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二人で一人の珍道中  作者: おっふぅとぅん
1/2

01 まずはひとり

森の中をゆったりと歩く。

もう歩き始めて結構な時間がたった気がする。日が何度か登っていたような気もするしそうでない気もする。

懐から小さくなった干し肉を更に小さく千切って噛む。じんわりと塩のしょっぱさと肉の臭みが鼻を抜けた。

手の平大の干し肉が一枚。それと水が少し。

それが私の命の時間だった。


貧民街に住んでいた私の家族は私にとって全てだった。

言葉を教えてくれて、物の価値を教えてくれて、礼儀を教えてくれて、私なんかに食事を与えてもくれる。素晴らしい、皆に誇れる家族だった。

だった、というのはつまり、私はもう大人だから家族ではないということだ。

お父さんとお母さんは私に言った。


「お前はもう大人なんだから、自分で稼げ。薬草を森からとってくれば金になるし、獣を狩れば食事になる。もし金とメシを作ったら持って来い。」


私は託された干し肉と空の酒瓶を手に意気揚々と街を出た。

私なんかでも家族の為に出来ることがあるなんて!なんて素敵な事なのだろう!

ワクワクした心をひっしでしまう。感情を顔や体にだしてはいけない。何度も叱られた事だ。ちゃんと外でも忘れない。

でも無表情でも怒られる。私は口だけ笑顔を作って左右に揺れそうになる体を真っ直ぐに動かす。

お父さんもお母さんも簡単に真っ直ぐ歩けるけれど、私にはそれが難しい。本当に私のお父さんとお母さんは凄いのだ。私なんかは生まれたときから力が弱くて、性根が軟弱だから、出来損ないの無駄飯喰らいになってしまった。お父さんやお母さんのように頭も良くなければ器用でもない。だから仕事につけなかったけど、今日からは違うのだ。私はお父さんとお母さんにご飯を運び、お金を運ぶ役回りになれたのだ!

日が登ると同時に出発した私は日が一番高くなる時に漸く門を通り過ぎた。


森の入り口につく頃にはもう日も傾いていた。獣は暗くなってからがよく動くという。人間とは逆だ。つまりこの時に入れば良いという事だ。私は疲れた体を一度木の根の部分に下ろしてぜいぜいと息をつく。同時に手の平より少し大きい干し肉をかじって回復する。水が欲しくなったけど、そういえば井戸から汲んでくるのを忘れていた。朝の水瓶に水を入れるのをした後に仕事を教えて貰ったのでまた汲むという考えがわからなかったのだ。やはり私は人一倍馬鹿なのだ。

理解の光が目に瞬いた後、体を起こして木の沢山生える森に踏み込む。初めての森での仕事だ。

草が大きくて体いっぱい埋もれてしまう場所もあれば、あまり生えていなくて歩きやすそうな場所もある。とりあえず歩きやすそうな場所を選んでみた。ごつごつした石が足に食い込み気味に引っかかる。街の小石も痛いけど、森の石も痛い。

じくじくした痛みを耐えていると、次第にポツポツと水が落ちてきた。上に顔を向ければ暗い雲が空にかかっている。恵みの雨だ。

直ぐに水瓶を探したけれど、そういえばここは家ではないので水瓶に水を蓄える事が出来ない。どうしようと思いながらも雨は強くなっていく。その時に、そういえば私はお父さんの酒瓶を持ってきていたのだと思い出した。これに水を入れよう。

雨に濡れながら酒瓶を持って歩く。体がぐしょぐしょに濡れきる前に、ハッとして何故か干し肉の存在を思い出した。

干し肉……干し肉は、そういえば雨に濡らしてはいけないと言われた気がする。

お父さんのお酒のおつまみの大事な干し肉。確かそれをお母さんが食事に使ったのだ。その日が雨で、お父さんは雨に濡れないように大事に持ってきたのに、お母さんが料理に使ったから酷く荒れたような気がする。

私は急いで雨のかからなそうな、葉のいっぱい生えている木の下に入りこんだ。それでも雨はぽつぽつと落ちてくるが、先程の場所よりは少ない。

胸の中の干し肉を少しだけ出して見つめる。少し柔らかくなった気もする。

それでも少しだけなので私はホッとして口の力が抜けた。

そういえば周りに誰もいないから口を笑顔にしなくてもいいかもしれないなあなんて思いながら、それでもまた笑顔に戻す。見られてないからってやらないのは何かやっちゃいけないような気がしたのだ。

