変なレイ
船倉の冷凍庫から出した今日の夕食の材料をカートに積んで、ハルカが調理場に入る。
相変わらず気障なサングラスをしたレイが顎を上げ肩をそびやかして、当然のように一緒に入ろうとした時である。
「おい、部外者立ち入り禁止だぞ!」
栄養士兼コックのラムが首の後ろにある4色のとさかのような飾りを震わせて、甲高い声を出した。白い羽毛のような体毛で全身を覆われた、一見鳥みたいな見た目だが、生物学的には哺乳類でどちらかというとタヌキに近かった。得意料理はチキンである。
ココラト人でとさかのような飾りの色が華やかなのが特徴。個人によって、色もさまざまで、鮮やかなほど美人(美男)と言われている。ラムの首の飾りは目にも鮮やかな青を基調に、紫、赤、緑と色彩豊かで、美男なタヌキである。
「見学したって……」
レイが高飛車に出ようとするところを、ハルカが遮った。
「すみません。見学させてやってください。ラムさんの料理がすごくおいしいんで、ぜひ料理するところをみたいそうなんです」
ラムの飾りが得意そうに大きく広がった。
「そうか。じゃあ、ちゃんと手を消毒して、そこのロッカーにある服を着て。靴も脱いで、長靴に履き替えて。マスクして。どこにも触っちゃだめだぞ」
「はい! ありがとうございます!」
さっきの生意気そうな態度などどこへやら、レイが嬉しげに礼を言う。なるべく邪魔にならないように隅っこで、しかし、目をきらきらさせて眺めていた。
料理が仕上がる頃にハルカが覗きに戻ったら、レイは茹でたポテトをマッシャーで一生懸命潰していた。それをラムがにこにこ見ている。最初から素直に地でいけばいいのに、とハルカはため息をついた。
どこでも、たいていこんな調子だった。
目的の星系へは一週間の行程である。自然と調査員の間で、カルッソら三十~四十台グループとモルト教授ら五十~六十台グループができた。
五十二歳の天文学者のグレースは一人でいるのが好きなようで、たいてい部屋かラウンジで眠たそうにしている。
その中でさすがにレイは居場所がないらしく、ハルカの後を追うようについてきた。
いつの間にかハルカは、レイのお守り役のような形になっていた。
レイはクルーの様々な仕事が珍しいらしく、邪魔にされながらもそばで飽きずに見学している。手伝ってくれと言うと、衛生室掃除でさえも大喜びでやっていた。
ハルカの空いた時間はレイの部屋で過ごす事が多い。自分の部屋は通信士を兼ねる医士官マニ・ナハトとの二人部屋だった。四十台の穏やかそうな印象だが、なかなか辛辣な女性だった。たぶんレイはそこでは落ち着けないだろう。
ハルカがアカデミーでの訓練の話などをしてやると、レイはわくわくとして聞いている。ごく普通の家庭であるハルカの家族の話もさかんに聞きたがった。
「マモルって、17の弟がいるんだけど、これが生意気なのよ。自分は、姉貴と違って地に足の着いた銀行マンになるんだって。見た目なんかボクサーかってくらいごつくて。可愛げがないったら」
「いいなあ、弟かー。ハルに似ていないんだね?」
「マモルは父さん似ね。あたしは小さい頃は母さん似って言われてたんだけど。だんだん跳ねっ返りに育っちゃって、誰に似たんだろうって言われてる。あたしって、男っぽくて可愛げがないでしょ。どうせなら、男に生まれれば良かったっていつも思うの」
笑って日頃心に抱えていた愚痴をこぼすと、レイが真っすぐな眼差しで真面目に反論してきた。
「そんなことないよ。ハルは凛々しくてきれいだと思うな。僕、好きだよ」
「あ、あ、ありがと……。そんなことはじめて言われた……はは……」
ハルカは照れて顔を赤らめ、どぎまぎとした。
たくましいとか強いとか勇ましいとかは良く言われるが、きれいだなんて言葉を掛けられたことは、生まれて初めてかもしれない。
「お父様は、やっぱり航宙士なの?」
レイが目をきらめかせて訊いてくる。
