3. 風声
中学校指定の冬服で目覚めた愛音は、真冬であるはずなのにまるで初夏のような気候の所為で今では白のシャツに体育用の長ズボンという出で立ちであった。若干ミスマッチな組み合わせだったが、動きやすさを考えればスカートよりも断然こっちの方が良い。もともと着ていた濃紺のブレザー等は元々体育服を入れていた桃色の袋に押し込まれており、入りきらなかったマフラーの端が少女が歩く度にフラフラと揺れている。
「絶対に皺になってるよぉ」
パンパンに膨れた袋を再び開けるのが怖い。クリーニング代の事を考えると頭が痛いが、今は歩くことに集中しようと自分に何度言い聞かせたことだろう…。
白い花畑を抜け、道無き道を歩き始めてかなりの時間が経っていた。休憩を挟みつつではあったが、愛音は明けて間もなかった日が反対側に沈む程は歩き続けている。しかし、オレンジ色に染まる視界の先にはいまだに街どころか人一人見当たらず、ただただ鬱蒼と繁る木々達だけが少女を見下ろしていた。
もともと帰宅部なうえに体力も体の細さに比例して低い彼女がこんなにも長時間歩き続けられたのは…
「この歌のおかげ…だよね…」
森のどこかから聞こえてくる歌…いや旋律が愛音の疲労を和らげているとしか考えられなかった。初めは気にも止めなかったが、この今もまるで愛音を包み込むように奏でられる音達が無ければ微かな疲労程度でここまで動き続けることは不可能だっただろう。
しかし、愛音は疲労とは違う原因でその歩みを止めようとしていた。
その理由は単純に“空腹”と“気力の限界”であった。
「お腹減ったな…」
優しい旋律は胃までは満たしてくれないらしく、ブレザーのポケットに奇跡的に入っていた小粒のチョコレートだけで昼を凌いだ少女の空腹感は限界まで高まっていた。空腹感に合わせて少女の気力も底をつき始めていた。
「これだけ歩いて街どころか人さえ見えないなんて、ここ本当に日本じゃないのかも…」
己が今在る世界への疑問。
その疑問はもはや確信に限りなく近くなっている。
補足として明記しておくが、育った環境のせいか愛理はその他の子供よりも現実主義者である。否定はしないがファンタジーな世界は単なるお伽噺か、特別な能力を持った人々限定のものだと信じていた。ちなみに霊感など持たない愛音はもれなく後記の条件にも当てはまらない。そんな彼女が非現実的な呟きを漏らす理由はさっきから視界の端をひらりひらりと飛ぶ乳白色の存在である。
「精霊…っていうのかな?」
歩き始めてからすぐに近距離で対面した時、声にならない叫びを愛音があげたためか、必要以上に近寄らなくなった大小・形態様々な“精霊”達は日本…地球で一度もお目にかかったことの無い代物だった。
となると、ここは異世界か?そう仮定付ければ全てが符合する。
自分がいきなり森に居たこと。
気候の急激な変化。
少女を遠くから見詰める“精霊”達。
黄金の小鳥。
薄水色の鹿。
三つ又の尾を持つ兎。
全てが少女が15年間生きて来た世界にはないものだった。
そして、真剣な事を考える思考の端で彼女は思う。
「あれが光ってなかったら食べたのになぁ…」
淡く発光する木の実を見てそう呟く少女は、外見に似合わず逞しかった。
やっと物語が動き始めましたー(汗)




