第八話 『兄妹』
昨日の話から、俺はあまり眠ることが出来なかった。当然だ。あんな話聞いておいて期待するなという方が無理な話だ。
魔性の笑顔は俺の内心をどぎまぎさせ、午後の授業は全く身に入らなかった。ぼーっとしていたせいで担任に名簿チョップを食らったのは悪い思い出だ。しかも角で。
「うえ、思い出したらまた痛くなってきたわ……」
あいつ、授業聞いてないくらいで頭を叩くか普通。あいつだって職員室でゲームしてるだろ。しかも地味にもうトウマとゲームで意気投合してたし。
名簿チョップは的確に後頭部に放たれ、しばらく俺は悶絶していた。さらには笑いのネタにされいい迷惑だ。
「さて……」
頭をさすりながら俺は呟く。
今はちょうど空に赤みが掛かってくる頃。部活動はまだまだ入学したてということで少なめだ。今日はなかったため、早いうちからの帰宅となった。
電車通学にもだいぶ慣れ、入学当初ほどの疲れはないものの、やはり中学時代とは違うのでまだなれそうにない。
ベッドに座り込み、俺は深呼吸する。これからのことを考える前に、精神統一精神統一と呟き、そして、
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!! なんだあのイタズラ顔ハンパねぇ!」
枕を思い切り殴り、俺はそう叫んだ。喜びの殴りをする度にホコリが舞い上がり、俺は軽くむせる。
ベッドに仰向けになり、目を覆ってから目を瞑る。
ーーいや、やばい。あれは本当にやばい。
ウインク混じりのイタズラ笑顔。あんなのされてしまえば、例えどんなことでも許してしまうのではないだろうか。いや、許す。俺は絶対許すだろう。
「てなわけで全く勉強が出来ねぇんだよなぁ……」
悶絶後、起き上がってバックの中身を開き、数Aの教科書を俺は嫌な顔で広げる。集合とかいう新単語、未知の領域に包まれたそれに指先を触れさせ、俺は長く、それまた長くため息をつく。
何故人類は数学という内容を作り出し、それに甘んじることなく数字があるのに訳の分からない英語や記号を使いたがるのだろうか。少し先を見たが、サインコサインタンジェントなどいつ使うんだと抗議してやりたい。
「いやまぁでもやらないといけないからな……」
重い腰を上げ、俺は椅子に座ろうとして、
「へいへい兄さん!調子はどうかな!?」
思春期男子への気遣いのへったくれもなくドアが開かれる。鈍い音がしたと思えば、反動によってドアが勢いよく跳ね返り声の主の元へ。
「え」
「あ」
「ぐえっ!?」
「……何してんだこのバカ彩芽」
どうやらドアノブが腹に刺さったらしいアヤメに俺はため息をついた。
「へへへ、兄さん……最愛の妹様に向かってバカはひどくないかい」
くの字に体を曲げながらもその妹様は減らず口を叩いてくる。もれなく親指サムズアップ付きだ。クソ腹立つ。
「最愛の妹様は自分で自分を最愛の妹様とか言わねぇよ。兄さん今忙しいから。遊ぶのはまた明日な」
「そんなこと言ってどーせトウマさんにライムしに逃げるのわかってるから。そんな言い訳は通用しません」
(黙っていれば)可愛いアヤメはその自慢の八重歯をキラリと光らせてバッテンを作る。
ライムは俺たちの必需品、ケータイのアプリであるSNSだ。こいつがないともはや連絡をろくに取れないと思ってしまうのは、現代人が進化したことによる対価なのだろう。
「んだよ、なんかあるんだろ?」
こいつがこのような上機嫌の時は大抵何かがある。それも俺にとっては不利益な何かだ。
嫌な予感はプンプンしてるが、聞かないといけない予感もするので大人しく聞くハメに。
大正解と言わんばかりのアヤメの顔にげんなりし、俺は内容を待つことに。
「じゃじゃーん! 今日の夜ご飯のお使いのメモを兄さんに差しあげましょう!」
