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第六話 『朝のホームルーム』

 大体の男女にはサクラちゃんと馬鹿にされるのが俺の名前に背負わされたものだという訳だったが、昨日ほど自分の名前を祝福したことは無かった。


 というのも誤解があるだろうな。別に咲良という名前だからよかった、と言うとそうでもない。この名前だからこそ呼ばれたニックネームというものが、とても嬉しいというわけなのだ。俺はそれを素直に祝福している。そういう事だ。


 簡潔にいうと、大好きな女の子からサクと笑顔で呼ばれたのだ。そんなこと、今でも考えるだけで自然と頬が緩んでしまう。


「うわ、朝っぱらからなんつー気持ち悪い顔してんだお前」


「え? えへへ、そうかな。えへへ」


「やべぇこいつ重症だ。頭の方の」


 カバンを肩にかけたトウマが出会い頭にそんな失礼なことを言ってくる。引き気味な顔と横を通る時に若干体を寄せつけないようにしていたのは気のせいだろうか。まぁ、機嫌がいいし、俺は咎めようとは思わない。


「てか、そんな顔ってことは……」


「ふふふ、分かっちゃったか。まぁ、そういうことだよワトソン君」


「うっわ何この笑顔殴りてぇ」


 荷物を投げおいて笑顔に青筋を浮かべる大親友。当然、目は笑っていない。むしろ死んでいる。それがわかってて俺は親友の肩に手を置いているのだ。


「まぁ、とりあえずおめでとう。詳細はお前が話すとめんどくさくなりそうだから聞かないわ」


「えええ!? 聞いてくれないのか親友よ!」


「そんなの聞いてる暇あったらゲームしといた方がマシだよ。課金はしない派の俺からしたら一歩出遅れただけで死ぬからな。てか、なんだその口調」


 トウマはスマホからゲームを開き、横向きにしてプレイし始めた。一応は話を聞いてくれるようだが、片耳にはイヤホンが刺さっている。指先はゲームに集中し出したようで、俺はその状態をしたトウマに話を始めようとした。


「そう言うなよ。お前のおかげでもあるんだしさぁ」


 肩に手をまわそうとするが、簡単に跳ね除けられる。除けられた手を渋々引っ込めるが、話題は変えない。


「で、だ。もしかしたら佐倉さんと飯を食うかもってことで、もうあんまりお前と食えなくなるかもなんだよ。そこんとこどんなかんじですかい? やっぱ寂しい?」


「あー、なんだそんな事か。別にほかのやつと食うし別にいいわ。今は欲しいキャラのために色々しないといけないんでな」


 なんだかドライな気もするが、それがトウマの性格なので俺も追求はしない。せっかく変なノリで質問してみたのに、こんなにもいつも通りに返答されるのは若干面白みがないのは気にしない。


俺が黙るとトウマはさらにゲームに集中し出して、何やらガチャ画面を開き始めていた。

ゲームというのも何かの戦い系統だそうで「マーリンんんぅ……マーーーーリンんぁぁぁ」とスマホに触れてはブツブツと声に出していた。そんなに熱中するゲームなのだろうか。今度教わりたいものだ。


「ーーっ。サキだ」


 肩を思い切り叩き、俺は耳打ちする。その勢いに軽くトウマはむせ、文句を言いたげな顔をしてきたが、状況を把握し口を噤んでくれた。


 ーー教室のドアがゆっくりと開き、そこから現れたのは黒髪を美しく伸ばした美少女。今日も今日とて絶大的な美貌を周囲に魅せている。


「ーーあ」


 その美少女ーーサキと目と目が完全に合った。瞬間、俺の目はサキを中心に、世界がすべてスローモーションのように見え始めた。


 止まらない鼓動が加速していき、舌が急激に乾いていくのがわかる。

 目が合ったことで照れや気恥しさ、言葉を告げようとするも、何も頭に浮かぶことなく、景色が白んで見え始める。


 そうしてお互いがお互いを見つめ合い、先に口を開いたのは、


「おはようございます、秋野くん」


 ーーサキだった。

 昨日と何一つ変わらない声なのだが、この場で言われたことにプラスで手を振るという行為をされてしまい、その破壊力は絶大だ。


「う、うん! おはよ!」


 かなり上ずった声になってしまったと思う。

仕方の無いことだと割り切ろうにも、やはりこんな声を出してしまっては恥ずかしい。

 恥ずかしさが全身に駆け巡り、指先を揃えて手を振りながら、硬い表情を顔に張り付けてなんとか耐える。


 早くこの状況をどうにかしてくれと思った矢先、


「おい……あの佐倉さんがおはようって」「しかもサクに……何かあったのか……?」「サクラちゃんだからそーゆー繋がりとか……?」「それともサクラちゃん女の子と間違われた……?」


