In the dull catalogue of common things. (ありふれたさえない目録に加えられた)
自分は燃え盛る家の中へと、飛び込むことができなかった。
燃え盛る炎の熱気に怖気づいて動けなかった。
救助隊は間に合わず、クリスの家は燃えつきた。
残っていたのは、ただの物体となったクリスと、詩や俳句を書き込んだ神戸ノートの緑色の焼け焦げた表紙だけ。
虹を見たあの日、クリスが書いた詩はなんだったのだろう。
その詩の続きすら永遠に分からないまま、一つの詩も残らなかった。
…それでも一つだけ、クリスの生きた証が残っているものがあった。
俳句だ。避難所となった小学校に飾ってあったもの。
市の展覧会に展示される予定だったが、震災の影響で中止になったため、学校内に掲示されたままだった。
自分は毎日、クリスの詩の前に立って俳句を呟いていた。忘れない様に。
…それすらも結局は燃やされてしまった。
避難生活が続いたある日、いつも見ていたその俳句がなくなっていた。
それどころか、教室の掲示物が片端から剥がされていて、図工の宿題のオブジェも消えていた。
呆然としていると、誰かが言った。
「ここの掲示物は全部、剥がされたよ。寒いから火をつけて暖を取るために燃やすんだってさ。やはり、理科の先生はすごいなあ。飲み水が足りないといったら、簡単な浄化器を作ってしまうし。これが科学の力ってやつかなあ」
話しながら、展示物をはがしていて、工作に使われていた松ぼっくりが落ちた。
「松ぼっくりは良いって言ってたな。良く燃えるから」
嫌な予感がして、自分は急いで火が焚かれてる所へ向かった。
自分の目に飛び込んできたのは、集めた紙の束が、炎の中で燃えている光景だった。
「それだけは燃やさへんで…」
火を消そうと、傍らに置かれた飲料水を掛けようとした。
「何してるんだ!火を消そうとするな。これは、皆の希望の光なんだ!」
火を消そうとしたその腕を強い力で理科の先生に止められた。
いつもは温厚な先生とは思えないほどの力だった。
それでも、もう片方の手を熱い炎の中に伸ばして、詩を取り戻そうとした。
けれど、その手も無理やり引っ張られた。その拍子に、クリスがつけたミサンガさえ燃え尽きてしまった。
自分の泣きながらの事情を聴いた、避難生活で疲れた理科の先生は苛立った調子で言った。
「避難生活の中で、集団行動の和を乱す例外は許されない。そこは分かってくれ」
自分が言葉を紡ぐ隙すらなく、先生は続けた。
「これらはただの紙切れに過ぎない。だが、燃やす事で人々を暖め照らす事が出来る」
自分は何も反論することができなかった。
「…人は、詩が無くても生きていけるが、火が無くては生きていけないからな」
去り際に呟いたその言葉。きっと先生も、直接言わないだけの配慮はあったのだろう。
だが、それだけに本音がもれていた。
何も言い返せなかった。理性では正しいと分かっていたから。
それが重く響いた。涙が零れ落ちた。何の価値のない涙が。それすらも炎によってすぐに燃え尽きてしまった。
クリスが残した最後の詩は、松ぼっくりと共に燃えた。
燃え盛る炎に巻き込まれて。
自分は、避難所の小学校から飛び出した。
真冬の外は寒かった。震えていた。でも、その日の炎にだけは暖められたくなかった。
クリスが最後に残した作品を燃やした炎にだけは…
その火で暖められた炊き出しのいい匂いが漂い、身体は空腹を訴えていた。
けれど決してその火で暖められた夕食は口にしなかった。
それは、自分にとってのImmortal no dinner(不滅の夕食なし)だった。
キーツのImmortal dinnerとは違って、科学による詩の破壊に賛同してくれるラムもワーズワースもいなかった。
ただ一人、科学が詩を破壊する所を眺める事しかできなかった。
涙をこぼしながら、冬の空を見上げた。あの日見た虹はかかっていなかった。
Unweave a rainbow, as it erewhile made
虹を分解した。かつて
The tender-person’d Lamia melt into a shade.
儚いレイミアを影へと溶かした様に




