第七話 『屋上にて』
カツン、カツンと一定の感覚で音が鳴り響く。
下は喧騒上は静寂が待つこの空間。最初は緊張したものだ。
しかし、今ならいける。これからならいける。
そう俺は確信していた。
それに少なくとも、俺はこの上の空間に対してなんの不満感もなかった。
上に着くための薄く重い一枚の壁。そこに取り付けられた金属に手をかけ、一気に回す。そして足を踏み入れた。
「お待たせ!」
ポツン、と奥に一人だけで誰かが立っている。
でもその子の表情は、花のように可憐で美しい
「大丈夫ですよ」
笑顔だった。
* * * * *
あの出来事から二日が経った。その二日間でサキとはかなり仲良く話せるようになったと思う。そして二日経った今、少し思ったことがあった。
別に大した意味もない、気分と言われたらそれで済みそうなことだが。
「毎回ここで食べてるけど、屋上お気に入りなの?」
二人は屋上の端に座り込み、俺は一番にその質問をする。
別にこの場所が嫌というわけでもない。陽の光にあたるこの場所はむしろいい所だ。風も気持ちよく、昼食場所としては教室よりもいい場所かもしれない。
だが、ここを活用している人はあまり見られない。という以前に、ここを活用しているのは俺たち二人だけだったのだ。
それでもこの場所を使うなにか特別な理由でもあるのか聞いてみたくなったのだ。
そんな俺の質問にサキは少しだけ、いや、かなり瞳を揺らし出す。が、当の俺は首を傾げるだけでその意図を汲み取れない。
「その……友達とかあれですし……あそこにいるよりここにいる方が……それに私がいるってなるとほかの人たちは自然とさけ」
「おーおこのパン美味しいなー!!」
買ったばっかりのメロンパンをボッロボロ零しながら俺は叫んだ。
なんという事だ。会話を弾ませるつもりが最初からサキを泣かせてしまった。
俺は後で自分の顔面を殴るという奇行に走ることを決意しておき、あっけらかんと笑ったり、会話をぶった切ったりしてその場を取り繕う。
「あー、美味しー美味しー……そ、そう! 今度購買のパン買ってみなよ! オススメはメロンパンとかアンパンだよ!」
「う、うん……そうしてみますね」
切り替えようと強引にパンの話にしてなんとか会話を続ける。気まずい雰囲気を切り抜けるためにはとにかく慎重かつ大胆な会話だ。
「俺はメロンパンとか甘いものが好きなんだけどサキはどうなの?」
唐突な話題振りにサキは驚きつつも返す。
「んー、甘いのは好きだけど、甘すぎるのは苦手、ですね」
そう言ってお弁当の中の食べ物を頬張るサキ。可愛い。すごい可愛い。
「甘すぎるの……俺はむしろそーゆーのが好きかなぁ。生クリームに突っ込みたい」
「何ですかそれ」
思わず口から出た言葉にサキはクスクスと笑い出す。
そんなにおかしかったのだろうか。俺は頭をかいた。
実際生クリームに突っ込みたいというのは本音でもある。甘さを堪能出来るそれを全身で突っ込むというのは、もはや夢、ロマンと言ってもいいだろう。甘党としてはこの夢を持つことは当然。そしてその夢を叶えるために奔走することは使命だ。少なくとも俺はそう思う。
「私は甘いのだとチョコとかかなぁ……あ、でもすこーし苦いともっと好きです」
「へぇ。俺はチョコ苦すぎるのってか苦いのが苦手だなぁ。ティラミスとかもきつい」
チョコ特有の舌に残る独特の苦味。それが俺にとってはあまり好みではなかった。特にビターなんかは苦味が強すぎる。甘みのあるものは甘みを全面に強調して欲しいというのが正直な感想だ。
「そうなんですか? 結構美味しいと思いますけど……」
「まぁそんなにチョコ自体食わないしなぁ」
そう言うとサキは何やら思いついたのかスマホを開き、文字を打ち始める。意外にも慣れた手つきでは無いそうで、押すのに少しの時間を要していたが。
「ほら! このお店。チョコで有名なんですよ! 学校から十分くらいでつきます!」
どうやら食べログを開いていたらしく、チョコ専門店の色々なチョコを教えてくれるようだ。が、
ーーち、近ぇ!!
スマホを真ん中として右側には俺。そして左側にサキという陣形。当然腕が触れあい、俺の心臓がもう何度目かわからない爆走を始める。
「へ、へぇ。なら今度行ってみようかなぁ!!」
声が裏返ってしまった。ダサさという羞恥に俺は顔がみるみる赤くなっていくのを感じる。どうか気づかれないようにと内心で手をすり合わせて懇願しておき、そしてそれを悟られないようにと体を離れさす。
「ん? どうかしましたか?」
しかし、サキは俺のそんな内心など微塵も気づいていない。この子はわざとやってるのだろうか。いや、やっていない。この澄んだ瞳が何よりの証拠だ。
だから暑いねぇと俺は顔を手うちわで扇ぎ、顔の火照りの言い訳をした。
そうだねと笑ってくれるサキがこれまた一段と可愛らしい。こんな可愛くて優しい子と飯を食えるということに俺は最大級の感謝をし、パンを頬張る。
「そう言えば秋野くんいつもパンだけど、お弁当じゃないんですか?」
「んー、一回弁当忘れた時があってパン買ったんだけど……実はその時買った購買のパンが美味しくて美味しくて!」
バックの中に弁当が入っておらず世界の終わりのような顔をしながら購買へ向かった。なけなしの金で買ったパン。しかし、それこそが運命だった。
口の中に入れた瞬間、外がさくりと、中はふんわりとした対比の弾力。それこそが恐るべし、人類の英知の結晶、メロンパンであった。
「そ、そんなに良かったんですね……」
パンを持つ手に力が入り、さらに力説もされることでサキが若干愛想笑い。
あははと俺も愛想笑いで返すしかない。
「ふーん、でもそっか……お弁当……か」
「どうしたの?」
サキはまた何か思いついたのか。スマホに何かを打ち込んでいた。覗こうとしたらスマホを引き下げられる。
「え」
いきなりそんなことをされて俺は思わず間抜けな声を出してしまう。
しかし当のサキは、
「今は見ちゃダメです」
そう言って楽しそうにまた文字を打ち始めた。とても気になるが、強引に覗いて嫌われたくもないので大人しくサクラは引き下がる。しかも、そんな風に言われては俺は何も出来ない。
「一体なんなんだよ……」
それでも気になってしまう俺はついついそう言葉を漏らした。そんな俺の言葉と表情を見て、
「内緒ですよ。明日を楽しみにしててください!」
サキはそういたずらっぽく笑うのだった。
隣の女子に笑顔で「化粧は女の子を変えるよ」と言われて3秒間ほど時が止まった蓮ノ葉です。てか今どきの女子って授業中でも化粧するんですねマジ卍だわ。
追伸
俺も化粧してイケメンになりたいです。てか普通になりたいです神様おねがいプリーズ。そのへんでとった味のある花あげるから。