干し肉を胸元に戻して酒瓶を取る。少しだけ水の入った酒瓶に口をつけて、すぐに吐き出した。

中からは酷い臭いとぬめりが滑り落ちてくる。危なかった。適当な酒瓶を貰ってきたからこれが古い酒瓶だと気付かなかった。

うえぇ、と唾を飛ばしながら酒瓶の中身を全部出す。濁った水や虫が落ちて土を汚した。それでもまだ汚れているだろう。

この酒瓶を濯ぎたいなぁと思いながらキョロキョロとする。自分が何を求めていたのかは良くわからないが、とりあえず日が落ち始めていて辺りが見えにくい。暗い雲がかかっているので余計に暗く、雨はしどとに木の間を打ち付けていた。


(お父さんとお母さん、今はもう家に帰ってるかな?中々私がお金かお肉を持って行けてないから、怒ってないかな?)


なるべく早く帰るね。と胸の干し肉を大事に服ごしで触る。

少ししんなりとした干し肉は、胸に痒みを与えた。




夜である。

獣が起き出し、俄に森が静まり返る。

殺伐とした空気が流れ、狩猟本能に獰猛な猛者達が唸りをあげた。

私は暗い森の入り口に立っていた。

一歩歩く度、静かな空間に草を踏む音がしてなんだかおもしろい。

誰にも侵されていないような暗闇を私の足音が侵すその感覚を楽しみながら背の高い草をかき分ける。

時々草や石、枯れ木が足を刺すように痛めつけてきた。

それでも私は初めての冒険にワクワクして、月明かりの下を微かな光頼りにかき分ける。

うまく見えない暗闇には、どこに獣がいるのかもわからない。

草はどれが薬草なのかわからないので、とりあえず色のついている草(花)をぷちぷちと取って片手に持った。

歩けど歩けど獣は見えない。

脆弱な体の息が上がる。登り道。ひょろひょろな私はいろんな木にぶつかりながら登っていく。

ふ、と何か音が聞こえた気がした。

草の鳴る音だ。

サラサラと鳴るその音が心地良くて耳を澄ませた。だんだん眠くなってくるような、そんな音がたくさん聞こえる。

気付けば音は何かの呼吸音で埋め尽くされていた。

ッハッハッハ、という音が私の周りを囲んでいる。

ここになって漸く気づく。私はなにかの獣に囲まれていたのだ。

本能的な恐怖が背筋を駆け上がる。脳に到達した恐怖は体の動きを完全に止めていた。

そんな私は格好の獲物だろう。

暗闇から、一匹の獣が本能を揺さぶる悍ましい音を上げて私を……--


足がもつれて転んだ真上を獣が通り過ぎる。

幸運なことに私はまだ生きていた。しかしそれは幸運といるのかもわからない幸運だった。

即座に着地した獣が振り返り苛立った声で吠えた。

囲んでいた獣が現れる。動かない体では視線を動かしても空や木以外に見えるものがない。

体は完全に硬直していた。


「ボオオオォォ……」


遠くからまた違う獣の音がした。

ドスドスと重い音を立てて獣が動いている。

私の周りにいる獣はそれに怯えたらしく呼吸の音が静まった。


「ボオオオォォ……」


また音がする。今度は気のせいが近くに聞こえた。

獣は獣の敵なのだろうか。獣は私の存在を忘れたように動かない。

それでも一匹の獣は私の事を忘れていなかった。

サク、サク、と小さな草踏み音がする。

ソッ、とその獣の顔が私の視界に現れて、ああ、私は死ぬのだな、と獣の姿を見て思った。

目は合わせられなかった。合わせた瞬間に死ぬのは判っていた。それなら知らないうちに死にたかった。痛いのも怖いのも私は嫌だった。

獣は涎を垂らして私を見ている。見ている。見ている。

もうだめだろう。

私の目が全てを諦めて閉じようとした瞬間。


「ウボオオオアアアアアアアッ」


その、大きなケモノは、

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