-4です」

コインは綺麗な放物線を描いて賽銭箱に入った。アクアがその喜びを分かち合おうとした所、何故かキイツは地面に寝転がっていた。

アクアは思った。

私はこのポーズを知っている。確か、ドゲザ(土下座)というものだ。親友が時々やっていた日本における謝罪の表現で、これでも許してもらえない場合は、ハラキリ(腹切り)しなければならなかったはずだ。

だが、何に謝っているのだろう?

「…ドゲザも神社のしきたりなのですか?」

「土下座? いや、アクアが投げた爆弾が爆発すると思って伏せてるんや」

「爆弾?…私が投げたのはコインですが」

もしかして、神社ではコインではなく爆弾を投げなければいけないのだろうか?とアクアは思った。

「…さっき、C-4って言ってたやん… プラスチック爆弾の事やろ? …まさか、アクアはマフィアやったんか?」

キイツは訳が分からない顔をしていた。

「それはこの装置の名前です。正式には、コルプス・クルーチェ製コイン投擲装置(Corpus Cruce-made Coin Catapult)ですが、長いのでC-4と略しています」

キイツはほっとして、土下座の体勢をやめた。

「紛らわしい名前やな。そもそもなんでそんな装置持ってるんや」

「神社で、コインを放物線運動(Parabolic motion)させる為です」

アクアは真面目にそう答えると、奇妙な装置C-4に二つ目のコインをセットして放った。

コインは、賽銭箱までの長い距離を綺麗な放物線を描いて飛翔した。そして、チャリンと音を立てて賽銭箱の中に入った。

「…パラボリック・モーション?やなくて賽銭や。普通はそんなに遠くから投げへん。初詣とかで人多すぎて届かない時ぐらいや」

「そうなのですか? より遠くから投げ入れる事で願いが叶うと、友人が言ってました…。その言葉を信じて親友からもらったコイン投擲装置に改良を施したのですが…」

真面目に悩んでいるアクアの顔を見てキイツは噴き出していた。

「その友人は何かを誤解してる。今度、日本に来たら、正しい日本文化をきっちり教えへんとな」

アクアも笑って頷いたが、どこか悲しげな顔だった事にキイツは気づかなかった。

その時、背後から声を掛けられたからだ。

「それなんなん!」

子供がやってきて、目を輝かせてアクアの手にした道具を見つめていた。子供とキイツは目が合うと互いに驚いた。

「キイツのしりあいなん?」

キイツの知り合いのユキという子供だった。挨拶もおざなりに、コイン投擲装置に興味深々なユキに、アクアは使い方を教えた。

ユキが装置を使って、何度もコインを投擲するもののなかなか入らない様子を見ながら、キイツはアクアに話しかけた。

「それにしても、一発で賽銭箱に入れるとは凄いな」

「簡単な計算で、コインが入るのに適切な力と角度は大まかに決める事が出来ます。


方物線運動の運動方程式より

L = V1 Cosθ・t1(x方向)

0 = V1 Sinθ・t1 -(1/2) gt0^2 (y方向)


L:到達距離 [m]

V1:初速 [m/s]

θ:発射角

t1:到達時間 [s]


が成り立ちます。ここで、y方向の式を到達時間t1について解くと

t1= 2V1 Sinθ/g

これをx方向の式に代入すると距離Lは

L= 2V1^2 Cosθ Sinθ/g

この式を初速V0について解くと

V1=√(gL/2 Cosθ Sinθ) = √(gL/Sin2θ)

ここで、単純化のため、発射角θ=45[deg]とすると、Sin2θ= 1なので、初速V1は

V1=√gL


つまり、到達距離Lさえ分かれば、この初速で投擲することでコインを賽銭箱に入れる事ができます。


実際のこの装置では、バネの力を使ってコインを投擲するので、概算ですが、バネの弾性エネルギーがすべてコインの運動エネルギーに変わったとすると、以下が成り立ちます。

(1/2)mV1^2 = (1/2) kx^2

m:コインの質量[kg]

k:バネ定数[N/m]

x:バネの変位[m]


これをバネの変位xについて解き、V1を代入すると、

x=√(m/k)・V1 =√(mgL/k)


先程の場合は、下記の条件で五円玉を投擲したので、

m=3.75[g] =3.75・10^(-3)[kg]

k=1・10^3 [N/m]

L=25[m]


この条件でバネをどのくらい引っ張ったかというと、

x=30.3・10^(-3)[m]=3.03[cm]

