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Do not all charms fly(魅力の全てが飛び去らないだろうか)

汝が手に取ったのは

・ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ 『色彩論』


Geh weg! Laplacescher Damon!

去れ! ラプラスの魔よ!

Gib mir dichtung zur loben die Natur im austausch fur meine seele.

魂と引き換えに”自然”を讃える詩を



モーツァルト『夜の女王のアリア1』の調べに乗せて、キイツは歌う。


O zittre nicht, mein lieber Sohn!

怖れないでね、かわいい子!

Du bist unschuldig, weise, fromm

無邪気で、かしこく、素直な子。

Ein Jüngling, so wie du, vermag am besten,

あなたみたいな若い子が、深く悩める我が心

Dies tief betrübte Mutterherz zu trösten.

きっと癒してくれましょう。


Zum Leiden bin ich auserkohren;

私は悩みでいっぱいよ。

Denn meine Tochter fehlet mir,

なぜなら我が子は失われ

Durch sie ging all mein Glück verloren -

あらゆる幸福が消え去った

Wissenschaft,Wissenschaftentfloh mit ihr.

科学は、科学は、逃げ去った。



Noch seh' ich ihr Zittern

まだ目の前に見えるよう

Mit bangem Erschüttern,

あの子が、ぶるぶる、おろおろと

Ihr ängstliches Beben

不安に満ちて打ち震え

Ihr schüchternes Leben.

おずおずしてるあの姿。

Ich musste sie mir rauben sehen,

さらわれるのを見るなんて。

Ach helft! war alles was sie sprach

ああ、助けて! それだけが、あの子に言える精一杯。


Allein vergebens war ihr Flehen,

私の願いは届かない。

Denn meine Hulfe war zu schwach.

あまりに無力で。


Du wirst sie zu befreyen gehen,

あの子を助けに行くのなら

Du wirst der Tochter Retter seyn.

あなたは、あの子の恩人よ。

Und werd ich dich als Sieger sehen,

勝利をその手につかむなら

So sei sie dann auf ewig dein.

あの子は、ずっとあなたのそばに。






20XX/2/XX Kobe, Hyogo, Japan



I weep for Adonais--he is dead!

自分はアドネイスの為に泣く。彼は死んだ!

Oh, weep for Adonais! though our tears

アドネイスの為に、泣け! たとえ涙が

Thaw not the frost which binds so dear a head!

懐かしい頭をとざす霜を溶かせなくても

And thou, sad Hour, selected from all years

全ての年月から選ばれた、悲しい時よ

To mourn our loss, rouse thy obscure compeers,

我らの損失を弔う為、お前の隠れた仲間を呼び起こし

And teach them thine own sorrow, say: "With me

その悲しみを告げよ。「自分と共に

Died Adonais; till the Future dares

アドネイスは死んだ。未来が望まぬ限り

Forget the Past, his fate and fame shall be

過去を忘れる事を。 彼の運命と名声は

An echo and a light unto eternity!"

木霊や光として永遠に伝わるであろう!」


"Adonaïs: An Elegy on the Death of John Keats, Author of Endymion, Hyperion, etc"

Percy Bysshe Shelley

『アドネイス:エンディミオン、ハイペリオン他の著者ジョン・キーツの死に対する哀歌』 

パーシー・ビッシュ・シェリー




浪松希為津ナミマツ・キイツは独りだった。

独りではなかった事を示す絆は、遠い昔に奪われた。

憎き科学の手によって。


詩の朗読を終えた自分は、教会のイエス像の前に花を供えると祈りをささげた。

自分は、科学が嫌いだ。

科学は虹を破壊したから。君との絆を引き裂いたから。


自分は、君が消えてからずっと科学を憎んでいた。

社会に科学者が必要な事は理解していても、心の奥底では彼らの事が嫌いで認める事が出来なかった。

科学とも科学者とも距離を取っていた。


だから、広村堤防で、ゲーテの『ファウスト』を見つけた時は、意外な共通点を見つけたと思って、嬉しかった。

それで、ついいつも思っている事が口に出てしまった。

自分が大嫌いなニュートンでも、科学者が尊敬している事ぐらいは知っていたのに。

その時のアクアはとても冷たい目をしていた。いや、本当は復讐の炎に燃えていたのかもしれない。


アクアとの出会いは最悪だったけれど、アクアとの旅は面白かった。

日本文化の事は誤解してる点もあったが、西洋文学には詳しかった。科学者というのは、文学には関心がないのかと思っていたが少し違った様だ。

それから、少しずつ距離を縮められたと思った。

アクアは、冷酷な様に見えても、本当は心ある科学者だと思った。

あの時の科学者とは違う。

話していく内に、共通点があると思える様になったから、アクアの科学者としての見方も理解しようとした。

きっと、分かり合えると思った。最初はギクシャクしていた旅も、神戸に着いた頃には、楽しい旅へと変わっていた。



けれど…

「ジョン・キーツは水に流され溺れれば良かったんですよ。科学の妨げにしかならない詩なんか残さずに」

キーツの墓碑銘を見た時のアクアの言葉だけは許せなかった。

受け入れる事が出来なかった。

君と同じ青い瞳で、青空より広い希望ではなく、深海よりも深い絶望を語っていたから。

キーツを、詩を否定しまったら、君の生きた証が燃えつきてしまうから。



自分は墓標に、アドニス(アネモネ)を捧げた。

詩人の花を咲かせずに散った青葉に向けて。

青空を見上げたが、あの時の様な虹はかかっていなかった。

散った青葉は、アドニスやイエスの様に復活する事はない。自分が幾度それを願っても。

花を捧げられた墓には、複数並んだ中に、ある一つの名前が記されていた。


青葉 栗須 1995年1月17日 没

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