「はは、お父様ってもんじゃないけど。堅気の商社マン。でも、ほんとは航宙士になりたかったんだって言ってたことがある。母さんは、あたしが航宙士になるのは反対なの。家にも滅多に帰って来れなくなるし、危険も多いしね。あたしがアカデミーに行けるようになったのは、父さんが応援してくれたからなのよ。家や両親のことは、マモルがきっちり面倒みてくれるから、まあ、心配はしてないけど」
「弟さんと、仲がいいんだね。いいなあ」
本当に羨ましそうにほんわかと言うレイを見て、ハルカは何気なく訊ねた。
「レイには兄弟、いないの?」
「うん。ねえ、中学の時、陸上競技会で優勝したんでしょ。その時の話、もう一度訊きたい」
どんな家庭で育ったのか、レイは自分の事を語ろうとはしない。
しかし、この人懐っこさを見る限り、彼が不幸な環境にあったようには見えない。むしろ、愛情たっぷりに育ったであろう天真爛漫さがあった。
レイの目下の最大の心配事は、年齢偽称がバレてしまうことだけだった。
「僕ね、ハルが初めての友達なんだよ」
ルナを出航して五日目の夜のことだった。
ラムがこっそり作ってくれたクッキーの袋をポケットから引っ張り出してキャビンのテーブルに置いた時、レイが突然打ち明けてきた。
ハルカはびっくりして振り返る。レイは珍しく思いつめたような表情をしていた。
ハルカには、この打ち明けた内容がとても意外に思えた。
レイの性格なら、沢山の友達に恵まれているような気がするのに。
「僕の周りには大人しかいなかったし、同年代の子供は僕を敬遠してた」
「学校には行かなかったの?」
「うん。ネットで授業を受けていたから。一人で外に出ちゃいけないって言われてたんだ」
ハルカはまじまじとレイの顔を見つめる。
――どなた様なの? あなたって……?
「お父様が、そんな僕を可哀相だと思ったらしくて、同じ年の子が沢山いるところに連れてってくださった事があった。でも、SSが怖い顔して取り巻いてるんだもの。みんな怖がって、遊んでなんかくれなかった」
しょんぼりして過去を見つめる彼は本当に幼く見えて、ハルカは胸が痛くなった。
「だから、僕は勉強するしか、することなかったんだ。お父様はいつも忙しかったし。おばあ様が生きてらした頃は、いろいろな所へも連れてっていただいたのだけれど、おばあ様が亡くなられてからは、お母様も忙しくなってしまわれて……」
何もかも恵まれていそうに見えててもけっこう寂しい境遇だったんだ、とハルカは同情していた。
その恵まれた環境がおっそろしく桁違いだったなんて、その時のハルカにはもちろん知るよしもなかったが。
レイの部屋から出たところを、生物学者のカルッソに呼び止められた。ハルカより身長は低いが、横幅はだいぶある。ごつい体つきの生物学者だった。
「おい、あの若造とずいぶん仲がいいんじゃないか? 兄ちゃん」
むうっと酒の匂いがした。縮れた黒い髪が乱れ、垂れた茶色の目が濁っている。だいぶ飲んでいるようだった。カルッソはハルカが男だと未だに誤認している一人だった。多分、乗客連中はみんなそう思っているだろう。ハルカも面倒なんで、別に訂正しようとも思っていない。
「酔ってらっしゃるんですね。お部屋にお戻りください」
「答えろよ。お楽しみだったんだろ?」
――いやらしいおっさんめ、なに想像してんのよ!
「年が近いから、話し相手になってるだけです」
「あのレイって奴。二十歳じゃないだろ? この前、シャワーから出てくるところ、見たぜ。えらくきれいな子じゃないか。お前のなんなんだ?」
どきりとする。
「ただのクルーと乗客ですよ。友達かもしれないですけどね。変なこと言ってないで、部屋に戻ってください。他の方にご迷惑です」
絡んでくる酔っ払いを、力づくで船室に押し込んだ。
――危ないわね。
たまに、こういう連中がいる。まして、ここは限られた人員と長く閉ざされた、いわば非日常空間だった。レイはハルカから見ても、なんだか危なっかしいところが多い。
注意して見ててやらないと、しゃれにならない事になるかもしれない
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