第二話 『チョロい奴』
時間というものは実に残酷だ。幾度となく過去に戻りたいと願っても、戻ることは出来ない。平等に振り分けられる存在として、永遠に変わることはないのだろう。
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俺は何度もこの十数分間を戻りたいと願っていた。その理由としては、この現状にある。この現状を一言で表すならば、
ーー全く相手にされてねぇ!!
肩の前にまで募ったノートの重みを感じながら、俺は現状を嘆いていた。
一人で大量のノートを持ち上げていた佐倉さんを呼び止め、半分ほど持ったはいいが(佐倉さんはかなり辛そうで、何度も何度もノートを落としていたからまだまだ持とうと思ったが、拒否されたのでやむなしに半分のみだけにした)そこからの会話は驚くほど少なかった。
「もっと持とうか?」と聞いても「別に……」と返される始末。「勉強好きなの?」や「喉痛いの?」などと色々な方面から何度もアタックした結果、最終的には無視されてしまった。
横顔をチラリと見て、澄ました顔も可愛いなぁと思いつつ、俺は首を振ってもう一度計画を練る。どうにかして会話をしようとは思うが、一体どうするか。
勉強が好きかどうか聞いたから、今度は勉強について聞くか?
いや、俺の学力は決して高くない。むしろ中の下あたりだ。仮に話せたとしても、ついていけない次元に持ち越されるだろう。
何か好きな食べ物や趣味か?
いや、それはお見合いみたいなものではないか。流石に不自然すぎるだろう。既に不自然極まりないが、これ以上は勇気が出ない。
廊下には昼食を食べ終わった生徒達が走り回っており、周りを無視した声量に悶々と考え込んでいた俺は少し苛立ちを感じていた。まぁ、俺も普段はみんなのようにバカ騒ぎしているので、相手をうるさいと言えた存在ではない。
「……着きましたよ」
考え込んでいて、目的地をそのまま通り過ぎようとしていた俺を呼び止めたのは佐倉さんだった。
その声を聞いて、俺は嬉しさと驚きが入り混じって勢いよく振り返った。
佐倉さんから声をかけてくれたことに喜びを隠しきれなかったが、彼女の言葉の意味合いはどうやら俺にとってマイナス方面のようだ。
見れば、俺たちは既に職員室に到着してしまっていたようだった。このままでは手伝いが終わってしまう、と言うよりも佐倉さんとの数少ない会話のチャンスが無くなってしまうと思い、何とか会話をしようとするが、
「失礼します」
佐倉さんが職員室に入ってしまったため、呆気なく断念することになった。
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ーー結局何も話せなかったよ……。
あの後は当然の如く、ノートを先生の机に積み上げ、そのまま失礼しましたとお辞儀。特に何も話していないままだ。
なんて意気地無しで弱気なんだろうか。俺は自分を恨みながら教室に戻ろうと重たい脚を動かそうとする。が、
「あの……秋野君……ですよね」
後ろから届く小さな声に俺は足を止めた。振り返ればそこには佐倉さんが下を向いているのがわかった。
「う……うん、そうだけど……」
本来ならば職員室に入る前の時に既に呼び止められたのだが、俺は何故か初めて呼び止められた気持ちになって心音を跳ね上がらせる。背中に嫌な汗が流れ、それが顔面にも移らないようにと必死に耐える。
「えっと……お手伝いしてくれて……ありがとう……ございました」
丁寧に腰を折ってお辞儀をしながらお礼する佐倉さん。微かに震えているようにも見えて、彼女が勇気を出してこの言葉を言ったことがなんとなく感じられた。そんな彼女を見て俺は、
ーー可愛すぎる。
なんだ、この子は、天使か?天使だ。お手伝いとかって言うか普通。しかもお礼の仕方も可愛いし、ヤバイパニクる。
俺の顔が一気に赤くなる。そのせいでうまく会話を繋げない。それが不幸に繋がったか、返事がないことに佐倉さんは居心地の悪さを感じたようで「それじゃあ」とだけ言って逃げるように走り去ってしまった。
