ある日の放課後
「……頭なでなでしてくれる彼氏が欲しい」
放課後。学級日誌を書いていた私の前で、お菓子を食べながら私を待っていた親友がぼそりと呟いた。
「……どしたの急に」
顔を上げず、手も止めずにそれだけ返す。
「だから。頭なでなでしてくれる彼氏が欲しい」
そう不満を漏らす親友、ミズキには少し前に彼氏ができたところである。
「彼氏いるじゃん、してもらえば」
贅沢な悩みだ。彼氏がいるだけでもいいじゃないか。
そんな不満私に言わずに彼氏に言え。
すると突然思いっきり机に突っ伏した。
勢い余りすぎてゴンッ!とおでこをぶつけながら。
「してくれないのー!頭なでなでどころか手すらつないでくれないのー!」
うわぁんと泣き出したミズキをチラ見してため息をつく。
あぁ。始まってしまった。いつもの愚痴が。
こうなるとミズキはめんどくさい。
何がめんどくさいって、とにかくめんどくさい。
女子特有のめんどくささである。
というかすごい音がしたけど大丈夫なのか。
「これまたすごい草食男子だねぇ。ところでおでこ大丈夫?」
「ヘタレにも程があるよね!?ありえない!なんであんなヘタレなの!?」
私の心配は無用だったようだ。いや興奮して忘れてるだけか。
「そのありえないヘタレを『かっこいぃ~♡』って言ってたのはどこのどいつよ」
「うっ……」
「告白してOKしてもらって『付き合うことになったの~♡』ってデレてたのは誰だったっけ?」
「………」
言い返す言葉が見つからないらしい。黙りこくってしまった。
「文句言わないの」
「だって~」
動かしていた手を止め、ゆっくり顔を上げる。
ミズキと目を合わせると、最大限の笑顔。
「も・ん・く・い・わ・な・い・♡」
「怖いよ……」
怖い?こんなに笑顔なのに?
怯えているミズキを前に笑顔のまま早口で言葉を並べる。
「彼氏いるだけでもいいじゃない。私なんて彼氏いない歴=年齢なわけで顔はいいのに性格がねー、って言われてこれが私なのよどーしろっていうのよ!?ねぇ!?」
「だから怖いってば!!」
気が付くとすぐ目の前に怯えるミズキの顔があった。
いつの間にか思いきり前のめりになってしまっていたらしい。
落ち着け落ち着け。こんなのだから彼氏ができないんだ。
「…とにかく」
「あ、一瞬で冷静にn」
ミズキの言葉が途切れる。
「ごめんなさいお菓子あげるから睨まないで機嫌直してーっ!!」
おっといけない。無意識に睨んでいたようだ。
差し出されたチョコレート菓子を一つ摘み、口に放り込む。
そのまま言いかけていた言葉を続ける。
「彼氏いるだけでも幸せなんだから、文句ばっかり言わないの」
「(お菓子で機嫌直るんだ…)」
ミズキが何か失礼なことを考えてる気がするが気にしないでおいてあげよう。
私は今非常に機嫌が良いのだ。このお菓子美味しいな。
「それにしても」
チョコレート菓子をもう一つつまみながら、私は続ける。
「そのヘタレっぷりはちょっとねぇ……」
「でしょー?無理やり手握ったことはあるんだけどねぇ…」
おぉっと意外と大胆。告白する!って宣言してから実行までに1年以上かけてた奥手だったのに。
歯切れの悪い言い方が少し気になるが。
「ゆでダコみたいに顔真っ赤にして逃げて、それから一週間まともに話せなかった」
「まじでか…」
「まじです」
思わず大きくため息をついてしまった。
確かにミズキの彼氏は女慣れしているタイプではない。ガリ勉、とまではいかないが勉強ができる、大人しい奴である。
「顔はいいのにそれか…。ひどいな」
「頭も性格もめちゃくちゃいいんだけどねー」
はぁ、とまたため息をつく。今度は2人揃って。
ミズキの最初の発言の意味がよく分かった。なるほど愚痴を言いたくもなる。
その愚痴に毎度付き合わされる私の身にもなってほしいけれど。というか学級日誌書くのを邪魔されている気がする。もう書き終えたけど。
「よし!」
何かを考えていたミズキが勢いよく立ち上がる。
嫌な予感。
「彼と手をつなごう大作戦!やるよ!」
「ほー頑張れー」
「何言ってんのアンタもやるの」
「はぁ!?」
ほらこうなる。
こうなったら逃げられない、ミズキが満足するまで私は付き合わされるのだ。
「対策会議はこれから駅前のカフェにて!よーし行くよ!」
「いやーまだ学級日誌書けてないし……」
「見え見えの嘘吐かないの、ほらほらカプチーノ奢ってあげるから」
「やだよめんどくさい!」
「そーんーなーこーとーいーわーずーにー!」
ものすごい力で腕を引っ張られる。
痛い痛い!この細腕のどこからそんな力が出るんだ!
「分かった行くから!引っ張んな!抜ける!!腕が抜ける!!」
その言葉に満足したのか、引っ張るのをやめてくれた。
引っ張るのだけは。
「…あのさ」
「ん?」
「腕、離してくれない?」
がっしりと両手で腕を掴まれたままでは、帰る準備もできない。
「だって逃げる…」
「逃げないから!!」
逃げたところで追いかけまわされるだけだ。
さらに面倒なことになるだけじゃないか。
「そういえばさ、さっきからおでこ痛いんだけど、どっかぶつけたっけ?」
本当に気がついてなかったらしい。あれだけいい音がしたのに。
「……まぁいっか!そんなこと今はどうでもいいの!ほら早く行くよ!」
「はいはい、仰せのままに」
さて、このわがままに何週間、いや何ヶ月付き合わされるのだろうか。
手くらい早く繋いでやってくれよ、と心の中で願いつつ、ミズキにグイグイ腕を引っ張られ、学校を出る。
この後、ミズキが彼氏と手を繋ぎ、頭を撫でてもらえるようになるまで、私が振り回され続けたことは言うまでもないことである。
拙い文章を最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
御調 夏生