ポケットから何やらメモとお札を取り出し、それを俺の机の上に勢いよく叩きつけてきた。
「今日は豪華にする予定らしいから早めに買ってきてってお母さんが言ってたよ」
「いやそれ頼まれたのお前なんだからお前にだろ……なんで俺が。自分で行けよ」
俺は露骨に嫌な顔を晒す。完全に買い物を俺に押し付ける気だ。学校帰りの高校生にはきつい。
「やだよ私今年受験生だし。今カラオケ番組やってるし」
「そのネタはもう聞き飽きた。てか本命後者だろ絶対」
こいつは確かに受験生ではあるが、そうとは思わないくらい勉強をしない。それでいて成績はとっているので親も俺も文句は言えないが、隙あらば受験生だから作戦はせこすぎだろ。
「さすが兄さん、何だかんだ言って可愛い妹のことわかってくれてるんだから」
ぶりっ子のように体をくねらせてくるのがいちいち癪に障る。こいつも後頭部チョップ食らわせてやろうか。いや、めんどくさい。
「あーうんちょうかわいいよーすっごーい」
「わかりやすいくらい気持ちがこもってないじゃん!」
背中をバシンと叩かれ俺は咳き込む。
こいつ、容赦が全くねぇ。すげぇでかい音が出た。
「いてぇ! なんだよ文句あんのかよ!」
「文句しかないよ今のところ全部!」
机を叩きアヤメは迫真の抗議をしてくる。ここまで妹という生き物はめんどくさかっただろうか。もう放置したい。
俺はめんどくさくなり、先程の勢いは消えてその代わりにため息をつく。
「帰ってきてこれから宿題ある高校生の身にもなってくれよ……」
「すぐそこのとこだから電車使わなくて済むでしょー?」
「そーゆー問題じゃねぇんだよ」
とは言いつつ俺はバッグから財布を取り出し、お札を入れる。メモ帳はポケットの中だ。
「あれー? なぁんだぁ。やっぱり可愛い妹の頼みは断れないよねぇ」
「…………」
ニヤつきながら頬をつついてくるアヤメ。
そんなアヤメに対して俺は無言でその指先をつかみ、少しアヤメの方へ。ゆっくりとそれでいて同じ方向へ。
「痛い痛い痛い痛い痛い!! ごめん兄さん私が悪かったよ!!」
指の曲がりが早くも限界に達したアヤメは反対の手でバシバシと俺の手にギブアップの表示。俺は手をパッと離し、何食わぬ顔で財布をポケットに詰める。
「いったぁい……手加減ないなぁホントに」
「これでもだいぶ譲歩してるわ。ありがたく思っとけ」
痛そうに手を振り、アヤメが不満を投げるが俺は丁寧に捌く。
これはいつも通りの何気ない会話。
ーーだが今回ばかりは少し違った。
「もう、そんなんだから彼女とか出来ないし好きな人も出来ないんだよ」
「ーーーー!」
俺は予想外からのボディーブローを食らう。ブローが完全に入り、俺はぎこちなく頬をひくつかせる。
「あれ……兄さん?」
「……ん? 何?」
全身全霊全力のポーカーフェイス。ちなみに自分でもわかるくらい頬の動きがおかしい。毎日同じ顔を見続けた妹が、その変化に気づかないわけがない。
「え……嘘、マジ?」
「……」
当然のごとく俺への違和感に驚き、アヤメはゆっくりと後ろに後退したかと思ったら、
「おかーさぁぁぁぁん! 今日はお赤飯追加だよ!!」
全速力で階段を降りていった。
「あっこらアヤメてめぇぇぇぇぇぇ!!」
状況を理解し、一拍遅れて俺も走り出した。
怒号と悲鳴が、本日の秋野家には響いた。
妹キャラは需要があると聞いて。
お前ら、これが好きなんだろ?げへへ(ゲス顔)
活発系妹ですのでこれからも絡んでいきますよ!みんな、拝め!
ポケモンが発売されましたね。サンを買いたいのですが金欠アンド時間が無いことによって絶賛悶々中です。
毎日日曜にしてください。あ、でも友人と会えないかもなので火曜か水曜だけ下さい。
そんな訳でこれにて御免!