「あっ……えっと、どういたしましてー!」
逃げ出してしまった佐倉さんに俺は遅くも手を振って返事をする。佐倉さんは一度だけこちらを見て、お辞儀してからまた走り出してしまった。
ーーうーん……やはり可愛いな。
顎に手を触れさせ、俺はしみじみとそう思った。手伝いをしたことは、どうやら間違いではなかったようだ。
「さて、戻るか」
重たい足取りはどこへやら、軽い足取りで俺は教室へ戻る。が、その後の光景でまた足取りは重くなってしまうのだ。まぁ、また元に戻るので、本当に俺は感情の起伏が激しい男だと思う。
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止まぬ学生達の話し声は、重なり合ってまるで輪唱のようにも聞こえる。既に昼食を食べ終わった奴らは外に出るか、中でクラスメイトと駄弁ることに尽くしていた。
「その顔を見るに上手くいかなかったみたいだなぁ。まー仕方ない、次があるさ。てなわけで俺はちょっと外に……」
うむうむと頷き、バツが悪そうにその場から去ろうとするトウマ。しかし、立ち上がろうとするトウマの席の前に俺はゆっくりが移動し、
「……なぁ」
「……えーと、何でしょう?」
冷や汗をかきながら引きつった笑みを浮かべるトウマ。それもそのはず。こいつは俺のパンを少しだけ拝借しようとして、全て食べきってしまったのだから。
「何でしょう? じゃねぇだろ⁉︎ お前どんだけ食い意地はってんだよ有り得ねぇ!!」
限定のあんパンは跡形もない。袋についた白い粉達がそれを証明していた。
「お前今月金欠っての知ってんだろ!? パン一個だってバカになんないんだからな⁉︎」
楽しみにしていた昼飯を返してもらおうと、俺はトウマの体を揺する。揺らし方は激しく、されるがままだったトウマだが、やがて妙案を思いついたように俺の腕を抑えて目を光らせた。
「まぁ、待てよ。これはむしろチャンスじゃねぇか?」
トウマは開いたもう一つの手の指を一つたて、歯を光らせる。この表情に俺は憤っていた気持ちを落ち着かせ、目で続きを促した。それを見て、トウマは気を良くするように話し始める。
「俺が飯を食ったってことは、もう俺と一緒に飯を食う必要が無いってこと。んでもって、さらに言えばお前は飯がないからこれから購買でなんか買うことになる。んで、実は佐倉はよくパンとか買っててな。購買のだと思う。俺も買ってるし。つまりその時にばったり出会ってそんでそのまま飯食わないかと誘えば?」
挑発めいた嫌な笑顔を向けるトウマ。誰がそんなもので許すか、と頭で思いつつも、
「お前まじ大親友だわ」
俺は簡単に上洛されてしまったのである。
鬼の形相から一転、仏のような顔でカバンから財布を取り出した。
「んじゃ、佐倉さんここにいないみたいだし、ちょっと行ってくるわ!」
「おう、走ったらばったり会えるかもなー」
俺はオーバーなほど手をブンブンと振り、トウマは右手をあげるだけで返す。そのまま俺は教室を出る。
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「はぁ……行ったか」
毎度毎度、あいつは嵐のような男だ。
「それにしても……」
乱暴に開かれたドア。急いでいる証拠ではあるが、力強く開いてしまったため、またかなりの人が動揺したようだ。と言っても、開けた本人はもうこの場にはいないのだからタチ悪い。本人にはもう聞こえないのだろうから俺は一言、
「本当にあいつは馬鹿なくらいチョロい奴だな」
春の陽気な風が吹きこんでくるドアの隙間を見て、俺はサクをそう評価した。
サキはサクラにとって性格も容姿もドストライク中のドストライクです。
ちなみに僕のドストライクはポニテっ子です。あと触角です。この二つがコラボレーションした瞬間僕は吹き飛ばされます。拝みながら天に召されます。
そう考えるとサキは俺のドストライクじゃないな。消すか(消しません)




