第一話 『桜が散る頃に』
俺の名前は秋野咲良。ただただ凡庸な毎日を送っているような、どこにでもいる一般高校生だ。
入部したての軽音楽部のギターボーカル担当として、毎日喉と指を酷使することに明け暮れ、部活のない日にはせっせとバイトを入れこみ、昼休みは友人との中身のない会話に費やすような毎日。
ほら、絵に書いたような普通の高校生だろ。
どこかしらの才能があることも、逆に何もないようなことも嫌いで、とにかく真ん中にいるのがいい。幼い頃から俺はいつもそう考えていた。
つまりは普通。それだけだ。普通にいることがどんなにありがたい事なのか、俺は自分で言うのもなんだが自負していた。
普通を好んでいた、そして普通になれるようにしていた俺のコンプレックスがあるとすれば、それは俺の名前がサクラだから、よくみんなから「サクラちゃん」なんてからからかわれる事くらいだ。
確かに顔立ちは普通よりもやや中性的だ。その辺のモブやエトセトラとして扱われてもおかしくないくらいだから、あまり目立つほど顔立ちが中性的な訳では無い。
しかし、幼稚園児だった頃は本当に女の子に間違われたものである。所謂高校デビューも相まって、今ではちゃんと見た目にも気を使うようになった。
まぁそれも、正直一々反応するのも面倒くさいし、スルーメインになっているのだけれども。
そんな普通で退屈な日々を過ごしていた俺が、最近唯一異常を起こしてきたことがあるとすれば、それはきっと恋によるものだと思う。
窓際最後尾、昼寝をするにはもってこいの、全学生が憧れのこの場所。ちなみに、大体の教師はこの場所に目を光らせていると聞いたことはあるが、寝ても携帯を弄ってもあんまりバレないので多分大丈夫なんだと思う。
そんな場所から前に二つ、横に一つズレた席に座る女の子——佐倉咲に、俺はとても早い時期から恋をしていた。
名前の中にお互いにサクラが入っているから、などという乙女チックでロマンチックな理由で恋をしたわけでは断じてない。ニーチェなんて読んだことないのだ。ロマンチストを語る気もさらさらない。
俺が彼女に恋をした理由は、ずばり顔だ。
——途端に引き気味の目を向けられたのを感じたけど、勘違いしないでくれ。もちろん、顔だけで選ぼうなんてつもりはない。ただ、今現在の中で俺が彼女を好きになった第一の理由が、顔立ちだったのだ。
白い肌、長く艶やかな黒髪に、大きめな瞳。シンメトリーな小顔と、愛らしい桜に染まった頬。それら全てを統計すれば、全員が全員、彼女を可愛いだのと評価するだろう。
華奢な身体に頭一つ分下の身長。上目遣いなんてされようものなら俺のハートは一瞬で掴まれてしまう。心音バックバクで、そのまんまドカンだ。
でも、そんな美人な佐倉さんは男女共にあまり人気がない。その理由は、彼女が浮いているからだった。
高校一年生という大事な時期。みんなが友人関係を作るのに必死で、誰もが声をかけ合い、グループを作る。元々中学での友人がいる者でも、やはり友人は多いに越したことはないので、誰彼構わず声をかけるものだ。
無論それは俺も一緒で、とにかく話しまくって、一週間ほどで簡単なグループは決まってしまっていた。
そんな中、佐倉さんはいつも一人でいた。
誰とも仲良くしない理由がなんなのかはわからない。
でも、いつも理知的な、または無愛想な表情をしているので、彼女のことを知っているクラスメイトの大半は、ミステリアスだの美しい系だのと評価している。
さらに、彼女は成績も優秀であり、学級委員長とまではいかないが、それと遜色ないほど模範的な少女だった。
幸い、うちのクラスにそういった彼女をいじめようなどという悪趣味な行動に走る者はおらず、あったとしてもからかい程度に済まされていた。佐倉さんもそれに噛み付くことはなく、お互いに過干渉しないのが当然のようになっていた。
誰かとつるむつるまないというのはその人の自由であり、それはその人の意見を尊重するべきではあるのだろうが、やはり青春の高校一年生という時期で友達が一人もいないというのは寂しすぎると思う。
「——って、そんな風に思うんだけどどう?」
「いや知らねぇよ」
ここまでの話を身振り手振りで伝える俺に、親友の八雲冬馬は呆れた表情でそんな感想を送ってきた。
今は昼休み。教室は昼飯を食いながら会話を弾ませるクラスメイトで溢れかえり、騒音レベルの声があちらこちらに飛び回っていた。
