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第十二話 『突き刺さる音を』

 今日は金曜日。うちの学校は水金が七時間授業で、他の曜日は六時間。昼休みを超えれば例えどんなにうるさいヤツでも目には生気が宿っていないのだ。七時間目を越え、これから放課後とわかっていても、疲労と絶望感が収まるわけではない。


 それでも授業が終わり、担任教師がこの場にいるということがせめてもの救いとなるのだが。


「おし。今日の授業は終わりっと。ホームルームを飛ばして……そんじゃ、掃除……はまぁいいか。終わろ終わろ。日直、頼むぞー」


 先生とは思えないほど気だるげで雑な声が教室に響く。掃除なし。ホームルームもなし。その言葉に当番だった生徒はもちろん、クラス中の生徒が大喜びし、意気揚々とした表情だ。


「はい! 起立、気をつけ、礼!」


「「「さよならー!」」」


 帰る準備をしていた生徒達が一斉に走り出し、それぞれ楽しそうな表情で教室を出ていった。

 ただ一人、この俺を除いては。


「……あのなぁ」


 正面、こちらに迫っては呆れ顔のトウマに俺は何も言えずにいる。


 堪らず俺は顔を下に向け、白紙のノートに視線を注いだ。ページをめくる。右ではなく左をだ。前ページは前回の授業の内容だった。


 別に寝ていたわけではない。むしろずっと起き続けていた。ただ、一度もシャーペンを握らなかったという最悪の状態だったのだ。


「佐倉から弁当もらって浮かれてノートかけませんでした、とかどんな恋愛漫画だよ。いや、ギャグ漫画か? どっちしてもバカか」


 皆まで言われて俺はさらに黙りこくる。そんなバカなとか言われるかもしれないが、紛れもない事実。

 惚けた顔をした俺は、そりゃもうドがつくほどの間抜け面だったろう。


 七時間目は社会で、基本先生主体で進める授業であり、生徒指名をあまりしないタイプだったので俺も丸っとその時間は何もしなかったのだ。


 そんな訳で、無事白紙のノートとにらめっこ状態。チャイムに気づいた時は既に遅かった。


「これから部活もあるってのに……ガッデム!」


「てかテストも控えてんだし、寝るならまだしも起きてて聞いてないとかもっと自殺行為だろバカ」


 机に座り、スマホゲームを開いて呆れ気味にトウマは言う。その通りなんだが散々な言われようだ。俺としても不本意なことなのに。


「なら手貸してくれよ。書いてんだろ? ノート」


 成績上位者のトウマは授業中に寝ることが希だ。いつも深夜二時までゲームに費やしているというのに、寝ないとはどれだけ不健康な男だろうとも思うが、今はそれに縋る。


「めんどい」


「サイテー以下のサイテーだわ」


 分かっていたやりとりをして、肩をすくめたあとに俺は指と指を交錯させて机の上に置く。


 非常にまずい。教科は社会。提出物や授業態度に厳しいと言われる松岡という教師が担当している。


 授業態度に関しては起きてはいたので無事回避した。しかし、提出物となると話は別。今日の完全下校前までには提出しなければならない。


「どうする……考えろ……考えるんだ……きっと何か……突破口はあるはずだ……」


「んな賭博してる奴みたいな顔でノート見んなよ……ったくしゃーねぇ、一個貸しな」


 そう言ってトウマはリュックからノートを取り出す。黄色のノートと、表紙に書かれた『社会』という文字。


「提出してなかったのかよ。なんでさっき渡してくれなかったんだ」


「一応、な。昼休みからお前バカみたいな顔してたし、ちょっとしたあれだよ」


「さっき聞いたわ。そう何度もバカバカ言うなよ。デブにデブっていうと余計にデブるのと同じだぞ」


「よくわかんない豆知識情報のご提供感謝感謝。そんで、使うんだろ。後で購買でメロンパン買ってきて」


 手元に置かれたノートを有難く頂戴し、早速取り掛かる。

 と言っても、内容を丸パクリにプラスアルファで感想を書く程度なのでそこまで時間はかからない。


「感謝しかないわ。一生ヒモになっても後悔しない」


「それだと俺が後悔するから自立という単語を覚えろ。んじゃ、先行ってるわ」


「おーう。サンキュな」


 互いに軽口を交わし、トウマは教室を後にする。

 さて、俺は集中して真面目に手を抜いていくとしようかな。


 ―――――


「……お前遅くね? とっくに準備も終わったしミーティングも終わったぞ?」


「……色々あるんだよ」


 まさか感想を書くのに十分以上時間をかけるとは思わなかった。

 答えを丸写しする時は指がスラスラ動くのに、感想となった途端止まるものだから困ったものだ。


「まぁサクは社会苦手だしねぇ。国語も取れてないし、文系ダメダメよね」


「うっせナツキもだろ」


「いやあたしは基本全部ダメだから」


「ドヤ顔でいうところかよそこ……」


 あっけらかんと、むしろ誇るように言い放つナツキに俺は顔を抑えて嘆く。なんでこんなやつが同じ高校を通っているんだ。受験があったんだから学力レベルは同じはずだろうに。


