第九話 『日常に非日常』
とりあえず昨日は妹をフルボッコにした(前に母に怒られた)のだが、暫くあいつのだる絡みに疲れることは間違いないだろうなと思う。
俺の周りって下世話が多いのかな。
俺は嫌な共通点を発見してしまい、朝から最悪の気分で登校することとなった。
「……ぉはよー」
「おう、おは……んだその顔」
そして噂をすればなんとやら、立て付けの悪くなっているドアを開いた目の前に、トウマはいたのだ。テンションが下がっている最中、こいつを見れば嫌でも、というわけだ。
「いや、何でもねぇよ……」
俺はわかりやすい態度を取りながらも何も無いように取り繕う……気もないのでさっさとトウマの横をすり抜けた。
朗らかな朝にこんな眉間にしわ寄せた顔なんて、よくよく考えればおかしいけれども、俺はそれを止めることは無い。
そのまま何も無いように通り過ぎるが、トウマもついてくる。
そうして机の上に荷物を下ろしたところで、
「……変な顔を更に変な顔にさせた感想はどーだ?」
「何か言ったかお前!?」
辛辣な言葉に思わず俺は首を半回転くらい回す。遅れて体がついていき、嫌な骨の軋む音がなりつつもそのままトウマの方へ歩む。
「もっかい聞くけどなんか言ったよな?」
仁王立ちする俺をよそに、トウマは何故か楽しげた。それが気にかかり、俺はしかめっ面をさらにしかめる。
「噛み付く余裕はあるじゃんか」
堪らずトウマが吹き出し、してやったり顔を見て俺はやっと状況を理解した。それと同時に変な呆れが浮かんで困りものだ。
大方こいつはまた何か俺がミスをやらかして落ち込んでいると思ってるのだろう。それは間違いで、本当の元凶はこいつなのだ。いや違う、こいつではないか。
「親友に優しくしてやったぜって言う優越感に浸ってそうなとこ悪いけど、今回のこれはそーゆーのじゃないし、どちらかと言うとお前に対してだから礼も何も無いぞ」
「え……嘘ぉ」
ドヤ顔が一気に崩落し、俺も一矢報いたと言わんばかりにドヤ顔で返す。悔しそうにするトウマを他所に、トウマの目の前の椅子にどっかりと座り込む。こんな不毛なやり取りが俺たちの日課だ。
それで、こんなやり取りをしてればいつも必ず来るのが、
「あれ、なんか楽しそうね」
「うおぉ!? やっぱ出てきたぁ!!」
「やっぱって何よー?」
背後からの声に俺は一気に警戒の叫び声をあげる。そのまま半回転、追加でファイティングポーズをとる。
俺はそんな失礼すぎる態度を取ったのだが、声の主は至って平坦だ。
「いや……やっぱ分かってても急に出てくんのは心臓にわりぃよ……ナツキぃ」
「そんなに影が薄いのかな私」
「いやそういう感じじゃないんだけどさ……」
頭下一つ分、その位置からにこりと笑っているるのはうちのバンドグループのドラマー、浜風夏樹だ。
自嘲表現を使いながらも楽しそうに笑う彼女に、ポニーテールが同調して揺れる。彼女はそうしてそのまま空いている席に座り込み、まだまだ話を聞きに来るようだ。
「いや、特になんでもねぇよ。妹やこいつのせいで俺は毎日辛い日々を送ってるんだなぁって振り返ってただけさ」
そうするとナツキはふーんと興味ありげに話に乗り出した。
「トウマはともかくアヤメちゃんまで何かしたの?」
「おい待て、俺はともかくってなんだ」
いつの間にか取り出していた携帯でゲームをしていたトウマだったが、そんな失礼な物言いが気にかかったか、ゲームから目を離して会話に参戦するようだ。
今までのほんの数分間でYouWinという表示が出ているように見えるのは気のせいだろうか。だが、ゲームから離れて素直に会話に混ざってくるのは意外だ。
「てめぇ昨日勝ったからって調子のんなよ? あれは一割引いて外しただけだ。アレ当ててりゃ勝てたんだぜ?」
「ぶー、勝てたなんて仮定は通用しませーん。トウマは負けた、これが現実。ゲームのし過ぎで現実見れなくなるのは将来困るよー?」
ーーあ、だめだ。こいつらゲームの話がおり混ざったせいでヒートアップしてる。
実はトウマもナツキも大のゲーム好きで、普段から夜遅くには対戦をしているらしい。時々協力して、近場の大会なんかで優勝をかっさらってるなんて噂も聞いたことがある。そんな訳で、さらっと毒を吐くレベルで普段は温厚なナツキも、トウマと同様にゲームとなると人格が荒むのだ。
「おお、上等だよてめぇ。そこまで言うってことは相当準備してるんだよな?」
「当たり前じゃない。それくらい、もう分かるでしょ?」
「おお、いいね。ならやろうじゃねぇか」
そう言って二人はバッグから片手で掴めるほどのケースを取り出す。黒く、古ぼけたそれがトウマの手に、赤く、すっかり使い尽くされたそれが夏樹の手に。