トウマは小学校時代からの付き合いだ。家が近所であり、遊ぶ時も勉強する時も一緒に過ごしたことが多かった。
だが、俺とトウマとでは色々と差があった。
まず、トウマは完璧なリア充であった。彼女はいないが、この時期からもうモテているし、友人関係には恵まれ、部活でもうちのメンバーのベース担当として、他を抜きん出て素晴らしい能力を披露している。
俺とお前の何が違うというんだ。と声高らかに主張、断罪したいが、そもそもトウマはイケメンであり、影の努力も知っているので、俺は何も言えないでいる。今はむしろ誇らしい自慢の親友として見ているくらいだ。
「んで、サクは佐倉のことが好きになったと……サクサクって美味しそうだし言いにくいな。さくらさくらじゃないだけマシだけど。とりあえずお前名前変えろよ」
「いや待ってなんでそうなる!?」
『サク』というのは俺の愛称のようなものだ。大体の男女がサクラちゃんかサクで呼んでいる。最初は秋野君呼びだったクラスメイトも、トウマがサクと呼んでいるからか、サクと気軽に呼んでくれている。
急な話題転換に俺は怒ったが、トウマはあいあいすんませんでした、とおざなりに返答。二個目の購買のパンを取り出して会話の続きを促す。
「んで? その話を俺にする理由と、俺が何をすればいいかの案件をどうぞ。報酬はコーヒー牛乳な」
「いやそういう訳じゃねぇよ!?」
話を作る口実を友人に頼み込むような、クズ野郎認定されそうなところを慌てて回避。「じゃあなんだよ」とパンをもう一度頬張ったトウマに俺は恐る恐る答える。
「やっぱりみんな佐倉さんのこと苦手なのかな」
おずおずとした俺の声に、トウマは一瞬物珍しいものでも見るように目を開き、そして、
「お前が佐倉って言うと自分の名前呼んでる痛いヤツみたいに聞こえるな」
「おい」
また話を脱線させられたので俺は睨みつける。これはかなりマジな内容の話なので、茶化されてるとわかっていてもついつい怒りが込上がってくるのだ。
「悪かった悪かった。話の答えからすると、俺は別に嫌ってねぇよ」
あっさりと答えるトウマに、俺は肩透かしを食らう。友人を悪役として見ている訳では無いが、大体の奴らは彼女を悪く、とまではいかないが近づきたくない奴だと思っているので、この反応は正直驚きだ。
「別に俺は佐倉と話したわけでもないし、あいつが一人なのはそれが好きなだけかもしんないだろ? 勝手な想像膨らませて悪者扱いはしたくねぇな」
「トウマ……」
「あと顔可愛いし」
「おい」
見直したと思ったらすぐこれだ。俺の中の好感度メーターが、音を立ててガンガン下がっていくのを感じる。マイナスメーターを製造しておく準備も必要かもしれない。
うわぁ、という目を向けていた俺にトウマは苦笑して、
「ま、そんな感じだ。別に本気で嫌ってるやつなんていないんじゃねーの? 意外と、行動移せば友達とかになれるかもだしよ」
「や、やっぱそうかな……おう、そうだよ、そうだよな。よし、てなわけで俺この後佐倉と一緒にみんなのノートを届けに行くから」
生物係の佐倉さんはともかく、生物の担任から直々に指名された俺——と言っても、俺の隣の席の女子が今日は休みだったので、近いからという理由で指名されたわけなんだけど。
きっかけが欲しかった俺にとっては、願ってもみなかったチャンス。この機会を生み出してくれた生物担当の教師様に感謝しつつ、ノートが置かれた教卓へ行くポーズを取る。
「いや、佐倉結構前に先に行ったぞ?」
「え、嘘だろ!? いや、マジだ! ちょ、まだ飯食ってねぇよ。んでも早く行かねぇと!」
ノートが教卓の上に一つもないことを俺は理解し、大慌てで走る。ドアを一気に開いてそのまま佐倉さんのいる所へ直行だ。
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俺の親友というやつは、どうしてああも嵐のような男なんだろうか。ドアを勢いよく開いては音を鳴らし、クラスメイトを驚かせていた親友を見て俺は、
「あいつの飯も食っとこう」
放置されたままだったパンを取り出して、静かに笑った。
こんにちは。蓮ノ葉です。一人称に変更しました。内容の軸はそのまんまですので、おかしな点もあるかもです。
勝手な行動誠にすみません。埋まる勢いで土下座します。