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解答篇


「ヒントは、図らずとも僕が自分で口にした言葉にあった。すなわち、店の店名である『NANAKO』にこそすべての謎を解く手がかりが集約されていたのさ」

「もったいぶらずに早く言えって」

 蒲生は焦れたように貧乏揺すりを始める。碓氷は湯のみの緑茶をゆっくり十秒かけて飲み干した。

「まあ、そう焦らないで。まず、『春夏冬中』の文字をよく見てみるんだ。確かにこの文字の中にはひとつ抜けているものがある。そう、秋の季節だ」

「んなこと、最初から何度も繰り返し言っているだろ」

「そうだ。何度も繰り返したように、やはりこの言葉は秋が抜けていることが重要だったんだよ。では、秋がない『春夏冬中』をいかに解読すべきか。次に、言葉の中に残された季節を数字に置き換えてみよう」

「数字に置き換える?」

「たとえば、春は暦上では三月から五月に当たる。これはいわゆる新暦、または太陽暦と呼ばれる暦の数え方だね。この新暦に則っると、夏は六月から八月。秋は九月から十一月だけど『春夏冬』にはないからすっ飛ばして、冬は十二月から二月」

「しかし、それに置き換えたところで何が分かるっていうんだ」

「最後まで聞けって。置き換えた後に重要になってくるのが、この『中』だ。『中』とは一体どういう意味だと思う?」

「『中』は、文字通りに捉えればそのままだが、この場合はどうなるんだ。中、中――春夏冬の真ん中とか」

「そう! まさしくその通り。これは文字のままで『春と夏と冬の真ん中』という意味だったんだ」

「いや、だったんだと言われたって。春と夏と冬の真ん中ってどういうことだよ」

「ここで使うのが、さっき置き換えた数字なのさ。いいか、よく見てろよ」

 碓氷はシャツの胸ポケットからボールペンを抜き取り、手近にあった紙ナプキンを広げる。

「春が三から五、夏が六から八、冬が十二から二、と」

 蚯蚓が這うような文字で書かれたのは、アラビア数字の羅列である。



    3 4 5 6 7 8 12 1 2



「で、この真ん中に位置するものは?」

 人を小馬鹿にしたような笑みを見せる碓氷から、蒲生は強引にペンを奪い取ると数字の列に丸を加えた。



    3 4 5 6 ⑦ 8 12 1 2



「この数字の列の真ん中にあるのは、当然七だな」

 紙ナプキンを見下ろしていた蒲生は、はっと息を呑む。

「七――()()?」

「そう! 『春夏冬中』の札は七、すなわち『ナナ』を表していたのさ」

 指をパチンと鳴らし、碓氷は嬉々とした声を発した。

「そして、蒲生が言っていた『春夏冬中』の下に掲げていた『WELCOME』の札とあわせてみると?」

「『ナナ』『WELCOME』。()()()()()()()

「WELCOMEは『おかえり』って訳してみてよ」

「ナナ、おかえり」

 蒲生は声にたっぷり余韻を含めて呟く。碓氷は今度こそ、満足そうに鼻から息を吐き出した。

「ナナコさんが一体誰のことだか分からないけど、『春夏冬中』の札が掛かっていた日はきっと、ナナコさんと店主にとって特別な日だった。店なんて開けている場合じゃないくらいにね。店の表に掛けられていた札は、不特定多数の客のためじゃない。たった一人の愛しいナナコさんに向けての、店主なりの不器用な愛情表現だったのかもしれないな」

 蒲生は何も言わないまま、鶏飯と茶碗蒸しが乗せられたトレイを碓氷の前に戻す。当然ながら、鶏飯も茶碗蒸しもすっかり冷めてしまっていた。だが、碓氷はまるで作り立ての料理を味わうかのように、冷たい茶碗蒸しをじっくり口の中で堪能した。

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