暗中乖離
いつから私がここにいるのか。
いつまで私がここにいるのか。
その一切がわからない。
小さな私の疑問など、ここでは些事でしかないのだから。
しかし、私は曲がりなりにも人間である。お世辞にも上質とは言い難いが、至って平均的な脳を持っていることくらいは自負している。
よって私は、頭蓋骨に守られぷかぷかと浮いているそれを腐らせないように、もう1人の自分と会話をするしかなかった。
「やあ、おはよう、君」
「おはよう」
「唐突にすまないが、君、ここがどこだかわかるかい?」
「わかりはしないさ。君がわからないというのに、私がどうわかるというのさ」
最もだ。ともあれこの答えは予測していた。なぜなら、この会話は一度頭の中で想定した文章を口頭で述べているのに他ならないからだ。
いつかの私から見れば、これは無意味なことだろう。この暗闇に落ちる前の私はきっと今の私を見て、あまりの滑稽さに嘲笑するだろう。
いや、そんな愚かなものを見るよりは、いかに単位を取るか、いかに社会に飛び立った時に自分がどう生きるかを考えていることだろう。
ところがどうだ。ここには私を照らしていた太陽も月もない。あるのは私と暗闇だけだ。
「なあ、君、これは無意味なことだろうか」
「さあ、わかりはしない。ところで君、どうしてこんな寂しい場所にいるのさ」
「・・・なぜだろう。ただ、ここに来る前は、酷く疲れていた」
「それはなぜだい?」
「わかりはしない。とにかく、ぼんやりとした重たいものが、私1人の背にどっしりと乗っていた」
「ほう。君には仲間がいただろう。相談しなかったのか」
「理解されなかった」
「○○君は?」
「彼は『君1人が持っているものではないから、そう騒ぐな』と私を叩いた」
「それは痛かったろう」
「・・・どうだったろうか」
闇の中、私は1人そんな会話をした。そういえば、彼は以前、面白い話を私にしていたことを思い出した。
「ねえ、君、君は自己証明を1人でできると思うかい?」
「君は何を言っているんだ。自己というのは、自分の経験や意識で形成される代物だろう? それを証明するのには、自分以外に誰がいるって言うんだ」
「それでは根拠がないだろう。その理論で自己証明を行うのは、まるで文献を使わずに書かれた大学生のレポートのようなものだ。証明には根拠がいる」
「・・・つまり、君は自分という存在は他者がいなくては確立できないといいたいんだね」
「ああ。そうさ。でもこれは私を叩いた彼の受け売りだ。今考えれば、私は私という存在を保つために、こうして会話しているのかもしれないな」
すると、次の瞬間、恐ろしいことが起きた。暗闇の中、私が笑ったのだ。
これは想定していない。私は笑うことなど考えていない。
では、声高々と笑う暗闇は、何者なるや。
「では君、その論説で行くならば、私の存在は今ここで証明されたというわけだ。だって君は、私を、僕を認めているだろう? 君という文献を使って、僕が証明されたわけだ!」
声は私から離れ、光のある方へと消えていく。私は暗中から逃げられない。
待ってほしい。私の証明は、一体誰がするというのだろう。
私という乖離された存在は、どうなってしまうのだろう。
産まれたての私は私を暗闇に切り捨てると、意気揚々と光の中へ歩き始めた。
いつから私がここにいるのか。いつまで私がここにいるのか。
その一切がわからない。
小さな私の疑問など、ここでは些事でしかないのだから。