We know her woof, her texture; she is given (今や、その横糸と織地は知られ、虹は)
冬休みが終わって学校が始まり、宿題を提出して一週間ほど経った。
その日、クリスの俳句が優秀賞に選ばれ、自分が描いた絵も入選した為、市の展覧会に二人の作品が出展される事が決まった。
あの虹の日が、二人だけの大切な思い出になった。
そんな希望に満ちた学校への帰り道、クリスがリズムよく詩を呟いた。
Tyger! Tyger! burning bright
虎よ! 虎よ! 燦々と輝く
In the forests of the night,
夜の森に
What immortal hand or eye
いかなる不滅の手か眼が
Could frame thy fearful symmetry?
お前の恐ろしい対称性を造ったのか?
「なんやそれ、阪神タイガースの新しいおうえん歌か?」
自分は六甲おろしのリズムにあわせて、さっきの詩を歌ってみた。
「輝く我が名ぞ 阪神タイガース! オウ オウ オウオウ! バーニング・ブライト!
イン ザ フォレスツ オブ ザ ナイト!」
「違うわ! タイガースのおうえん歌やない! ウィリアム・ブレイクの詩や! 変なリズムつけるな!」
「ウィリアム・ブレイクって、オマリーみたいな新しい助っ人外国人か? オマリーみたいな歌い方なん?」
今度はオマリー風の抑揚をつけて歌った。
そのあまりにも凄い(awful)歌い方の前に、クリスも笑っていた。
「野球は関係ない! ウイリアム・ブレイクも、本物のキーツと同じロマン主義の詩人や。この人は、詩だけじゃなくて絵も上手かったんやって…」
クリスが見せたノートには、英語の詩と共に、オマリーの歌にも匹敵する芸術的な虎らしき怪物の絵が描かれていた。
このおぞましい虎がタイガースのマスコットになったら、自分はファンを辞めるだろう。
一体どんな眼と手が、この恐ろしく非対称性の絵を描いたのだろう。
「…はあ、クリスは相変わらず絵が下手やな…」
いつも通り下手な絵を見て、自分は笑ってしまった。クリスは、ふくれっ面で提案した。
「…絵は苦手なん知ってるくせに…なら、キイツがトラをかいてや!」
自分は、スラスラとトラの絵を描いた。
膨れてたクリスだったが、自分の描いた簡潔ながらも立派な虎の絵を見て笑顔になった。
「やっぱキイツは絵だけは上手いなあ…そうや! ちょっと絵を書いてくれへん? プレゼントをあげたい人がいるんや」
「ええけど、誰にあげるんや?」
「Aquaちゃん」
「アクマ(悪魔)ちゃんにあげる? クリス、絵が上手くなるために、悪魔に魂を売るつもりなんか! 悪魔に魂なんか売ったらダメや。確かにクリスの絵は下手というか不気味やけど…、 …が、がんばれば上手くなれる… いや、神か悪魔の力じゃなきゃ治りそうもなくても、下手でもええんや。……わ、笑いは取れるで…」
「何や、全くフォローになってないやん。悪魔ちゃんじゃなくて、アクアちゃんや! この前生まれたしんせきの子や! 天使の様に可愛いのに、キイツの方がよっぽど悪魔や!」
「え、しんせきのアクアちゃんやって。悪魔じゃないんか。すまん、英語は苦手なんや」
「夏にイタリア行く時に、アクアちゃんに何かプレゼントをあげたいんや」
「…協力したる。クリスの絵じゃ、アクマ…アクアちゃんも泣いてまうからな」
「そういえば、この前ローマに行ったんや。そこで、キーツの墓にも行ったんや」
「え、自分もう死んでたん! 幽霊やったんか?」
「いて! なんで足をふむんや!」
クリスに足を踏まれた。
