LexⅡ:Motus(第二法則:運動)
あの時、私が異なる選択をしていれば、二人とも救われる解もあったのではないか?
黒いボタンを押していたら?……二人とも死んでいた。
コルプスを無視していたら?……二人とも死んでいた。
心臓を突き刺していたら?……二人とも死んでいた。
後数分、いや30秒でも気づくのが早かったら?……コルプスは救えない。今と変わらない。
抵抗力は、ニュートンの粘性抵抗で良いのか? 慣性抵抗も考慮すれば……変わらない。
当日の周辺の水温は何度だった? 温度が変化すれば、僅かだが、密度や粘度が変化するが……変わらない。
海流の影響も考えなければ。海流にナビエ・ストークス方程式を当てはめると……変わらない。
待った。そもそもこれは三次近似でしかない。更に摂動項を増やせば……変わらない。
何故、誤差が伝播しない? 今までは、物理法則の調和を乱す、苛立しい誤差を今では切望している。
丸め誤差を考慮すれば……エウレーカ! バタフライ効果が起きた! あなたを救えた可能性が存在した!
久しぶりに落ち着いた気分でカレンダーを眺めた。
あの時から、かなりの日数が経っていた。だが、私の主観的な時間はあの時から僅かしか変化していない。
流石に長時間没頭しすぎて疲れた。少し休もう。
私は、コップに水を注いだ。コップには半分ほど水が入っている。
まだ半分も水がある。そう思いながら、私は眠りについた。
悪夢にうなされて目が覚めた。あるパラメーターに間違った数値を入力したというものだ。
私はそれを否定するために、昨日の計算の確認を始めた。
それが間違いだった。バタフライ効果が起きたのは、入力間違いに過ぎなかった。
正しいパラメーターによる再計算では、あなたを救える解は存在しなかった。
昨日そのまま放置したコップが目に入った。コップが半分空になっていた。
変わらない……変わらない……変わらない……不変……運動量とエネルギーの保存……変わらない……不変……
ラグランジアンLが一定……変わらない……不変……
ハミルトニアンHが一定……変わらない……不変……ネーターの定理……変わらない……不変
lim (t->∞)∇×T(hinking)=0
ひたすら思考をぐるぐると回し続けたが、ついに停止した。
確かに様々な可能性があった。しかし始まりと終わりは変わらない。
退けられたはずのラプラスの悪魔が、未だに存在する。
Alea jacta est
賽は投げられた
あなたを殺した水(aqua)と私(Aqua) 小文字と大文字、どちらも憎い。
ファウストが望んだ様に、全ての海洋を埋め尽くしたい。
過程が重要? 第一原因は”自然”現象。土台を揺すっても変わらない。勝手に土台は揺れるというのに。
No amount of sympathy for you could alter the second law
多量のあなたへの同情も、あの第二法則を変える事は出来ない
無力だ。そもそも私は、あの時に選んだのだった。法則にひれ伏すことを。
そしてあなたはそれに服従しないことを。
変わらない事を考えるのは非合理だ。もう諦めよう。