 ーーおい最後、聞こえてるぞ。


 最後の声の主の方を軽く見て、しかし噛み付くことなくそのまま目線を戻す。

 サキは既に席に座っていた。会話をしに席の方まで行けばさらに変な噂が立つだろうと俺は考え近づくことを断念し、席につこうとしてーー


「おい、サク」


 腕を掴まれる。俺の腕を掴んだ主はトウマだ。力の強い彼に為す術なく俺はそのまま自分の椅子とは違う椅子に座らされる。


「友達になれたのはわかるけどよ……色々と飛躍しすぎじゃね?」


「は?」


「いや、何がどういった経緯でお前急になんで会話出来てんだよ。てかサキってなんだ。もうそんな呼び方してんのかよ。昨日何があった。脅したか?」


「いや脅してないからな!?」


 確かによくよく考えればあれほど避けられていたサキに、挨拶をされてしまうほどだ。他者からすれば何があったのだろうかと疑いたくなってしまう。

 しかし、脅したかなんて冗談でも笑えない。噛み付いたものの、悪い悪いと片手で謝られて俺は引き下がった。


 そこで俺は、トウマにこうなった経緯をなるべく丁寧に教えることにした。あまり乗り気ではないのだが、仕方の無いだろう。それは、話したくない理由がトウマだからという理由なのでもっとたちの悪い。


「実はあの日俺からお願いしてーー」


「は!? お前そんなふうにするやつだったか!? なんだよやべぇなお前!!」


 ーーこれだ。

 トウマは普段の行動からクールだのカッコイイだのと言われている。運動神経もそこそこであり、勉強もできるわけで、なんでも器用にこなすことから女子からの評価も高い。が、この男にだって短所はある。


 それがこれだ。男女間の関係をまるで宝を見つけた探索者のように、あるいはスクープを求める記者のように目を光らせてはあれこれと聞いてくる。


 言ってしまえば、こいつの短所は下世話だった。普段の雰囲気は欠片もなく、ここにいるのは下世話というレッテルを貼られた男だけだ。


「うわぁ、出たよ。トウマのめんどくさいやつ」


「めんどくさいってお前……親友の恋愛を知りたくなるのは親友として当然だろ?」


「かっこよく言ってるけど目がそうじゃないことを物語ってるよ」


 キャラ崩壊の激しいドヤ顔サムズアップを押しのける。トウマは渋々その手を外し、しかし話をやめることは無い。


「まー、いつも通りの下世話だ。慣れろ」


「慣れたくねぇよそんなの」


 それもそうかとトウマは笑い、ひとしきり話したーーと言うよりトウマによる尋問を喰らったところでチャイムが鳴り響いた。


 ガヤガヤとしていた空気は徐々に収まり、椅子や机を動かす音も減っていく。

 全員の準備が完了したところで、欠伸を噛み殺しながら先生が教室に入ってきた。


 先生がそんな態度でどうするとも思うが、もうすっかり慣れてしまったことだし、この方が先生を身近な存在として感じることが出来るので、生徒からの批判は大してない。


「くぁ……おお、今日はお前らも席に座ってんだな」


 あっけらかんと笑い、名簿を開いて教卓に置く。クラスメイトに笑われることにはなったが、嘲笑混じりと言うよりは朝のおふざけ的な感覚なので俺たちは先生を睨まない。


「んじゃ、出席とるぞー。まず、今日は座ってた秋野」


「はい。先生しつこいです」


 手を挙げ鋭いツッコミを入れる。それでまた教室内に笑いが生まれ出す。こういったことによる退屈な時間を生み出さない点が、うちの担任のいい所であり、信頼されている部分でもある。


 大雑把なところもあるが、案外生徒のことはちゃんと見ているのだ。サキの事も気にかけていたことは、後々で彼女から明かされることだ。


「あー、すまんすまん。んじゃ、次ーー」


 そうしてホームルームを終え、先生は他クラスに授業の準備をしに教室を出ていく。

 ホームルーム終わりのチャイムが響き、教室は再び生徒の話し声に包まれた。

俺は二十連してセイバーオルタが当たりました。

無課金でマーリンはやっぱきついんじゃないかな。


ちなみにトウマは爆死しました。ではみなさんご一緒に。

トウマざまぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあ!!

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