そして両者はそのケースのジッパーを開き、
「「対戦スタート!!」」
「いや学校にゲーム機持ってくんな」
後ろから来ていた担任に気づかず、二人は宿題五割増加の刑に処されるのだった。
ちなみに俺は担任が来るのに気づいて急いで逃げておいた。捕まった二人からは鬼の形相で睨まれたので、あとでジュースでも奢ろうと思う。
ーーーーー
「ったく松下の奴……ゲーム持ってきただけで宿題五割増やすとかありえねぇよ」
「全くよ。娯楽はみんなにとって大切なものなのに。それを奪うなんてありえない」
「いや、ゲーム機持ってきてるお前らのがありえないわけなんだよな」
勝手に正当化しようとする二人に俺はつっこむ。今は朝のホームルーム後。ゲーム機を人質……この場合は人なのだろうかとは思いつつ、まぁそれを奪われた二人はご立腹だ。
ちなみに松下というのはうちの担任のことだ。かなり好き勝手やってる独身野郎ということで、生徒もかなり近い立場として会話している。
数ある彼絡みのことで上げるのなら、先生ともあろうのに睡眠を取ったり、職員室でゲームをしてたり。普通ならクビになりそうだが、どうしてか教え方はピカイチなので学校側でも重宝されてるらしい。
宿題をぽこぽこ増やしたりはしてくるが、めんどくさいという理由で掃除をなしにしたり授業を早い段階で切ってくれたりもするので、かなり好印象だ。
「それにしてもお前も薄情ものだな。俺たちを見捨てるなんて」
「そうね、まさか私たちの絆はそんなに脆いものだったなんて思いもしなかったわ」
「いやどんな評価の下がり方だよあんなん当たり前の対応だろ」
二人から好き勝手言われて俺は頭を抱える。昔からそうだがこいつらが手を組むとめんどくさいことこの上ない。黙るが吉なのだろうが、いちいち応じてしまうのは一種の俺の悪いところだ。
「あはは、分かってるよ。ごめんごめん。あ、そう言えばさ、最近サクとトウマ一緒にご飯食べてないみたいだけどどうかしたの? トウマ見捨てられた?」
「なんで俺が見捨てられる側なんだよ」
「サク、どうなの?」
「聞いちゃいねぇ」
トウマのツッコミを軽く受け流すナツキ。そんなナツキの行動を見てとりあえず俺もトウマの行動はスルーだ。
「あぁ、それはっ……」
「ん?」
そう言えば、この話を果たしてこいつにしてもいいのだろうか。
正直、サキはクラスで浮いており、男子からの評価はどちらにせよ、女子での評価はあまり高くはない。
美人だが無愛想で、壁を感じている。そんな態度が一部の女子から反感を買い、それが伝染していっているようだ。
男子はあまりそういうことは気にしてもいない。だからこそ、女子であるナツキは彼女のことをどう思っているのかとも思う。正義感の強い彼女ならば大丈夫だとは思うが果たして。
「うちのクラスのさ、佐倉咲って知ってるか?」
俺がそう言うと、ナツキはああと相槌を打つ。
「うん、知ってるよ。うちのクラスのこの名前は全部覚えてるし。その子がどうかしたの?」
なにげすごい発言をされたのに小正面を喰らいつつも俺は話を続ける。グループとかは既に出来ているだろうし、そのへんももしかしたら既にわかっているのかもとも思う。
「その子と……えと、飯を食うことになりまし……て……はい」
「…………ぇ」
スラスラ言えると思ったのだが、ダメだった。自分がえげつない発言をしていることを自覚し、さらに羞恥心が増す。
目の前のナツキの表情は、
「何それ初耳よ!? ほら、詳しく教えなさいよ!!」
「お前もだる絡みしてくるんじゃねぇか!」
もうダメだ。うちの周り嫌な奴しかいない。色恋沙汰への食い付きが半端ない二人組に俺はまた頭を抱える。
「へぇー。でも凄いわね。あんまり言いたくないけど、佐倉さんって女子の中だと少し浮いてる扱いされてるのよ?」
「まぁ、そうらしいね。でも本音は仲良くしたがってるんじゃないかなって思うよ」
「ふーん……」
そう言うとナツキは何かを思いついたように立ち上がった。そしてなにかに狙いを定めて歩き出し、
「佐倉さんおはよ!!」
俺とトウマとサキ、三人の目を丸くさせたのだった。
待たせたな!(スネーク風)
いやマジですんませんでした一ヶ月以上放置プレイって何やねん。
色々とお忙しい身分でして私目はなかなか時間をとることが出来なかったのです許してね。
恋愛話になると途端にだるくなる人って多いよね。てか下世話が多いよね。もちろん俺もそのうちの一人ですが。
ナツキとトウマをあれこれ動かしてサク達を赤面させようと考えております。読者の皆様首を洗って待ってやがれ。
それではドロン