つまり、約3cmほど引っ張れば賽銭箱にコインを入れることができます。



アクアは簡単な放物線運動の原理を説明したが、キイツには訳が分からなかった。

「か、科学ってすごいんやな…」

「ただ、これはシミュレーションにすぎません。実際には風向きや空気抵抗を考える必要があります」

「じゃあ、さっきは運がよかったんか?」

「いえ。事前に東京の神社で練習してコツを掴んだからです」

その返答を聞き、キイツは呆然とした。その時、チャリンと音がして、ユキの歓声が聞こえた。どうやらコインがようやく賽銭箱に入った様だ。

しかし、その声に気付いた周囲に白い目で見られた為、キイツは更に続けようとする二人を止めて、鎮守の森に近い目立たない場所に移動した。落ち着いた所で、改まってユキに尋ねた。

「そういえば、何でユキはここにいるんや?」

「あ、わすれとった!」

そう言って、ユキがキイツに手渡したのは、文庫本のキーツ詩集だった。

「な…なんで、落ちてるんや? カバンに入れとったはずなのに…」

ユキは、キイツのカバンを指さした。

「カバンあきっぱなしやから、落ちたんや」

確かにカバンが開いていた。人と防災未来センターで資料を入れてからずっと気づかなかった。

そういえば、小学生に声を掛けられた気がするが、そういう事だったのか。

ユキは社会科見学で、自分たちと同じく人と防災未来センターに行っていた。その帰り際に、キイツの姿をちらっと見かけた。そこで、この本を拾い、追いかけて来たのだった。キイツに何回か呼びかけたが気付かず、電車では別の車両になったりして見失ってしまい、仕方なく、神社で一休みしようと立ち寄った所で、二人を見つけたのだった。


拾った本の表紙を見ながらユキは言った。

「キイツはししゅう出してたん。すごいな。サインくれる?」

「いやこれは、ジョン・キーツという昔のイギリスの人が書いた詩集や」

ユキは少し残念そうな顔をした。

「何や、キイツさんはジョンのニセモノやったんか」

それは、昔聞いた言葉に似ていてキイツは反射的に答えていた。

「…自分はニセモノかもしれへんな…」


その後、三人でしばらく話した後、ふと、アクアは近くにある謎の飾りに気付いて尋ねた。

「あれは、正月に飾るカドマツですか? もっと直線的だった気がしますが…。なんかクリスマスツリーにも似てる様な…」

アクアが指さした先には、一般的な門松ではなく、緑色の杉の枝が丸くよせられた物があった。

「これは、門松ではなく杉盛りや。この神社では正月に門松やなくてこれを飾るんやで」

キイツは、二人に杉盛りの由来を説明し始めた。

「1200年位前までは、ここにも他の神社と同じく松が植えられていたんや。でも、その頃に起きた洪水で、松は神社への浸水を防げへんかった。それ以来、松は一本も植えられず、門松の代わりに杉盛りを作る様になった。ここでは松は呪われたものなんや。…浪松みたいにね」

松と自分をひっかけた皮肉をいうキイツの目が悲しげで、アクアはとっさに反論していた。

「そんなものは単なる迷信です!」

「そうや。キイツさんがのろわれてるわけない!」

「松が呪われているなんて間違いです。松はローマでは古代から大切にされてきました。ローマの中心近くにも松が生えていますし、神聖なバチカンにも松ぼっくりの噴水があります。それに、松には防風の効果があり、松が災害を防いだ寺社仏閣もあります。更には3.11で残った一本松だってあるじゃないですか!」

キイツは二人の反応に驚いたが、少しだけ微笑んだ。

「ありがとうな。世界の松の代わりにお礼言っとくわ」

キイツはちょっと照れくさくなってそんな皮肉を言った。

「まあ、あなたは一番弱々しい松ですが…」

「ちゃんとオチつけたなあ」




ユキは夕方にハーバーランドで親と待ち合わせをしていたため、三人でメリケンパークを経由してハーバーランドに行く事にした。

途中、メリケン波止場にある震災メモリアルパークでアクアは足を止めていた。そこは、阪神大震災の被害をそのまま残していた。神戸の中心である三宮駅を始め多くの建物が崩壊していたが、今の神戸にその面影はほとんどなく、復興したといえるだろう。

しかし、今は安定している様に見える地面は揺らぎ、穏やかな水はいつか凶暴に襲い掛かるだろう。

その為にも、私は研究をしなければならない。


アクアが決意を新たにした時、キイツが焦ってる様子が目に入った。一緒に居たはずのユキがどこかに行ってしまったのだ。

近くにも見当たらなかったため、二人でユキを探し始めた。波止場や博物館やタワーなどを探したが一向に見つからなかった。

そして、ようやく日が暮れかけた頃、二人はユキをハーバーランドでつかまえた。

黄昏時の神戸湾を眺めていたユキにキイツは尋ねた。

「海見とっておもろい?」


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