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宇宙へはるか、翼に乗って   作者: 霜月 幽
第1話 クリスタルリング惑星
6/26

レイ、襲われる

 調査が順調に進み始めると、クルーの仕事はそれほど多くなくなる。施設運営と食事や毎日のサイクルを保てばよかった。

 猫の手も借りたい調査隊の飛行艇を操縦したり、調査の手伝いをしたりと、自然とクルー達は分散する。


 レイはデータが集まってくるにつれ、PCに向かって閉じこもる時間が増えてきた。

 『ハコフグ』に行って、メインコンピューターで作業する事も多くなる。簡易端末では間に合わなくなってきたのだろう。




 惑星に着陸してから6日目、ハルカがふと外を見ると、激しい雨の中を『ハコフグ』に向かって走っていくレイの姿を見かけた。


 こんな激しい雨が4日前にも降った。グレースの解説だと、砂漠上空で熱せられた大気が北部の寒気団とぶつかって気流が発生し、約4日ほどの周期で大気が不安定になって大規模な降雨があるということだった。原因は南北回帰線内の巨大な砂漠地帯の存在である。その熱が、周囲の海からの蒸気を大気圏上空に蓄積するらしい。


 どしゃぶりの雨が降ると、辺り一面水が溜まってまるで湖のようになる。

 だが、翌日、陽が出ると、細かい土の中に吸い込まれるように消えていき、小さな流れにすらならなかった。

 きっと、地下で大きな川になっているのだろう。



 こんな日ぐらいキャンプの端末で間に合わせればいいのに、と思いながら窓から離れた。

 その眼の端に、誰かがまた一人、『ハコフグ』へと行く姿を捉えた。ごくろうさんなこと、とハルカは頭をふりふり清掃作業を続ける。


 そのあとリビングへ行きコーヒーのセットを補充しながら、寛いでいる面々を確認。

 さすがにこんな日は調査はお休みで、グループでまとまりながらこれまでの成果などを話し合っている。

 若い連中のグループの中にカルッソの姿が見えなくて、あれ? と思った。

 こういう場ではいつも中心にいて悦にいってるのに。


 ふと、さきほどのちらりと見た姿を思い出す。雨のせいでしかと確かめられなかったが、カルッソに似ているような気がしてきた。

 しまった! と、ハルカは青くなり、急いで船へと駆けだした。


 ***


 レイはびしょ濡れになったブレザーとズボンを脱ぐと、シートの上に広げて乾かす。Tシャツとトランクスという格好でコンピューター前のシートに座った。


 広くて快適な地上のキャンプ地にいる方を誰もが好む。わけてもこんな雨の日には『ハコフグ』まで来ようとする者などなおさらいない。

 レイはサングラスも外し、安心して作業に集中した。


 扉が開いたような気もしたが、集中している彼はほとんど気にもとめていなかった。

 いきなり背後からがしっと肩を掴まれて、レイはびっくりしたまま固まった。


「十六なんだって? よく、審査をごまかせたな? おい」


 濁った声が耳元でして息が触れた。ぞぞっと鳥肌が立った。

 シートから持ち上げられるようにして、引っぱり出される。


「カ、カルッソさん、何でしょう?」


 声が震えた。カルッソの顔が怖い。

 にたりと笑った大きな口が不気味だった。意外にまつげが長い。垂れ加減の目がいやな感じにぎらぎらとしてレイを見てくる。

 上背は同じぐらいだが横幅ががっしりして、腕を掴んだ手の力は怖いぐらいに強かった。


「あのクルーと、毎晩どんなことやってるんだ? え? 俺とも楽しもうぜ」

「な、何を言って……!」


 いきなり男の口で、口を塞がれた。舌で舐めまわしてくるのが、気持ち悪い。

 びっくりして動けないでいたレイだったが、あまりに嫌だったので思いっきり突き飛ばす。


 逃げようとドアへ駆け寄ったら、左足をつかまれて床に倒された。そのまま足首を持ち上げられて、男のほうへ引き寄せられる。


 ――怖い!


 叫びが喉のなかで引っ掛かって、ひっという音にしかならない。

 怖いと声も出なくなるんだと、知った。

 恐怖で、身体が動かない。


 過去にもこんな怖いことがあった!

 いきなり思い出す。

 ずっと小さいときだ。どうして忘れてたんだろう?

 あの時も、突然知らない人に連れていかれ、とても怖い思いをした。

 その時の恐怖が突然よみがえり、彼の全身を拘束した。


 ――いや! 助けて!


 逃げたいのに、抵抗したいのに、身体が自分のものではないみたいに強張って動かなくなってしまった。

 体温が下がる。意識が白い膜に覆われているかのように遠く感じた。


 ――怖い! 怖い!


 レイの中には恐怖しかなかった。恐怖がレイを鷲掴み、支配する。

 吐き気がこみ上げてくる。身体が小刻みに震えて止まらない。


 ――怖い! 怖い!


 口を薄笑いに歪ませている男の顔が醜かった。


 ――助けて! ハル! ハル!


 その声にならない声が聞こえたみたいだった。

 ドアがバンッ! と開いて、涙に濡れた視線の先にハルカの姿があった。



 ハルカはすごく怖い表情で、男をいきなり殴りつけた。

 がっしりした男の身体がふっとんで、派手な音を立ててシートにぶつかった。


 ――ハルって、こんなに強かったんだ。


 倒れたままの男をさらに蹴りあげた。男はシートの向こうへと転がった。

 男が頬と顎をどす黒く腫らし、おどおどした表情で床に這った。

 その前に長身のハルカがすっくと立つ。

 なんだか、その後姿がとってもかっこいい。握った拳がぶるぶると震えているのが見えた。


「で、出来心で。船長やみんなには言わないでくれ!」


 カルッソが情けない声を出した。


「もう二度とこんなことをしないと誓うなら、公にはしません。船長には伝えますが、他のみんなには知らせないようにします。それで、いいですね」


 カルッソは何度も頭を下げて、飛び出すようにして出て行った。


 茫然と見ているレイのところへ、ハルカがやってきて手を差し伸べてくれた。レイはその手に起こしてもらって、やっと立ち上がった。

 立つと、身体ががくがく震え出して止まらなくなった。

 まだ、レイの中では恐怖が止まっていなかった。


 ハルカにそのまましがみ付いた。彼女はいたわるように優しく手をレイの背中に回してくれた。ハルカの制服は雨でぐっしょりと濡れていた。傘もささずに駆けつけてくれたんだと、解った。


「ありがとう」


 と、言うつもりだった。それなのに、


「濡れているよ」


 なんて、言っていた。

 ハルカの胸が動いて苦笑したのがわかった。レイを引き剥がそうとしたので、彼はもっと抱きすがっていった。


 ――まだ、怖いんだ。もう少し、こうしてて。


 ハルカにもレイが震えているのが解ったのだろう。


「わかった。待って、濡れるから。上着を脱いじゃうから。ああ、Tシャツもびしょびしょになっちゃったわね」


 ハルカはレイのTシャツを脱がして、自分もぐっしょりと濡れている制服の上着を脱いで。

 ハルカが笑いながら両手を拡げてくれたので、レイも泣き笑いしながら彼女の胸に飛び込んだ。


 Tシャツ一枚のハルカの胸を初めて意識した。でも、それ以上にハルカの温かさを感じた。まるでお母様に抱かれているみたいで、レイはほっとする安心に包まれていた。

読んでくださってありがとうございます。

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