「まぁナツキは模試だけは異様に取れるしな。受験の点数も四百点超えたんだっけか?」


「うんそうそう! 多分この三人の中で一番高いよね?」


 トウマが確かギリギリ四百点。俺が三百八十点くらいで、同じ塾での自己採点で度肝を抜かされたのはまだ記憶に鮮明だ。


「確かにそうだったな。でもだからって、テストの点数が全く取れなかったら意味無いんだけどな」


 トウマが諭すようにそう言って、ナツキがうぐっとわかりやすく声にまで出して反応したところで、茶番は終わる。


 ――茶番が終わると、急に辺りは静けさを覚える。話し声の熱が、ゆっくりと曲を鳴らす熱へと変化していくのだ。

 今、熱を帯びているのは指先と曲への思い。


「今日は徹底的にイントロとAメロの練習だ。俺とナツキのテンポがあってないと、サクの負担がでかすぎる」


 このメンバーの中で唯一の経験者、トウマが持ち前のリーダーシップとともにそう指示する。


 冷静で平坦な声の指示はこの場に緊張感をもたらし、それが逆に心地よい。

 結成してまだ一ヶ月も経っていないのに、この場でお互いの神経を削ぐような行為をしないのは、中学三年間の賜物だろう。


「んじゃ、いっくよー!」


 スティックを四回叩き、一斉に音を奏で始める。

 俺の担当はボーカルとギター。音域にあった、なおかつ初心者でも弾きやすいパワーコード多めの曲だ。

 まだまだギターを弾くテンポと歌のテンポの分離は難しいが、必死に食らいつくしかない。


 譜面通りのタイミングに合わせてコードストロークしていき、声を乗せる。

 この曲は勢いが大事なのだ。とにかく元気に歌って……


「――ッ!」


「――よし、ストップ」


 異変に気づき、トウマが止めに入り、音が鳴り止む。

 どうやらナツキも異変に気づいたようで、困惑顔だ。


「サク。声が全然出てなくないか? これじゃメロディだけが目立って歌なんてかき消されるぞ。コーラスもないんだし」


「わ、悪い……」


 トウマに言われた通り、今のは全く声が出ていなかった。と言うより、出せなかった……?


「まぁまぁ、もう一回やろやろ」


「わかった。いち、に、さん、しっ!」


 始まった。ドラムとベースの音を聞いて、ギターをパワーコードで弾いていく。よし、今のところ順調。イントロはだいぶ上達してきているだろう。

 ベースとドラムの音数が増えてきた。それに合わせて力いっぱいに、このタイミングで!


「――ッ!」


「ダメだダメだ! どうしたサク。やっぱ佐倉とのことが頭に残るか?」


「え! サク何かあったの!?」


「違ぇよ! 違くないけど違ぇよ!」


 冷静沈着な表情が変化してニヤついた顔と、それに目を爛々とさせた少女の顔を交互に見て、俺はギターをしっちゃかめっちゃかに弾くことで会話の中断に入る。


 入って、少しだけ逃げてひょっこりと顔出し。


「悪い……お前の言う通りだよ。全然集中できてなかった。なんかこう……声出す時にこう……なんか……変な感じになるんだよ」


「語彙力皆無かよ」


 指摘され、肩をしょげるが、トウマもナツキも大して気にしてないようだ。

 ため息をついてはいるが、俺を見て、二人は笑う。


「いいじゃん。割と好きな理由が好きな理由だったから不安だったけど、ちゃんと好きみたいでむしろ安心した。そんだけ思ってるんなら、今は曲だけを思ってみろよ。一途は得意だろ?」


 口角を上げ、真正面からトウマはそう言う。呆れられる訳ではなく、安心。

 その言葉に、心の中で何かが溶けて暖かくなる感覚がした。


「そうね。ま、サクの暴走はもう慣れっこだし、むしろスクープも知れてあたしは満足よ」


 嫌な笑いをするナツキだが、俺にはそれが嬉しい。ドMな訳でもないが、こんな二人の対応が、あまりにも二人らしくて。


「おう、サンキュ。集中してやるわ」


「とは言っても、今のお前のままだとAメロゴミカスになるけどな」


「おい」


 せっかくのやる気を一方的に削ぐ言葉に、俺はつっこむ。流石にこのタイミングで出鼻をバキバキにくじくのは酷くないか?


「だから間奏やるぞ。ヘドバンだ。今は曲だけに集中したいんだろ。アホみたいに振って見せろよ」


 ニッと、悪役のように不敵に笑う。それにつられて俺も口元が緩んでしまう。


「やったきた! ここやりたくて仕方なかったんだよ!」


 ナツキがドラムを乱雑に鳴らし、嬉しそうに声を上げる。

 間奏部分はヘドバンをして盛り上がれる場所だ。強く、強く弾いていく。


「よーし、いっくよー!!」


 その日の俺たちは、夢中で頭を振った。俺の頭の中に、しばらくサキの入る余裕はなかった。


※専門用語を少しだけ解説

難しく説明できるほど音楽知識もないので雑に簡単に。


・パワーコード

押さえる指は難しくないのに、力強い(名前の通りパワーのある)音が出せます。

高音部分(下二本の弦)が鳴らないので、低い音のままズンっと音が来るのです。

また、指も二、三本で事足りるので初心者はまずこのパワーコードから始めることが多いです。


例 モンパチの小さな恋のうた


・コードストローク

一番ポピュラーな弾き方です。上から下に何度も弾いたり、上下に交互に弾いたりもします。リズム感を鍛える以外は特に難しくはないでしょう。


・ヘドバン

ヘッドバンキングの事だ!頭を振れ!以上!


―――――


今日は珍しく音楽知識について説明しました。え?最後ふざけたろって?まぁそういう日もありますよね。え、ない?そうですか。そんなわけで、ではまた次回〜。

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