0. 残音
0.残音
愛音は夢を見ていた。
真っ白いその世界には3年前に交通事故で亡くなってしまった父・信吾が居て、幼い…5歳くらいの愛音と一緒にピアノを奏でている。そしてその後ろには…もう長い間声さえ聞いていない母、加奈子が微笑みを浮かべて佇んでいた。
真っ白い世界の中にあってもピアノの鍵盤はキラキラと輝き、信吾と愛音が生み出す音達はこの家族を優しく包み込んでは遠くへ消えて行った。
愛音が疲れたと訴えると、父と同じように自身も音楽家の母は「しょうがないわね」と笑って少女の横に座る。ギュウギュウになって3人で座った黒い椅子。「おいそんなに押すなよ」と言う信吾は笑っていた。そして愛音や加奈子もそれにつられて声を出して笑い合う。
両親の連弾を聴きたいが為についた小さな嘘。
全てが懐かしくて、愛音の心が揺れ始める。
微笑む父に、母に、そして幼い自分に「どうして」と少女は問わなかった。
過去の幻想に問うたとして決して答えなど得られないことを理解する程には、少女は成長していたから。しかし旋律が消えると共に生まれた歪みを正す方法を知らない少女はいまだに幼く、それを自覚する彼女は静かに顔を曇らせた。
心が揺れる。
揺れて、揺れて、何かが崩れる前に目を覚まさなければ。
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2008/5/12




