表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/56

In the dull catalogue of common things. (ありふれたさえない目録に加えられた)

自分は燃え盛る家の中へと、飛び込むことができなかった。

燃え盛る炎の熱気に怖気づいて動けなかった。


救助隊は間に合わず、クリスの家は燃えつきた。

残っていたのは、ただの物体となったクリスと、詩や俳句を書き込んだ神戸ノートの緑色の焼け焦げた表紙だけ。


虹を見たあの日、クリスが書いた詩はなんだったのだろう。

その詩の続きすら永遠に分からないまま、一つの詩も残らなかった。



…それでも一つだけ、クリスの生きた証が残っているものがあった。

俳句だ。避難所となった小学校に飾ってあったもの。

市の展覧会に展示される予定だったが、震災の影響で中止になったため、学校内に掲示されたままだった。

自分は毎日、クリスの詩の前に立って俳句を呟いていた。忘れない様に。



…それすらも結局は燃やされてしまった。

避難生活が続いたある日、いつも見ていたその俳句がなくなっていた。

それどころか、教室の掲示物が片端から剥がされていて、図工の宿題のオブジェも消えていた。

呆然としていると、誰かが言った。

「ここの掲示物は全部、剥がされたよ。寒いから火をつけて暖を取るために燃やすんだってさ。やはり、理科の先生はすごいなあ。飲み水が足りないといったら、簡単な浄化器を作ってしまうし。これが科学の力ってやつかなあ」

話しながら、展示物をはがしていて、工作に使われていた松ぼっくりが落ちた。

「松ぼっくりは良いって言ってたな。良く燃えるから」


嫌な予感がして、自分は急いで火が焚かれてる所へ向かった。

自分の目に飛び込んできたのは、集めた紙の束が、炎の中で燃えている光景だった。

「それだけは燃やさへんで…」

火を消そうと、傍らに置かれた飲料水を掛けようとした。

「何してるんだ!火を消そうとするな。これは、皆の希望の光なんだ!」

火を消そうとしたその腕を強い力で理科の先生に止められた。

いつもは温厚な先生とは思えないほどの力だった。

それでも、もう片方の手を熱い炎の中に伸ばして、詩を取り戻そうとした。

けれど、その手も無理やり引っ張られた。その拍子に、クリスがつけたミサンガさえ燃え尽きてしまった。



自分の泣きながらの事情を聴いた、避難生活で疲れた理科の先生は苛立った調子で言った。

「避難生活の中で、集団行動の和を乱す例外は許されない。そこは分かってくれ」

自分が言葉を紡ぐ隙すらなく、先生は続けた。

「これらはただの紙切れに過ぎない。だが、燃やす事で人々を暖め照らす事が出来る」

自分は何も反論することができなかった。

「…人は、詩が無くても生きていけるが、火が無くては生きていけないからな」


去り際に呟いたその言葉。きっと先生も、直接言わないだけの配慮はあったのだろう。

だが、それだけに本音がもれていた。

何も言い返せなかった。理性では正しいと分かっていたから。


それが重く響いた。涙が零れ落ちた。何の価値のない涙が。それすらも炎によってすぐに燃え尽きてしまった。



クリスが残した最後の詩は、松ぼっくりと共に燃えた。

燃え盛る炎に巻き込まれて。

自分は、避難所の小学校から飛び出した。

真冬の外は寒かった。震えていた。でも、その日の炎にだけは暖められたくなかった。

クリスが最後に残した作品を燃やした炎にだけは…

その火で暖められた炊き出しのいい匂いが漂い、身体は空腹を訴えていた。


けれど決してその火で暖められた夕食は口にしなかった。

それは、自分キイツにとってのImmortal no dinner(不滅の夕食なし)だった。

キーツのImmortal dinnerとは違って、科学による詩の破壊に賛同してくれるラムもワーズワースもいなかった。

ただ一人、科学が詩を破壊する所を眺める事しかできなかった。


涙をこぼしながら、冬の空を見上げた。あの日見た虹はかかっていなかった。




Unweave a rainbow, as it erewhile made

虹を分解した。かつて

The tender-person’d Lamia melt into a shade.

儚いレイミアを影へと溶かした様に


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