「キイツは足があるから幽霊やない。ジョン・キーツの方の墓や」
「え、あの栗好きの?」
「栗好きじゃなくて、マロン主義やなくて…ロマン主義の詩人や。ちょうど、キーツの墓の目の前にベンチがあって、お父さんといっしょに座って、キーツの詩を読んだんや。…そうや、今度行ったら、二人で一緒に座ろう!」
「イタリアか。行ってみたいな。スパゲッティ食べ放題かな…」
「いや、アクアちゃんも座って、三人で見るんや」
「ええ…詩なんか聞くんか。ジェラート食べながらでもいいか」
「ええで。パスタもジェラートも食べ放題や。春になったら、互いに絵と詩を見せ合って、それをアクアちゃんにあげるんや」
「なんか、一緒に墓が並んでたジョン・キーツと画家のセヴァ―ンみたいでええなあ」
「…こっちのキイツは、詩の才能ないけど」
「なんや、絵の才能ないクリスにいわれたくないわ」
「そうや! ウィリアム・ブレイクみたいに、キイツの絵と私の詩を一緒にしたら、ええんちゃう? 将来二人で一人の作家になるんや」
それは、子供らしい無邪気な夢。でもとても大切な夢だった。
「ええな。作家になって、二人でガッポガッポ儲けるんや!」
自分は照れ隠しに、そんな事を言ってしまったが、本当はお金なんてどうでもよかった。
「…キイツは、セコイなあ」
「でも、ゼニがなきゃ食う事もできへんで…」
「…じゃあ、アクアちゃんは、うちらの最初のパトロンになるんや」
その時、クリスは何かを思いついたらしく笑顔を浮かべた。
「せや、キイツ、手出して」
「なんや。アメちゃんくれるんか」
「違うわ。もっと大切なものや」
差し出した自分の手首に、クリスは糸を巻き始めた。
「これは、ミサンガやな。Jリーグの選手が着けてた奴や!」
「イタリアは準優勝やったけどな」
「く、ドーハの悲劇さえなければ、イタリアなんか負かしてたはずや」
ミサンガを巻き終えたクリスは自らの手首を見せた。
「お揃い。詩人と絵描きのコンビとしてかつやくする夢をかなえるんや。夢が叶うまで外しちゃダメやからな」
「なんで、日本人の自分がイタリアの国旗の色のミサンガつけないといけないんや」
「…白と赤は、日本の国旗にもあるやん!」
「…なるほど。なら、緑は何や?」
「み、ミドリは…… 浪松の松の色や… 」
少し困ったように告げるクリスの後ろで松は冬の中でも緑の葉を茂らせていた。
「…せやな。まあつけといてやる。というかキツく結ばれてて外れへんし。クリスの呪いみたいや…」
恥ずかしくて自分はそんな事を言ってしまった。
「はあ、キイツは全然ロマンがないなあ…」
クリスと約束を交わして、自分は家に帰った。
本当はすごくうれしかった。
恥ずかしくて、なぜ、その手を握れなかったのかと後悔した。
だが春は来なかった。沈黙の春だった。
家に帰った自分は、クリスの提案が嬉しくて夜遅くまで絵を描き続けた。
寒くて目が覚めた。どうやら、絵を描いてる途中に寝てたらしい。
自分の絵に、クリスの詩がつくところを想像して嬉しくなって、もう少し頑張ってから寝ようと思った。
その時、地面が揺れた。大きな地震だった。勉強机で絵を書いた自分は、とっさに机の下に隠れた。その直後、ベッドの上に天井が落ちてきた。もし、寝ていたら今頃死んでいただろう。
揺れが収まってから、家族が無事な事を確かめた。
自分は、床に落ちた描きかけの松の絵を見た。嫌な予感がして、玄関から飛び出した。周りの家が崩れていた。火が出ている家もあった。自分はクリスの家に急いで向かった。
クリスの家は燃えていた。
自分は、燃え盛る家の中へと
・飛び込んだ。
・飛び込む事ができなかった。




