02 大きなケモノ
大きな影が月を遮って現れた。
微かに見えていたものですら見えない。そんな事すら思ってしまうような大きな影だった。
私の目の前にいた獣はいつの間にかいなくなっていた。
代わりに現れたのは大きなケモノ。
人の倍ほどの巨体があり、端切れのような皮を下げ、見た目はオークとでもいうような風だ。
ケモノは私に群がる獣を咆哮をあげながら潰していた。
巨体から繰り出される拳は一発で獣の頭蓋を潰し。
大木という程の野太い足は何体もの獣を吹き飛ばし。
咆哮は空気を引き裂いて雷鳴の如く。
月下の影は私の目に映り込む唯一で。
こんな、つい今しがたまで終わりを感じていたのに、今度現れた”終わり”は。
「で、……じょぅ……げ……?」
私の”これから”を攫っていった。
はく、と口が動く。
終わりを感じてした体は半分死んででもいたのか、上手く体が動かない。
それに気付けば呼吸も辛くて体が無意味に丸まった。
今はそんな事をしている時ではないのに。
このケモノさんに私はお返事をしたいのに。
体が充分に動かない。これでは大きなケモノさんがいなくなってしまうかもしれない。
焦れば焦るほど体がうまく動かなくて、こんな事は初めてで私は混乱する。
ケモノさん、ケモノさん。
鼓動が大きくなっていく。ケモノさん。呼吸が辛い。ケモノさん。
待って、まって、まって……――。
目が開いたら穴の中だった。
どうして穴の中にいるんだろう。
私は大きなケモノさんとお話ししようと思っていたのに……。
大きなケモノさんはどこだろう。
大きなケモノさん。
大きなケモノさんはどこ?
会って何をしようというわけではない。だけど大きなケモノさんに会いたくて会いたくて私は穴倉を這い上る。
薄暗い光が一方から見えていた。きっとあそこがお外。
どうしてか軋む体は必然に呼吸を辛くして、体力の無い私はすぐに疲れて、力の無い体はすぐに限界を訴える。
それでも外に出たかった。出ればきっと何かある気がして、外を目指した。
「……ハ、……ぅ、ハ……、ふ、ハ……」
光が近くなる。
小さな穴だ。小さな穴からは頭一つ分しか出せそうになかった。
穴の外に向かって顔を突っ込んだ。
なんだか景色が白っぽいと思って、気づいた。
朝によくある景色だ。
つまり今は朝。
私はこの穴の中で寝ていたらしい。
そう考えると、どうやらこの穴にはあの獣達がこないのかもしれない。
それにしてもどうして私は穴の中にいたのだろう。
よくわからないけど、今も生きている事に私はあの大きなケモノさんに感謝した。
「ぁりがとぅ……」
出られないこの穴の中で、私は感謝をして眠りについた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
大きなケモノは目の前で気を失ったモノを見つめた。
かすかな記憶にある母と呼ばれるモノ、父と呼ばれるモノに似た生き物だ。
きっとコレは自分と同じイキモノ。
大きなケモノは考えた。
考えたけれど大きなケモノはよくわからなかった。
ただ、きっとこのイキモノは自分が守らなければいなくなってしまうだろうとわかった。
イキモノをつまんで持ち上げる。自分よりよほど小さく、細く、それこそ枯れ木のように脆そうだ。
大きなケモノは両手ですっぽりとそれを包んで持っていく。
自分の住処。これまで生きてきた縄張りの中。
持っていくと今度は不安になった。
自分が少し動けば潰してしまう。
大きなケモノは寝て起きると寝た時とは別の場所にいる事が多い。
また大きなケモノは考えた。
しかし大きなケモノはよくわからなかった。
なのでこの小さなモノを別の場所に置こうと動いた。
なにやら名案のような気がして、大きなケモノはその通りに行動した。
大きなケモノは自分の知っている巣になりえそうな場所を思い出した。
思い出してそこを掘った。
大きなケモノはそこに小さなモノを入れた。
小さなモノは寝たまま起きない。
大きなケモノは自分の住処と同じように出口を少しの穴を作って埋めた。
大きなケモノにとっては脆い土くれ。
しかし食おうとしてくる獣には頑丈な土くれ。
大きなケモノは満足して、その場を去った。
小さなモノをその場に残して。
本日2投稿目。